第8話

先日、ようやく冒険者になることが出来た。

早速、今日から2~3層辺りを探索しようと思っていたのだが…。

「夕夏…大丈夫か?」

何と夕夏が熱を出してしまったのだ。

ここ数年間は元気だったから油断していた。

夕夏も久しぶりの風邪に余り熱が高くないけれどとても苦しそうにしている。

「うぅ…ごめんね、お兄ちゃん…」

「大丈夫、昨日頑張ったから今日は休もうと思ってたんだ。」

夕夏は安心した表情を浮かべて、ゆっくり目を閉じた。

先程まで夕夏が食べていたおかゆの食器を片付けながら考える。

夕夏は僕のダンジョン攻略のせいで、精神的に不安定になっているのではないかと。

…今まで、自分の事で精一杯だったけれどこれからは、周りの事も考えなくちゃな…。

客観的に見ても、僕は急ぎすぎていたのだろう。

これからの事を考えて、お昼ご飯の準備をするために冷蔵庫を開ける。

既に1時を回っておりお昼時には少し遅いくらいだろう。

冷蔵庫の中には、この前買った桃、卵、豚肉、と元々あった調味料たちのみで、他にあるのは米と、少しのインスタント食品だけだ。

お昼には妹はに卵お粥と桃を切ってあげるとして、僕はどうしようかな…明日は教官とご飯に行くから出来るだけ節約がしたい…。

最悪、インスタントを夕方ごろ食べて我慢するのも手だが、それだと先程の反省が全く生かせていない気がする…。

一昨日来たスーパーのチラシにも特に目ぼしい物は無い。

―――仕方ない、後で夕夏の為にスポーツドリンクを買ってくるとして、僕は今日一日をカップ麺一個で何とかするか。

早速、夕夏の昼食づくりを始めようとエプロンを身に着けると、ドアを叩く音が玄関から聞こえてくる。

どうやら来客が来たようだ。しきりにドアを叩くので急いで玄関へと向かう。

「はーい、どちら様…って綾じゃないか、どうしたんだ?」

あんなにドアを叩いていたので少し心配だったが、知り合いで少しホッとした。

どうやら、綾はここまで走ってきたようで、肩で息をしていて、慌てていたのが分かる。

「ーっはぁ…あんたが…夕夏ちゃんが、熱を出したって…連絡してきたから。」

「お見舞いに来てくれたのか、ありがとう。けど…うつると悪いから中には入らない方が良いと思うんだが…。」

すると、綾があきれたような表情を浮かべる。…この光景にデジャヴを感じるのは気のせいだろうか…。

「ショウ、さっきからマスクを着けてたから心配性だなあ、とは思っていたけど、冒険者はそう簡単に風邪なんてひかないわよ。」

「え?ほ、本当か?」

聞いたことない情報に僕がびっくりして聞き返すと、綾は頷いた。

「冒険者って言うのは、レベルと一緒に身体能力だけじゃなくて身体機能全体が上がるのよ。ほら、分かったなら、お邪魔するわよ。」

そう言って中に入って来る。

綾が夕夏の近くに座り込んで様子を見ている。

その間に台所でコップに水を入れて冷蔵庫から今朝急いで作った氷を入れようと思ったのだがまだ固まっておらず悪いとは思いつつそのまま、綾に出す。

「はい、お茶ですらないし、温いけれど…どうぞ。」

「ん、ありがと。」

綾はハッとした表情を浮かべ、僕に何かが入った紙袋を渡してきた。

「…これは?」

中を見るとフルーツの缶詰やスポーツドリンクが複数入っている。

「お母さんが、夕夏ちゃんにだって。」

「助かるよ、丁度家にスポーツドリンクが無かったからさ、ありがとう。」

「お礼ならお母さんに言って。」

綾は照れくさそうに言った。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



朝のお粥とは味を変える為に味噌を加えながらかき混ぜる。

綾は夕夏の様子を見ていたが、ふとこちらを見て言った。

「そう言えばショウ、あんたはお昼ご飯食べたの?」

…不味いな、今日はカップ麺一個のつもりだったからバレたら確実に怒られる。

「もちろん食べたよ。」

咄嗟に噓をついてその場を乗り切ろうとする。

「ふーん…」

綾は訝しげにこちらを見ながら近づいて来た。

「それじゃあ、なんで流しにショウのお昼ご飯の食器が無いのかしら?」

百合さんと同じ笑っているはずなのに笑っていない。

笑顔の下に般若を隠しながら僕に問い詰めてくる。

「えーっと、それは…。」

何とか状況を打破しようと頭を回すがどうしようもない。

すると突然、綾からの圧が弱まったと思うと

「待ってて」

そう言い残して家から出ていった。

嵐が去ったかのような静けさに包まれた我が家の中で、僕は取り合えず夕夏のご飯を作るのだった。

それから1時間後の事、夕夏にご飯を食べさせ、桃を切ってあげた後、先程よりも優しく家のドアを叩く音が聞こえて来た。

扉を開くと頬を赤く染めた綾が立っていて、その手にはまた別の紙袋が握られていた。

外が暑かったのだろうか、取り合えず家に上げる。

さっきとは違い少しだけ固形になった氷をコップに入れた水を差し出す。

それを勢いよく飲んだ綾は何やら真剣そうにこちらを見つめていた。

「…それで、何処に行ってたんだ?」

そう言った瞬間、綾が唐突に挙動不審になり紙袋を後ろへと隠した。

目線は宙に向いており、何時もの様な堂々とした様子は何処にもない。

何度も何かを話そうと口をパクパクさせているが、何も喋らない。

「…その袋に何かあるのか?」

そう言うと綾はさらに顔を赤くして、視線を下に向けたまま隠していた紙袋を僕に渡してきた。

「これは…もしかしてお弁当?」

そこには可愛らしい布に包まれたピンク色の箱があった。

綾は目線を合わせず何度も頷いている。

「これを…僕に?」

少し間があったが、また頷いた。

「そっか、ありがとう。それじゃあいただきます。」

綾が何かを言おうとしている気がするが気にせずお弁当箱を開けると。

「…おぉ…。」

中には色とりどりのおかず達、しかしどうにも違和感があった。

まずは卵焼きを食べてみる。

「…………っ!」

甘じょっぱい味にじょりじょりとした食感、恐らく卵の殻が入ってしまっている。

百合さんがするミスとは思えない。

チラリと綾の方を見ると、指には幾つかの絆創膏が巻かれており、こちらを泣きそうな顔で凝視している。

…これは、綾が作ったやつだ、絶対にそうだ。

そう考えると先程感じた違和感も納得がいく。

しかし、この卵焼き、確かに卵の殻が入っていたり、味付けに違和感がある物の全然、料理初心者にしては美味しい部類に入る。

少なくとも、僕が最初に作った卵焼きよりかは美味しい。

残った卵焼きを全部食べ終え、綾の眼を見て言う。

「…凄く美味しかった。ありがとう、今度は一緒に作ろう。」

綾は目を見開いて頬を緩ませながら言う。

「べ、別に、お礼ならお母さんに言ってっていたでしょ?」

「ああ、そうだな。」

そのまま、お弁当を食べ進めていく。

どれもとても美味しく、気持ちがこもった品々だった。

「ごちそうさまでした。ありがとう綾、また今度も作って欲しい…って百合さんに伝えて欲しい。」

そう言うと綾はものすごく頬を緩ませていた。

「しょうがないわね、また今度も持ってきてあげるわ。」

その後、少しだけ世間話をして綾は帰って行くのであった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



夕夏の体をタオルで拭き終えたし、晩御飯も食べ終えた。

綾から借りたお弁当は明日返すし、綾に使っている水枕もさっき変えた。

つまり、今日やることはもうない。

夕夏の隣に自分の布団を敷いて、寝っ転がる。

「…うぅっ…」

熱に浮かされる夕夏の頭をそっと撫でながら、子守唄を歌う。

「~~♪~~♪」

母さんと姉さんが僕たちによく歌ってくれたのを思い出す。

「すーー…」

夕夏の辛そうだった表情も穏やかになっており、すやすやと眠っている。

昔の事に思いを馳せながら、夜はどんどん更けていく。

―――明日もこれからも夕夏が元気に、健康でいられますように。

この願いが叶うと良いなそう思った。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

補足コーナー


・星巳 夕夏について…家に帰るといつも笑顔で主人公を出迎えてくれる、とっても元気な子。その笑顔の裏で、兄が危険なことをしているという事実に悲しんでいる。


・二条 綾について…家事初心者で、お弁当を届けた後作ったおかずを試食した時、自分の味付けミスに気付いて半泣きになったそうだ。


星巳 昇太について…本作の主人公、家族を守るためなら己の身を顧みないとんでもない少年。これからは少しは自重すると思うが大きな変化は無いかもしれない。


・魔法…今話には登場しておりませんが一応説明。

魔法系スキル所持している者が体内の魔力を用いて使う物。

どれも必殺の威力を持っており、持っているすべての冒険者の切り札的存在。

因みに人によっては体内だけでなく体外の魔力も使うそう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る