第1話 帰国
「やっと、着いた〜!」
旅客機から降り、空港の搭乗口を抜けたところで感極まってつい独り言を漏らしてしまった。
一年ぶりに母国に帰ってきたのだから、仕方のない反応だと思う。
まあそんなことはさておき、これからまた更にタクシーに乗って帰らなければならない。本来なら親に迎えを頼むべきだったのだが、今日はどうしても誰にも会わずに家に辿り着きたかったのだ。
理由は至極単純。最初に「ただいま」を言う相手は葉音と決めていたからだ。
現在。時刻は午後6時を回ったところ。ここから家まではそう遠くない距離だが、あまり遅くなると迷惑なので急いで帰らなければ。
そう思い、俺は急いで予約していたタクシーの元へ向かった。
***
(あー、緊張する……)
先ほど俺はタクシードライバーの方に、家からほんの少しだけ離れた場所で降ろしてもらった。――のはいいのだが、かれこれこうして10分ほど小日向家のチャイムを押せずにいた。
今になって、嫌われていたらどうしようとか考えだしたらキリがない。ええいままよ、と俺は小日向家の呼び鈴を鳴らした。
――ピンポーン……――
しかし、返事はない。家族旅行にでも行っている最中なのだろうか?
俺は仕方なくその場を後にし、隣家である自宅の玄関の扉をチャイムも鳴らさずに開けて入った。
「ただいまー」
「おかえり〜、って亜蘭!?」
大袈裟に驚きながら俺を出迎えたのは、姉の
俺は小さくため息を吐くが、それはしっかりと姉貴の耳にも届いてしまったようだ。
「ちょっと?一年ぶりの再会なのに、その態度はないんじゃない?」
姉貴は両手をポキポキと鳴らしながら近づいてくる。姉貴の得意技、「ヘッドロック」が炸裂する前兆だ。
「い、いやだなぁ姉貴!俺も久しぶりに会えて嬉しいよ!」
「で、本音は?」
「帰国して最初に見るのが姉貴の――」
「
あ、つい乗せられて本音が……。
「ま、待て姉貴。俺は無罪、イノセント!」
が、時すでに遅し。姉貴の腕はすでに俺の首元にかかっている。
「ギャァァァァァ!」
――俺、日本に帰ってきたんだ……。
「亜蘭、大丈夫か〜?」
フローリングに仰向けになっている俺の頭上で、親父が声をかけている。どうやら俺は、短い間気を失っていたらしい。
「いてててて……。腕を上げたな、姉貴」
「ふふん、でしょ?」
「いや褒めてねぇよ」
相変わらずこのお転婆娘の姉貴には皮肉が伝わらないから困る。
「帰ってくるなら連絡くらいくれればご馳走で出迎えるのに全く……」
「それはごめん、母さん。でも、向こうでの食事に比べれば、こっちの食事は毎日がご馳走だよ」
「あら、向こうではあまりいいものが食べれなかったの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
実際、向こうでは留学先の学校の寮で生活していた俺は、食事もそれなりに豪華なものだったがどれも満足いくものはなかった。
シンプルに口に合わないのだ。あと、米を食べないと調子が出ない。
「まあとにかく、ちょうどご飯にしようと思ってたところだから席に着いちゃいなさい。思い出話はそれからにしましょう」
母の一言で、俺たち新庄家は食事の席につくのだった。
***
久しぶりの母の手料理は、やはり何ものにも勝る最高のご馳走だった。事実、食事中は全くもって思い出話どころではなかった。
食事を終え、一息ついたところで俺はあることを思い出した。
「そういえば母さん、葉音は最近どうしてるか知ってる?さっきお隣の呼び鈴を押してみたんだけど、誰も出てこなくってさ」
「…………」
俺の問いに対し、母さんだけなく先ほどまでくつろいでいた親父や姉貴までも、なぜか緊張した様子を見せている。
「みんなどうしたの?」
「小日向さん達は、亜蘭がアメリカに行ってすぐにお引っ越しされたわ……」
「え……?」
一瞬、母の言った言葉の意味を理解できなかった。俺の頭の中では「葉音が引っ越した」というその事実一点のみが反芻されている。
「そんな……」
俺はショックで、つい言葉を漏らしてしまう。
「ちなみに、引越し先はどこへ……」
「それが、私たちにもわからないの……」
「葉音ちゃんったら私にも黙っていたのよ!今度会ったらおでこに小指でデコピンしないと気が済まないわ!」
おい、俺の時とは随分お仕置きのレベルが違うじゃないか。……ってそんなことはどうでもいい。
「誰にも言わないで行ってしまったってことは、もう俺には会いたくないってことなのか……」
「いやいや、そんなことないぞ!きっとまた会えるさ。ほら、近いうちに学校……」
「お父さん……?」
「ハ、ハイィ!ナンデショウカ!」
親父が何か言いかけていたが、母さんによって遮られてしまった。親父は相変わらず母さんの尻に敷かれているみたいだな。
「まあとにかく、俺はどうしても葉音に会わなければいけないんだ。生きていればそのうちどこかで会えるだろ」
「そうそう。だから、亜蘭。とりあえずまずは、そのトランクケースの中身を片づけなさい!」
「ハ、ハイィ!」
どうやら血は争えないらしい。
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あ、死んでしまったとかではないのでご安心ください。当作品では鬱展開は基本無しです!
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