世界最後の
白雪工房
ロボットなふたり
世界が滅んだらしい。
ある日、田中君が言った。
私にはそういう難しいことは全くわからないから。
へえ、そうなんですかと言った。私はロボットだった。
田中君が石を蹴った。私もその石を蹴り返した。
私が蹴った石は、45度くらい傾いた自動販売機に衝突して、かんっと音を立てた。
私は、メタリックな四角の頭に針金のひん曲がったアンテナを付け、錆びついた立方体のボディにピカピカ光る基盤を載せた、いかにもなロボットをやらせてもらっていた。私は何でもごみ捨て場で拾われたらしい。田中君が拾って錆を取ったそうで、そうしたらなぜか動いたという。とにかく、私は自分のロボットさに満足していた。
田中君は、普通の男子生徒だった。
もはや義務教育とか、そういうのが滅んで無くなってしまった今では通う学校も無かったのだけど。確かに学校指定のシャツとズボン、それとネクタイを身に着けた田中君は確かに男子生徒としか言いようがないのだった。全く以てただの男子生徒。
毎日その日配られたプリントをごみ箱にどさっと捨て、野球の誘いに時々乗る。
そのくらいの人間が田中君だった。
次の一歩を踏み出そうとして、さっき自動販売機にぶつけた石に躓いた。
重くて
要するに、倒れる。うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、とか叫び声を上げる訳でもなく私は運命に身を委ねた。田中君がこの前言ってたニュートンの林檎。これこそまさに万有引力か。
チクショウ誰だあんな石置いたやつ。あ、それは私か。
転倒対処システム…?ちょっと対応できませんね。あららら。
私は転んだだけで結構自損がヤバい軟弱ボディらしいって、ハカセが言ってた。
ハカセっていうのは、田中君のおばあちゃん。
おばあちゃんなんだけどめちゃくちゃ怖い。常に叫んでるみたいな人。
ロボットの私が恐怖するくらいなんだから相当だと思う。ノーベル賞は10回くらい取ったことあるって言ってた。多分嘘だ。あと日記を適当に付けてたら芥川賞を取ったとも言っていた。多分これも嘘だ。でもすごい人なのは確からしい。
田中君はハカセを尊敬しているって言ってた。私もだ。
そういえば私は転んでいる途中だった。全く以て忘れていた。
ああ大変だ。暫くの故障は覚悟しなければ、南無三。
重力とはかくも偉大なもので、確実に一方向に向けて体が倒れる。
「危ないだろ、てかしっかり叫んでたよロボ。」
ぐいっと田中君が抱き起こしてくれた。
金属同士が擦れあってギャリッて言った。
田中君は私のことをロボと呼ぶ。いつものことだ。
田中君は力持ちですね、と言った。ありがとうございましたとも。
田中君にまた救われてしまった。有り難いことだ。
きっと、田中君はただの男子生徒じゃないと思う。
なぜなら私を軽々と持ち上げられるから。
金属ばっかりで重いはずなのに。なぜだろう、実に不思議だ。
どこか壊れたような気がした。どこだろう。
メンテナンスしよう。
ピー、がガガガ……オッケー、大丈夫問題ない。私はロボットだ。
田中君が、「大丈夫?」と言った。
私は大丈夫ですよ、と言った。田中君は今日も変わらず親切だった。
田中君と歩く。ロボットの私の歩調では田中君に追いつけないけど、田中君は私に合わせて何度も止まってくれる。田中君は全部優しいのだ。
蛙が鳴いた。壊れた自転車の無いサドルから顔を覗かせている。
まだ小さい蛙だった。彼はこれから自然の壮大さを知るのだろう。
知ってそれに負けてしまうかもしれない。何しろ自然は壮大だから。
それは、小さくて、憐れで、ちょっぴり羨ましい。
暫く歩いた。田中君が立ち止まった。田中君は上の方を見上げている。
何だろうと、私も見上げた。小さなビルに看板があった。
看板には「やしがだ」と書いてあった。つまるところ、そこは駄菓子屋である。
「駄菓子屋行こう?」
田中君が言った。私は首肯した。
ビルの上の階に向かう。危なっかしい上り方。階段の後ろから田中君は私を押してくれる。がちゃん がちゃん。一歩一歩歩くのですよ。後ろを向いた。田中君がにやっと笑った。私もにやって笑おうとしたけど生憎私のロボットの顔にそんな機能は無かった。
駄菓子屋の階に着いた。駄菓子屋の階は3階だった。
店主はいない。というか駄菓子屋自体半分くらいしか無かった。
破損した部分からねじれた鉄骨が突き出てモンスターの口みたいになっている。
鉄骨が白い結晶にところどころ包まれていた。
なんというか、凄い事になっている。一体誰がこんな風にしたんだろう。
「人魚だよ。人魚がやったんだ。」
田中君が言った。田中君が教えてくれたところによると、人魚っていうのはそういうものらしい。商品は結構残っていたので、その日はねじったゼリーと当たり付きのガム、あとは適当なスナック菓子を5袋ずつ持って帰ることにした。
帰り道、猫がいた。いや、猫がいたというのはあまり正しい表現ではない。
かつてそこには猫がいた。あったのは猫の死体だった。何か大きなものに噛みつかれたのか、下半身が無かった。
猫だ。私は呟いた。内臓が嫌な感じに出ていた。
「珍しいな、今時ホンモノの猫だなんて。」
けど、もう死んでる。と私は言った。猫は確かに死んでいる。
田中君は猫を掴んだ。死んでいない方の、猫を。
「仔猫だ。こいつを守ろうとしたんだろう。」
えっ、じゃあ。
「こいつを家で育てたい?」
そう、それ。
首元を掴まれた仔猫はにぃにぃ鳴いている。きっと放っておけば死んでしまう。
スナック菓子食べるかな、と言った。仔猫は飢えているようにみえた。
「バカか。そこらへんのスーパーに猫の餌くらいあるよ。」
田中君は、ロボットの私より正しいことを言う。
近くのスーパーに行って猫を育てるためのセットを集めてきた。
スーパーマーケットの床はガラスが沢山落ちていて危ない。
昔、暴動が起きた名残らしい。何でそんなことが起きたのか聞いたけど田中君は教えてくれなかった。田中君が私に教えてくれないことにも意味があるのだ。
きっとそれは仕方のないことだから。私は田中君に同じ質問をしないように気をつける。
帰るとハカセが勢いよく走ってきた。
「おっそぉぉおおおおおおいいいいいいいわボケェエエ!!!!!!!!!」
ハカセは田中君のおばあちゃんなのに、田中君より若そうな見た目をしている。
田中君が黒髪黒目なのに対してハカセは赤髪白目だ。赤髪白目である。
何かがおかしい。おかしいと思っているのは私だけなのか誰も突っ込まないがハカセはそれでアルビノを自称している。あとハカセは小学生児童みたいな見た目だ。小学生が白衣を着ているのがハカセだ。しかもハカセはランドセルまで背負っている。
溢れ出る若さの産物らしい。私は難しいことがあまりわからないからよくわからなかった。
田中君がハカセに猫を拾ったと伝えた。
「ね、猫じゃとぉオ……仕方ないから許す!!!」
許された。猫にはハッカ飴という名前を付けた。ハッカ飴という名前にハカセもシンパシーを感じているようで良かった。今も鼻同士をくっつけて謎の対話をしている。予めハカセに駄菓子で餌付けしておいたのがよかったのかもしれない。
田中君はねじったゼリーを食べている。ちょっと羨ましい。
そう思いながら私もバッテリーを交換した。取り外した方を充電器に付けて。
カチリ、交換完了。
これで明日も元気。バッテリーの中の液体電池が揺れた。
そういえば。
「そう言えば、明日はロボが見つかってから10年目だね。」
田中君が言った、先に言われた。ちょっと悔しい。
「明日は大事な話、しよっか。」
え…。どんな話だろうか。全く想像できない。
とりあえず、わかりました、とだけ答えた。
ロボットに分かる話なのだろうか。わかればいいが。
田中君はその後何も言わずに自分の部屋に帰ってしまった。
ハカセの方を見たら、ハッカ飴がもうランドセルの中に居座っていた。
せっかく持ってきた飼育セットは無駄だったようだ。
ハッカ飴がにゃんと鳴いた。ハカセもにゃんと鳴いた。
「明日が楽しみだニャァアアアアアア!!!」
ハカセが言った。ちょっと賛同しかねる。
そういえば、今日田中君が言っていたことを思い出した。
世界が滅んだ原因は人魚らしい。
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