第2話 渚の思い出 ちゃいろくれよん


ゴォ――――――ッ…



行ってしまった………… 飛行機が 飛んでいく…。


すみれは泣いていました。すみれの頬を涙がとめどなく流れます。

大好きな大好きな大地くんは 遠い遠い所に旅立っていったのです。

ハワイ…それは、日本とは違う島…。

同じ土を踏むこともできないんだ…そうおもうだけで

涙は勝手にあふれだしてくるのでした。


大地くんは すみれの幼なじみで、小学校もずっとおなじで そして

すみれの初恋の人。

小さいころから ずっと一緒だったから、

「ハワイに行くんだ…」って言われても、すぐには飲み込めなかった。

大地くんのいない生活なんて 想像できなかったから…


そして 今日、大地くんは 中学生になる前日に旅立っていってしまったのです。


すみれは 家に帰る間の車の中でもずっとずっと

泣いていました。


運転するお母さんは、すみれが 大地くんが好きな事を知りませんが

小さいころから ずっと一緒だった友達と離れる寂しさだろうと思っていました。


家についたころにも すみれは まだ泣いていました。

家に入る気持ちにもならなかったので

すみれは そのまま散歩に出かけました。


すみれの家のすぐそばに、浜があります。

すみれの心とは反対に 青く 青く澄んだ海は、すみれの心を

もっともっと 悲しくさせました。


ざざ―…ん ざざ―…ん  

よせては かえし、つかず はなれず…


海は 波打ち続けます。

せめて せめて 日本の中だったら

同じ土を踏めているんだと思って がんばれるのに…

すみれを はげますかのように 波がよりそってきます。


その波に…すみれの頬から 涙が転げ落ちました。

ぴとん…

小さな小さな波紋を残し、すみれの涙は 海に混じっていきました。

ぴとん ぴとん… … …  … …   …

すみれの涙が 再び波に混ざったその時!


ザザ――――――――っ


向こうの方から 大きな波がすみれめがけて 走ってきました。


「キ…きゃあ―――――――っ!!!」


ざっばーん

大きな波は すみれをまるごとのみこんでしまいました。






気が付くと、すみれは、渚に打ち上げられていました。


でも、すみれの家の近くの渚とは 違う…。

ながくて どこまでも、どこまでも続いているような渚…。

まわりは しん…としていて 音といえば

波の音しか聞こえません。


ざざ…ん ざ…ぁ…


目の前には 海が広がっていました。

すみれのいつも見ている海とはまるで違う、

本当に 蒼くて、いかにも青くきわだっていて

透き通っていて、突き刺すように青くって でも

ほんわかあったかくなるような 海…。


そんな渚に ぽつんとひとり すみれは咲いていました…。


そのすみれに 近づいてくる影がありました…。

それは…






――――――


いっぽう、こちらは ハワイ。

青い空に蒼い海にぴかぴか輝く太陽。


―――日本では見られない 景色。


夕方になって 人の少なくなったビーチに

人影が。


それが、すみれの想い人、大地。


ハワイに着いて、まだ5時間ほどしかたっていない。

なれない土地。なれない言葉。なれない人たち。

なんだか 家にもいられなくなって

家から程近い、このビーチに来ていたのでした。


「すみれは どうしてるかな…」


彼は ぽつり  とつぶやいた。


――――――






そのすみれのほうといえば、いきなり波にさらわれて

気がついたら 全然知らない渚にいました。


そして、なにか 影が近づいてきて

緊迫した状況にありました。



「やぁ!」


「…!?」



迫ってきた  と思われた影は

実はとても 小さくて、砂浜にぺたんと座り込んだすみれと

ちょうど目が合う高さ・・・しかもそれは

まぎれもなく くれよん・・・ こげ茶色をした

くれよんでした。


すみれの想像の世界をはるかにこえたこの

くれよんの登場に すみれは 

目を点にして、口はぽかんと開いて、

お世辞でも可愛いとはいえない顔をしていました。

しかも、こげ茶色からは そうぞうできないような

どこかすっとんきょーで、明るい声も

すみれの驚きを膨らませるばかり。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


まだ 声を出すことが出来ないすみれの心境を察してか

こげ茶色のくれよんが口を開きました。


「こんにちは、すみれちゃん!」




「・・・ぇ・・・あ、はい。いぇ、あの、その…」


まだ状況を把握できてないらしいすみれ。

その反応を見て 茶色くれよんは


「うーん。ボク説明苦手だから。村長さんのとこにでも行こうか!」


と、半分腰が抜けている状態のすみれの手を

半分強引にひっぱって

砂浜から離れ、なんだか 無駄に大きいくれよんが

どんどんどんどん!と 9つほど並ぶところへ

連れて行かれました。


その間 すみれは すみれなりに

この状況をのみこもうと必死でした。


(…夢?でもなんか、このくれよんさん 現実味があるし

服が びしょぬれなだけあって 冷たい感覚あるし…

でもでも!寒くないし… ぇ なんなのここ~~!?

あ、定番だし ほっぺでもつねってみるか…)



「痛ッ…!?」



(…痛い…。ってことは…現実!?いやまさか)


すみれが茶色くれよんに引っ張られていないほうの手で

自分のほっペをつねったり ひねったりしている間に

大きなくれよんのひとつ。


渚の方から見て、一番左の、やっぱり大きな

若草色をしたくれよんの前にきました。


ガチャ…


ノックをしたわけでもないのに

ドアが開き、すみれと同じ…もしくは もうちょっと

大きいくらいの女の子 ――その子の格好は

全身若草色に茶色いブーツという

まるで ピーターパンにでもでてきそうなものでした――

が 出てきました。


「あ、茶色くん、今 迎えに行こうと思ってたとこだよ」


「遅くなってごめん、ほのか。ホラ、こちら、すみれちゃん。」


茶色くれよんに促されるままに 一歩前にでる すみれ。

それに答えるように 一歩ふみだし微笑む 洸とよばれた

全身若草色の女の子。


「こんにちは、すみれちゃん。くれよん村にようこそ!

あ、私、ココの村長で 風森 洸っていいます。」


「…くれよん村?」


洸の笑顔で ちょっとだけ緊張と驚きがほぐれ

やっと、すみれは声をだしました。


「うん。ここはね、くれよん村。

夕焼け空と青空。渚と野原。海と空の間にある

小さな、でも 大きな村。夢の村。」


そういうと 洸は にっこり笑ってすみれを見ました。


その言葉を理解できないすみれに もうひとこと。


「あなたが必要だと思えば いつでも来られる、

夢だけど 夢じゃない。心のふるさと。

すみれちゃん、くれよん村にようこそ!」




「じゃ、後はヨロシクね!茶色くん!」

「いぇっさぁ!」


ひととおり、洸からくれよん村の話をきいて

よく冷えたココアをもらって

やっと おちついてきたすみれ。


今度は どこへ行くんだろう…?


疲れたなぁ…なんていう うっすらとした意識の中で

でも、次はどんな所へ行けるのかという期待が

とても 大きいことに すみれは 自分でも驚いていました。


「さ、行こう!すみれちゃん!」


また 茶色くれよんに手を引かれ 向かったのは…

すみれが 流されてきた 砂浜。


「ここに何があるの?茶色さん」


すみれがたずねると 茶色くれよんは

にっこり――それはもう こぼれんばかりの笑顔で――

笑って、まぁ いいから。と すみれを

渚まで近づけると。


「いい?すみれちゃん。この海の水はね

魔法の水なんだ。すみれちゃんが見たいもの

なんでも 思い浮かべるといいよ。

あ、手で水をすくってからね。」


そしてこう言いました。

すみれは 突然見たいもの…といわれても 

なかなか思いつかないので その場で腕を組み悩んでしまいました。


でも、すぐに思いついて 水を両手でそっと、

すくいあげました。

それから 目をつぶって こういいました。


「大地くん…今 何してるの…?」


そっとそっと・・・そっと 目を開けてみました。

すると、自分の手の中の水に

大地の顔が映っていました。

本来ならば、…いえ、さっきまでは 自分の顔が映っていた場所に。











「…大地    く   ん…?」






























『すみれ?本当にすみれ?』
















昨日までと変わらない。頼もしい声が心につたわってきます。

耳に聞こえるんじゃなくて…テレパシーのようなものだろうか。


大地とつながっていると感じた今 すみれはさけびました。


「大地くん…大地くんなの?!?!」


『すみれ…本当にすみれなんだ?すみれ…。

俺、今 ちょうど、すみれのこと考えてた。』


「え…?大地くん、私も、私もね、大地くんのこと考えてたよ!!

寂しくて 寂しいって…思ってたよ??」


大地が飛行機に乗ろうと向かっていくとき

すみれは 寂しいなんて いえませんでした。


ただ、頑張ってね、忘れないでね、なんて

お決まりのセリフをつぶやいていました。


一度だって すみれは 大地に自分の本心をうちあけていなかったのです。

だから… 夢でもいい。今 繋がっているのなら。


「大地くん、寂しい…寂しいよぉ…。

大地くんがいなくなっちゃって寂しいの…。

だって だって 

ずっと ずっとずっとずっと 一緒だったんだもん。

大地くんのこと 大好きだったんだもんっ…」


知らないうちに 涙がこぼれ出て すみれの手の中の

大地の顔をゆがませます。


『すみれ…ごめん。俺も 自分の本音 いつまでも言えなくて…

すみれのこと 好きだから… だから ハワイ行きのことも

うまく 伝えられなくて… ゴメン』






―――――――――――――――――――――……… …… …




「…大地くん。また 大地くんに …会えるかなぁ?」














―――――ここは ハワイ。のとあるビーチ。

一人の少年が 波打ちぎわに座り込んで 両手にくんだ

水に向かって なにか叫んでいます。

それは ここでは 異国の言葉で  でも 彼には 故郷の言葉。


「会えるよ!会えるに決まってるだろ?!」



「大丈夫。いつか ぜったい 会いに行くからな!

待ってろよ!!!いつか絶対・・・っ…すみれ?」



彼は 自分の手の中を 深く覗き込みました。


しばらく すみれ と叫び続けていましたが 突然

ふ …と 笑うと 手にくんでいた海水を 静かに

海にもどしました。そして 立ち上がり まっすぐ…

太陽の沈んだほうを見つめていたかと思うと

くるりと 背を向けて ビーチを後にしました。


その後 すぐ 夜が訪れ 星が輝き始めました。






同じ 空の下。――― それは とても離れているけれど ―――


一人の少女が やっぱり同じように

砂浜から 立ち去ろうとしていました。

その少女は もう一度だけ ふりかえると

ひとり つぶやきます。



「大地くんも家に帰ったかなぁ…ハワイでは 今 何時だろ?」



遠く離れてしまった 大好きなひと。

でももう だいじょうぶ。

ここに 海が  そして すみれが  すみれの気持ちが


あるかぎり。



「ありがと、茶色さん。


…またいつか 行けたらいいなぁ…くれよん村に」



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