第25話
「さて、何から話したものか…。」
目の前の神条と名乗った人物はそう言った。
しかし、僕は彼女の顔も声すらもまともに認識できず、彼女の一挙手一投足にはノイズが入っているようでどうにも不鮮明だ。
どうやら僕が視えていないのが分かったのか、段々その姿が鮮明になっていく。
「すまないね、配慮が足りていなかったよ。」
白磁の様な肌、髪は透き通るような白で毛先が深い紺青色となる。
全体的に神秘的で儚い雰囲気を纏っているが、彼女から感じる絶大な魔力はまるで肌に突き刺さるようだ。
冒険者の僕でこれなら、周りの人は大丈夫だろうか、と思い辺りを見回してみる。
しかし、先程までいた人たちは忽然と姿を消し、病院の受付前には僕と神条様しかいなかった。
「周りの人が心配かい?それなら安心すると良い、私と君は先んじて空間を切り離しておいてある。」
話のスケールが大きすぎて、いまいち要領を得ないが、取り敢えず周りの人が大丈夫なら良しとしよう。
視線を神条様へと戻す。
「良い目だ、きっと君の目には様々な物が視えるだろうね。」
神条様は小さく息を吐くと、少しだけ考える素振りをする。
「さて、今日は君に会いに来たのだけれど……ふむ、中々良いじゃないか。」
そう言って神条様は僕の事をジロジロと見てくる。
「それでも、まだ足りない。」
「それは…どういう事ですか?」
そう突然言われ、僕は反射的に聞き返してしまう。
「ん?何って、そのままの意味さ。今の君には何もかも足りない、力も、知識も、経験も……まあ、知識に関しては私から君に伝えることが出来るのだけれど……今の君に伝えた所で君は何も出来ない。」
「あぁ、君が悪い訳じゃないんだ。ただ、君が知りたい事…知らなければならない事は今の君には…まだ伝えられない。」
「故に、私から言えるのはただ一つ、強くなれ、星巳昇太。さすれば、君が家族と再会する時も来るだろう。」
神条様がそう言うと、世界に音が戻る。
「まっ、待ってください!」
「家族との再会ってどういう事ですか!?父は…星巳将斗は…!生きてるってことですか!?」
僕は周りを気にせずそう叫んでしまう。
けど…流石に黙ってはいられなかった。
神条様はこちらを振り返ることは無かった。
しかし、こちらに何かを投げて来た。
それは銀級昇格証明書と大きめの封筒だった。
「次は銀級昇格試験は受けなくて良い、今、私が判断した。その封筒の中身は一週間以内に担当である結奈に渡しておきなさい。それと、最後に…星巳日葵にエリクサーを使ってはいけない。あれは、ただの魔力症じゃない。」
神条様はそう言うと、まるで霞のように消えて行った。
膨大な情報量。
一つ一つをかみ砕こうとするが、何一つ理解することが出来ず。
幾つもの疑問が頭の中を駆け巡る。
僕はその場で数分間立ち尽くした後、当初の目的である母さんのお見舞いに行く事にした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
何だか息子の様子がおかしい…。
「昇太?何かあったの?さっきから上の空だけれど…。」
私の為にリンゴを剝く手を止めてボーっとしていた昇太はハッとした表情を浮かべてまたリンゴを剥き始めた。
「な、何、母さん?なんかあった?」
本当に何かあったのかしら…。
もし本当に何かあったとしても、この子は私に事情を話したがらないから、私から何か言わなきゃいけないのだろうけど…。
親としてはこの子の口から聞きたいのよね…。
取り敢えず聞くしかないか…。
「何かさっきから上の空じゃない…もしかして何かあったの?」
私がそう言うと昇太は露骨に目を逸らす。
…この子はこれで隠しているつもりなの?
我が子のいじらしさに少しだけ頬が緩みそうになる。
「……何も無いよ、何も。」
絶対に何かあったね…これは。
そう言えば、さっきあの人が此処に訪れてたけど…もしかして、あの人が何かしたのかしら?
確かにあの人なら…やりかねない…。
けど、昇太が大丈夫と言うのなら私からは何も言えない。
「そう、それなら良いの。それより、学校はどう?楽しい?」
そう言うと昇太は楽しそうに体育祭の事を話し始めた。
あぁ、こう見ていると本当に子供らしい、とてもいい笑顔なのに。
…この子に重責を負わせなければいけない状況を作ってしまったこの体が憎らしい。
少しでも早く、また一緒に暮らしたい。
心の底から、そう願った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
お見舞いの翌日。
僕は冒険者協会の相談室2番で香取さんと話していた。
「星巳君、私、驚いたよ!急に銀級冒険者になるなんて!」
香取さんは嬉しそうに身振り手振りその喜びと驚きを表現している。
「その…僕もまだ動揺していると言うか、まだ状況を上手く把握できてなくて…。」
そう、まだ僕は昨日の事を整理できていなかった。
突如伝えられた情報は質、量ともに僕のキャパシティを大きく上回る物で、昨日は一睡もできない程だった。
その為、現在は既に正午を過ぎている。
まあ、僕の睡眠時間はどうでも良いとしても、急に「今日からあなたは銀級です」なんて言われても、銀級ダンジョンは銅級とは全然違うって聞くし…ちょっと困るな。
「まあ、そうだよね…。」
そう言って香取さんは表情を曇らせたかと思うと顔を勢い良く上げ、得意げな表情を浮かべた。
「そんな事もあろうかと!先輩から昇太君と一時的だけど一緒にパーティーを組んでくれる人を紹介してもらいました!」
おお!流石、香取さんだ。頼りになる。
「それで、一緒にパーティーを組んでくれる人は今から3時間後くらいに来るんだけど…準備できそう?」
「はい、もちろんです。」
僕はそう言って相談室を退出しようとする。その時、相談室の扉が何者かにノックされた。
「入っても大丈夫ですよ。」
僕がそう言うとその人は「失礼します。」と言って相談室に入って来る。
入って来たのは教官だった。
「星巳君、少し時間よろしいですか?」
僕はその問いに間を開けることなく首肯するのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「まず星巳君、レベルアップと銀級昇格おめでとうございます。」
教官は嬉しそうに微笑みながら僕にそう言った。
「さて、今回は銀級に昇格したと言う事で星巳君に一つ”技”を教えようと思います。」
技…何だろうか、魔法についてだろうか?それとも…。
「ここで一つ質問です。私達、高位の冒険者になればなるほど、髪色が明るい人たちが多いのですが、その理由は何でしょう。」
教官から問いかけられる、謎の質問。
僕は少し思考した後。
「……個人の趣味…だと思います。」
絞り出すようにそう言った。
「…そう言う人もいるかもしれませんね……。ですが、多くの冒険者は”魔力”によってその髪色が変化しています。」
「魔力…ですか?」
僕はそのまま聞き返してしまう。
「そうです、魔力です。厳密に言えば、大気中の魔力によるものです。」
…?けど、それはおかしいだって…
「体内の魔力しか使えない…ですか?」
僕は少し驚いたが、その言葉にゆっくりと頷いた。
それを見た教官は言葉を続ける。
「確かに、普通ならば体内の魔力しか用いることが出来ません。しかし、高位の冒険者になれば、大気中にある魔力をその身に取り込み、周囲と一体化し、凄まじい魔法を行使します。」
そう言いながら教官の纏う雰囲気が変わる。
髪色は天色へと変化し、周囲の魔力がより深く、重い物へと変化する。
「しかし、この状態はコントロールが難しく、高位の冒険者へと至る際に現れる一つの鬼門とも呼ばれています。」
魔力の深さはどんどん深くなり、気を張らばければ、息を吸う事すら忘れてしまいそうになる。
「そしてこの事を”調律”と多くの冒険者は呼んでいます。」
そう言って、こちらを見据える教官。
その瞳は髪と同じように天色に染まっていた。
凄まじい魔力の圧力、その雰囲気は何処となく…神条様と似ていた。
教官が小さく息を吐くと、先程までの張りつめていた雰囲気はどこかへ消えて行った。
「それでは、星巳君少しずつで良いので、やってみましょうか。」
僕は頬を叩いて気合を入れ
「はいっ!」
先程までの恐怖心を吹き飛ばすようにそう答えた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
補足コーナー&作者から皆様へ
・銀級冒険者試験について…筆記、実技を冒険者試験と同様に行う物。
受験には銅級上位ダンジョンのクリアが必要であり、試験に落ちる度にもう一度銅級上位を攻略する必要がある。
・星巳 灯(主人公母)について…娘の夕夏と同じように凄く感が良い。
昇太が冒険者をやっている事は何となく、と言うかほぼ確信しているが、息子の口から聞きたいため、特に何も言っていない。
速く魔力症を治して、皆と一緒に暮らしたい。
・調律…魔法を使用するにおいて最も難易度が高く、最も高位の冒険者に使われている技術。
周囲に漂う魔力を扱うことが出来る為、どんな魔法でも発動することが出来る。
しかし、分かり易く言えば体内で扱う魔力が蛇口みたいに上手く調節できるものとしたら、調律で扱う周囲の魔力は津波みたいなものなので、普通の冒険者には扱うことが出来ない。まずもって、調律状態になる事すら出来ない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
作者から皆様へ
皆様お久しぶりです。
またまた更新が遅くなり申し訳ございません。
これには浅からぬ訳があり、1週間以内に近況ノートの方で伝えさせていただこうと思います。
そして、これ以降、また更新が遅くなるかもしれませんが、その場合は温かく見守っていただければ幸いです。
これからもこの作品をよろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます