第十五話 【鬼人王】

「グオオォォ・・・・・・」


 森の中は異様な雰囲気に包まれていた。シンとした静けさの中に、鬼人王オーガキングの荒い息遣いだけが木霊している。

 鬼人王オーガキングは、辛うじて立ってはいるが、かなりのダメージを負っているようだ。

 そして、目の前に居る小動物は、小さい体を震わせて2体の鬼人オーガを威嚇している。

 僕は、未だに状況が飲み込めずにいた。

 そんな時、不意に不気味な声が響き渡る。


「・・・・・・少しはやるようだナ・・・・・・」


 その声は、鬼人王オーガキングの後方。あの、黒い鬼人オーガから放たれた言葉であった。身の毛もよだつほどに、低く冷徹な声色。

 でも、魔物が人の言葉を話すなんて・・・そんなこと・・・・・・。

 最初は耳を疑ったが、黒の鬼人はそんなセレスの様子を見てせせら笑った。

 

「・・・・・・珍しいカ・・・人間ヨ・・・・・・。我ハ・・・鬼人帝オーガロード・・・・・・」


 その言葉にセレスは驚愕する。


鬼人帝オーガロードだって!?」


 そんな魔物聞いたことが無い。

 鬼人族の魔物で確認されているのは、鬼人王オーガキングまでだったはずだ。

 だが、黒の鬼人オーガが放つ禍々しい殺気は、鬼人王オーガキングを遙かに凌駕している。明らかに、格上の魔物であろう。

 動揺を隠せないセレスをよそに、鬼人帝オーガロードは話を続けた。

 

「・・・・・・カーバンクル・・・・・・魔法反射マジックリフレクションカ・・・・・・。・・・・・・所詮・・・低級魔法にしか効果はナイ・・・・・・」


 そう言うと、おもむろに手を掲げる。その先には、息も絶え絶えである鬼人王オーガキングの姿があった。

 鬼人帝オーガロードは一言だけ言い放つ。


「・・・・・・凶暴化バーサク・・・・・・」


 その瞬間、鬼人帝オーガロードの掲げた手から、真っ黒なオーラ状の何かが発せられた。その衝撃は周囲の木々を大きく揺らす。何本かの木は、音を立てて倒木していく。

 放たれたオーラは鬼人王オーガキングに直撃する。オーラを全身に浴びた鬼人王オーガキングは、体中からシューシューと湯気を出し、その場に崩れるようにして倒れた。


「な、何が起こったんだ・・・・・・!?」


 仲間割れなのか?

 目の前で移り変わり続ける状況に、全くついて行けない。

 しかし、黄緑色の小動物カーバンクルだけは、倒れた鬼人王オーガキングの異様な雰囲気を感じ取っていた。

 そして、お互い身動ぎできないまま、幾ばくかの時間が過ぎた頃――――

 

「・・・・・・起キロ・・・・・・・・・鬼人王オーガキング・・・・・・」


 鬼人帝オーガロードの言葉で、ムクリと鬼人王オーガキングは起き上がる。

 その姿は先ほどとは変わり果てていた。

 目は血走っており、緑色だった皮膚はドス黒く変色。筋肉は膨張し、太い血管が表面に浮き上がっていた。加えて、体中からは黒い蒸気が吹き出している。

 

「グオオオオォォオオォォォ!!!!!」


 よろめきながら起き上がった鬼人王オーガキングは、雄叫びを上げた。その声は、威嚇というよりも、まるで悲鳴のようである。そして、ひとしきり叫んだ後、何かに操られるように、ゆっくりと頭上高く腕を伸ばした。

 いち早く異変を感じ取った小動物カーバンクルは、「キュ!!」と喉を鳴らし身構える。


漆黒の土石流デブリスフロウ


 鬼人王オーガキングが何かを唱えた瞬間、頭上に巨大な魔方陣が現れる。

 セレスはその魔方陣の大きさに驚愕した。魔法の威力は、魔方陣の大きさに比例すると本で読んだことがある。この魔法がとてつもない威力であることが容易に想像できた。


 静寂が支配していた森の中で、どこからともなく”ドドド・・・・・・”と何かが蠢く音が聞こえてくる。その音が次第に大きくなるにつれ、地震のように大地も揺らいでいるようだ。

 そして、恐ろしい地鳴りとともに、漆黒に包まれた土石流が魔方陣から飛び出してきた。


「キュ!!!!」

 

 その瞬間、小動物カーバンクルが土石流に向かって飛び上がった。それと同時に、またも放たれる閃光――――。


「これは・・・・・・っ!」


 眩しさをこらえ、なんとか目を開ける。セレスは目の前の光景に目を見張った。

 小動物の額に輝く赤色の宝石から放出される光の壁が、襲い来る土石流をせき止めている。光の壁と土石流が轟音を立ててぶつかり、光の火花が降り注ぐ。

 正に人智を超えた攻防戦であった。

 しかし、時間が経つにつれ、ジリジリと小動物カーバンクルが後退しており、とても苦しそうな表情を浮かべている。

 そしてついに――――


「あっ!!!!」


 割れるような音とともに光の壁が砕け、小動物カーバンクルは後方に吹き飛ばされてしまう。だが、同時に土石流も消えていた。最後の力を振り絞り、なんとか土石流を打ち消したようであった。

 セレスは慌てて駆け寄った。小動物カーバンクルは目を閉じたままぐったりとしているが、幸いまだ息はあるようだ。


「良かった・・・・・・」


 でも・・・・・・、状況は最悪である。もし、次に攻撃を仕掛けられたら、間違いなくやられるだろう。

 だが、連続して攻撃してくる様子は無かった。セレスは恐る恐る相手の様子を窺うと、鬼人王オーガキングは消耗が激しいのか、肩を上下に大きく揺らし、呻き声を上げているようだ。

 しばらくは時間が稼げるかもしれない。セレスは小動物カーバンクルを抱えて逃げる体勢をとった。

 しかし――――


「・・・・・・アレを食い止めるとハ・・・・・・だガ・・・もう次は無イ・・・・・・。鬼人王オーガキングヨ・・・・・・何を休んでいル・・・・・・・・・攻撃シロ!!」


「グオォ・・・・・・。グ、グ、グルアアアァァァァ!!」


 鬼人王オーガキングの、絶叫に似た叫び声が周囲に響き渡った。

 動けない体を無理矢理に操られ、再び頭上に腕を伸ばす。

 出現する巨大な魔方陣。

 しかし、鬼人王オーガキングは、体の至る所から血液が吹き出しており、既に限界のようであった。先ほどの一撃は、連続で出せる魔法ではないようだ。鬼人帝オーガロードの命令により、強制的に体を動かされているのだろう。

 

「グアアアアアアァァァァァ!!!!」

 

 魔方陣から聞こえてくる地鳴りの音――――。

 それは、何の対抗策も持たないセレス達にとって、死の足音と同義であった。

 ついに、2回目の漆黒の土石流デブリスフロウは完成する。


 尋常では無い魔力を感知し、腕の中の小動物カーバンクルが目を開けた。もう一度立ち向かおうと、ボロボロの状態でセレスの腕から飛び出そうとしている。


「行ったらダメだ!!」


 セレスは小動物カーバンクルを抱えたまま、魔方陣に背を向ける。それはまるで、小さな命の灯火を風雨から守るかのようであった。

 絶対に死なせない! こいつは僕が守るんだ!


 その時だった――――


-条件を満たしました。カーバンクルと契約しますか?-


 突如、頭の中に響き渡る無機質な声。

 何が起こったか分からず素っ頓狂な声をあげてしまう。


「な、なんだ?」


-契約しますか?-


 再度、響く声。

 一体、契約ってなんのことだ?

 でも、少しでも助かる可能性があるならやるしかない!


 そんなとき、どこからか母さんの声が聞こえた気がした。


『・・・・・・これから、何があっても自分の力を信じて強く生きるのよ。信じていれば、必ず良い方向に向かうから・・・・・・』


 思わず僕は叫んだ。


「もう、神様でも悪魔でも構わない!! 契約するから、僕たちを助けて!!」



-契約の意思を確認しました。特殊祝福エクストラギフト魂の契約ソウルコントラクト】を発動します-


 その瞬間、僕らは真っ白な光に包まれた。



・・・・・・


-契約完了-


-続いて、【魂の契約ソウルコントラクト】の恩恵により、カーバンクルの”種族進化”を行います-


・・・・・・


-完了-


-カーバンクルは、碧玉の守護者ガーディアンカーバンクルへと進化しました-

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