第2話

駅から出て、時計を確認すると針は6時40分あたりを指していた。

このまま夕夏を迎えに行くか…

すると駅前のスーパーからカランカランと高らかにベルの鳴る音が聞こえてくる。

「これより、タイムセールを始めます!お一人様一点までとさせて頂いている商品もございますのでご注意ください!」

……ここから友人の家まで10分、走れば…5分で着くか?

一瞬の思考の後、僕の体は真っすぐスーパーの方へと向かって行った。



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現在、全力で友人の家に走って向かっている。

やってしまった…あそこで鶏肉が更に安くなるなんて…。

買い物袋には細心の注意を払ってはいるものの買って来た卵が割れていないかとても不安だ。

そうこうしているうちに友人の家が見えてきた。

僕は表札に”二条”と書かれた大きな和風家屋の前に立ちいつもの様にインターホンを鳴らした。

中から大きな足音が近づいてきて、勢いよく扉が開かれる。

現れたのは、綺麗な黒髪を腰まで伸ばした美少女…と最近クラスで評判の俺の幼馴染、”二条 あや”だ。

「ショウ、あんただったのね。夕夏ちゃんは今お風呂に入ってるから、取り合えず上がりなさい。」

「ああ、お邪魔します。」

居間に連れられると何だかいい匂いがしてきた。

「あ、昇太君いらっしゃい。」

「久しぶりだね、昇太君。」

居間では湯上りの夕夏が良い笑顔で食事を頬張っていて、綾の母親の”百合”さんと父親の玄哉げんやさんが追加の食事を並べていた。

「おひいちゃん、お帰りー」

その中心で妹は幸せそうにご飯を口いっぱいに頬張っていた。

「あぁ…ただいまって、すみません百合さん食事まで頂いちゃって」

「良いのよ、ほら昇太君も一緒に食べましょう?」

「いや、そう言う訳には…」

魅力的な誘いだが流石にそこまでしてもらうのは…

「まあそう言わずに、昇太君も冒険者になるんだろう?それならちゃんとしたご飯を食べなくちゃ。」

「確かに…そうですけど…」

二人の申し出を断ろうとしたその時、僕の腹からグぅと言う情けない音が出てきてしまった。

恥ずかしい…情けない…。顔に熱が集まる感じがした。

「ふふっ、一緒に食べましょう。綾もあなたも一緒が良いでしょ?」

「俺は昇太君も一緒だと嬉しいぞ、綾はどうなんだ?」

「私は、どっちでもいいわよ…ただあんたはどうせ何時もまともな物食べてないだろうし、食べていったら?」

ぶっきら棒に言っているようだが、こちらを心配してくれているのだろう。

「ありがとう、綾」

「…別に」

そう言ってそっぽを向いてしまった。

「ふふっ、素直じゃないんだから。それじゃあ、皆で食べましょう。」

手を合わせ「いただきます」と呟いて食事に手を付ける。

…やはりとても美味しい。

ここ最近は基本的出来立ての物は食べれなかったから凄く美味しく感じる。

もっとも百合さんの作った食事はどんな状態でもとても美味しい。

出された食事は直ぐに食べ終わってしまい、もっと味わえばよかったと少し後悔してしまった。

ソファでは夕夏が綾に髪を梳いてもらっていた。

心地が良いのか夕夏は舟を漕いでいて時折綾に起こされていた。

「夕夏、そろそろ帰るぞ歩けるか?」

「…ぅん、ん?うん」

声を掛けてみたが、駄目そうだな。

「仕方ないな…。」

背負うのは久しぶりだが以前よりも夕夏は成長したはずなのに何故だか軽く感じる。

ステータスの恩恵かな…少し力が強くなっている気がする。

しかし、夕夏は再来年で中学生になるというのにこんな調子だとかなり不安だ。

「…すぅ……すぅ」

…まぁ、こんな風な穏やかな寝顔を見ていると、もう少しこのままでも良いのかもしれないと思ってしまう。

「それじゃあ、お邪魔しました。」

「ええ、また来てね。」

「何かあったら直ぐに言うんだぞ」

「…あんまり無理するんじゃないわよ」

二条家から出て空を見上げる。

人工的な灯りに包まれている住宅街ではあまり見ることが出来ないが、空には美しい満月と幾つか強い光を放っている星があった。

3年前までは毎年この時期に家族皆で星を見に行っていたことを思い出す。

来年は元気になった母さんと姉さんを連れて皆で見に行けたらいいな…。

星に思いを馳せながら、2年ほど前に引っ越したばかりの我が家へと視線を移す。

築50年のアパートで定期的に改装しているはずなのだがあまり改善された気がしない格安アパートだ。

入居者は僕たちを除いて3名しかおらずそのうち2人は入居して4か月未だにあったことが無い。

「…来年くらいには家でも上を見上げれば星が見えるかもな…。」

縁起でもないが、実際あり得るかもしれない。

元々16部屋使えたこのアパートは既に一階の部屋は全て使うことが出来ず、かろうじて使える6部屋しか残っていないのだ。

階段から聞こえてくるギシギシと言う音を無視して出来る限り階段が抜けないよう慎重に上る。

夕夏を起こさないよう上手い具合に前に回したカバンの中から鍵を取り出し、家に入る。

我が家は二回の角部屋に位置していて、6畳一間でトイレとキッチン付き、風呂は無く近くの銭湯に行く必要があるがそこまで不便ではない。

一見普通のアパートに見えるが、そんなことはない。

僕たちが入居する前までは雨漏りが起こるなんて、まだましな方で、壁には指が3本は入ることできる直径3cmにもなる穴が幾つもあった。

現在は僕が修繕したが今でもたまにで雨漏りが起こってしまう。

更に素人が行った作業だからいつ壊れるのか分かったものじゃない。

そんなトラブルが事欠かない我が家だが、その分家賃が凄まじく安い。

早く冒険者として大成して良い家に住ませてあげたいな…。

取り合えず布団を敷くか。

「夕夏、起きてくれ。」

「…ーんぅ?なぁに?」

まだまだ眠そうだが心を鬼して夕夏を起こす。

「まだ歯を磨いてないだろう?磨かないと虫歯になってしまうぞ?」

「おにーちゃんお願い…。」

…仕方ないな。

「ちょっと待っててくれ……持ってきたぞ。あー、ってしろあーって。」

「…あー。」

寝ぼけている夕夏の代わりに歯を磨く。

…あぁ、本当に心配だ。

これから俺は冒険者へと成り、命の危機にさらされることも少なくないだろう。

もし、俺が死んでしまったら?

この子はどうなってしまうのだろう。

今、穏やかな表情を浮かべながら夢を見ている幼い妹はたった一人で…

…辞めておこう。嫌な考えを無理矢理終わらせる為にも、ジャージに着替えて外に出る。

外は夜になって少し暑さが和らいでいて丁度良い。

ランニングが終わったらそのまま銭湯に直行してしまおう。

そしたら、夏休みの宿題と冒険者資格の為の勉強もしなくてはいけない。

増え続ける課題にうんざりしながらも家族の為、今一度気合を入れなおし家の外へと駆け出した。



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今日は母さんたちのお見舞いに行くつもりだ。

夕夏もウキウキで外出の準備をしている。

母さんたちが入院している病院へはバス一本で行くことが出来て、楽だからとてもありがたい。

今日は曇りだし過ごしやすくて夕夏も嬉しそうだ。

今はスーパーで何か買って行こうと思うのだが…何を買って行こう。前回はリンゴだったし、今回は…っ!

スーパー中にカランカランとベルの音が響く。

先日と似たような状況にデジャヴを感じながらも、即座に顔を上げ耳を澄ませる。

入り口付近から聞こえる男性の大きな声…今日はスイカの見切り品が更なる安売りだと!

不味い…!ここから安売りをしているところには少しだけ離れている。

間に合ってくれっ!



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「…で、安売り戦争に負けてスイカを持ってこれなかったからそんなに落ち込んでるってわけね…」

「ごめん母さん…。せっかく旬の物を持ってこれそうだったのに…。」

そう言うと母さんはあきれた表情を浮かべた。

「別に無理しなくて良いのよ私はお見舞いに来てくれるだけで嬉しいんだから。」

「…そっか。」

「ねぇ、お母さん!私ね、この前あやちゃんと海に行ったんだ!」

「そっか、どうだった?楽しかったかな?」

「うん!あのね、海すっごく綺麗でね、冷たくて、しょっぱかった!」

「そっか~…良かったね。」

そのように笑う母さんは一見して特に病気などに罹っていないように見えるが、実際は”魔力神経混濁症”通称”魔力症”と言う病気を患っている。

この病気は魔力と呼ばれる60年前に突然生まれた新たなエネルギーを取り込んだ時に生まれた魔力を体中に回す魔力神経と呼ばれる器官が異常を来すことで発症する。

本来意識しなければ使われるはずが無いはずの魔力神経が暴走を起こし、身体が異常に強化されたり、勝手に魔法を使ってしまったり、体内にある魔力を使い続けてそのまま眠ってしまったりする。

母さんの場合は、体内の魔力の殆どを勝手に身体強化に変換してしまい。

体にかなりの負担がかかり自壊してしまう、と言うものだ。

しかし、これでも魔力症の中では軽い方で頑張ってリハビリすれば時間はかかるが治すことは可能なくらいだ。

それに比べ、姉さんはっ…

「昇太…大丈夫?」

母さんの心配そうな声で思考の海から現実へと戻って来る。

「あぁ、うん大丈夫。少し考え事してただけだから。」

そう言ってもまだ心配そうな表情をしている。

「大丈夫だって、昨日もちゃんと寝たからさ。」

ちなみに、嘘である。

あの夜、勉強とついでに家事をしていたら日が昇ってきて慌てて寝たのだ。

「本当かな~?」

母さんからの視線が痛い。しかし、今日はちゃんと寝るつもりだから許して欲しい。

そのように心の中で謝罪をしながらなんとかこの場を切り抜ける。

「まぁ、良いか…それじゃあお姉ちゃんが待ってるから行ってきなさい。夕夏は私と一緒におしゃべりしてましょうね。」

「うん!」

僕は母さんの病室を後にし、特別病棟へと移る。

…ここは先程よりも高度な機器が多く置かれていて、姉さんはこの病棟で治療している。

治療…と言うのにも少し語弊がある。

あれは治療と言うよりかはと呼ぶのが正しいだろう。

特別病棟の奥へと進んでいく、奥へ行けば行くほど治療を受けている患者の病状は重い物となっていき、空気が重く、冷たい物へと変化していく。

姉さんは最奥の部屋で今も凍結されている。

最奥はどの様に治療しても手だてが無くどうしようもない。

そんな人が運び込まれる場所で大体の患者は魔法の力で凍結され、運び込まれた時のままで眠っている。

そう、姉さんの”星巳 日葵ひまり”は1年前の7月28日と同じ姿で眠り続けている。






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補足コーナー


・魔力神経…魔力神経は魔力を流す言わば血管のような物、そこを通る魔力を活性化させることで魔法などを使うことが出来る。


・魔力神経混濁症…魔力神経が勝手に作動してしまい、魔法を使い続ける。もしくは使えなくなる状態を指す。通称、魔力症


・星巳 日葵について…容姿端麗、文武両道、性格も良くて非の打ち所がない自慢の姉だった。冒険者を専門とする学校に通っており、将来は金級冒険者になるだろうと周囲に言われる程、しかし去年の夏、魔力症を患ってしまう。

優れたステータスから放たれる魔法は強力ですぐさま凍結がされてしまった。


・凍結…重病人の時間を止めるために作られた処置の一つ、様々な高度な魔法を用いているため凄まじいお金がかかる代わりに凍結を解かない限り人の時間は進まず、死ぬことも老いることも無い。


・星巳 夕夏について…主人公の妹、現在は小学5年生、まだ反抗期が来ていない。


・主人公母について…本名”星巳 あかり”3年前に魔力症を患う。

常に身体強化の魔法を使用してしまい、身体への負担が尋常ではない為、現在は機器を用いて抑えている。少しづつコントロール出来るようになってきている。


二条家について…とても大きい和風家屋に住む主人公のご近所さん。実は二条家の冒険者は有名な人が多く名家だと言われている。

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