第十九話

 ルディリア大陸南西海域。

 イーダフェルト海軍ルディリア方面艦隊の拠点であるルジェ環礁を出撃した第一遠征打撃群は、数千名の海兵隊員を乗艦させている三隻の揚陸艦を護衛しながら港湾都市セーヴィルを目指して洋上を進んでいた。


「セーヴィルまであと五時間……敵艦隊の姿は未だ見えず、か」


 遠征打撃群の前衛を担う第72水上戦闘群に属するミサイル・フリゲート「ラファイエット」の艦橋で、艦長席に座るジェイ・ダーネル中佐はひとりごちる。

 セーヴィルの残置諜報員によると同地に駐留する艦隊は一日前に数隻の小型艇を残し、駆逐艦以下全艦がどこかへ向けて出撃したという話だった。


「敵もこちらの動きを察知しての行動しているのか……副長、敵艦隊発見の報はまだないか?」

「ありません。僚艦からもそのような連絡は入ってきておりません」


 副長の返答に頷いたダーネルは、持っていた双眼鏡を艦橋の外に向け周囲を眺め渡す。

 「ラファイエット」の左右には第72水上戦闘群を構成する同型艦の「コングレス」と「チェサピーク」が並走しており、両艦も搭載するMH-60RやMQ-8Cを飛ばし周辺海域の索敵を行っていた。


「本艦が出した哨戒ヘリの状況は?」

「現在補給のため本艦に帰艦しています。点検等の実施後、二時間後に再び飛び立つ予定です」

「無人機の方は?」

「本艦から南西に六四キロの海域を索敵中です」

「早くて見つかってほしいものだな。このままでは艦の士気にもかかわる」


 ダーネルの言葉に、副長のウォレス・ルゼック少佐も頷く。

 索敵を開始して四時間が経過しようとしていたが、敵艦隊発見には至らずすでに撤退したのではないかと考える者も出始めていた。


「発見すればすぐにでも対艦ミサイルを見舞ってやるんだが……残置諜報員によれば帝国の艦は最大でも重巡程度。対艦ミサイルを喰らえばひとたまりもないだろう」

「艦長、我々の常識で敵を量るのは危険かと。帝国がこの世界にしかない兵器を持ち出してこないとも限りません」

「……そうだな。総帥閣下からも油断大敵とのお言葉をいただいている。少し浮かれ過ぎたな」

「お気持ちはわかります。これまで陸だ空だと戦果を聞かされてきましたから。ようやく我々にもそのお鉢が回ってきたとなるれば浮かれてしまいたくなるものです」


 ダーネルとウォレスが話していると、スピーカーから緊迫した声が流れる。


『CICより艦橋。不明機を探知。方位3-5-8。機数1。距離90』

「艦橋よりCIC。その不明機が周辺を飛行している友軍機という可能性はないのか?」


 本格的な反攻が開始されて以降、航空支援や輸送のため多くの航空機がルディリア大陸上空を飛び交っており艦のレーダーが捉えたのも友軍機ではないかとダーネルは考えた。


『IFF及び各種無線にも応答ありません。敵機である可能性は高いかと』

「そうか……対空戦闘用意。僚艦も捉えているだろうが、念のため情報を共有しろ」

『了解』


 直後、「ラファイエット」の艦内に対空戦闘を報せる警報音が鳴り響き乗員たちが慌ただしく各々の持ち場へと走る。


「私もCICで指揮を執る。艦橋は副長に一任する。頼むぞ」

「はっ!」


 ウォレスにそう声をかけ艦橋を後にしたダーネルは、ラッタルを駆け降り下の区画に設けられたCIC{に足を踏み入れる。

 配置についているオペレーターたちの間を進み、ダーネルは四面あるLSD前に設けられた戦術行動士官隣のコンソールに腰を下ろした。


「状況を報告しろ」

「不明機は依然本艦に向けて接近中。このままの針路ですと接触まで二十分」

「不明機が飛んできた先の索敵は?」

「現在MQ-8Cを向かわせています。『コングレス』、『チェサピーク』のUAVも周辺海域に急行中です」

「こいつに我々の姿を確認させて敵艦隊を誘導したいが……一切の情報が不明な現状では危険すぎる賭けか……」


 LSDに表示される輝点を見つめながらダーネルは思案するが、艦の安全を考え撃墜を決断する。


「戦術、不明機を敵機と判断する。こちらの姿を見られる前に撃墜せよ」

「了解。SM-6スタンバイ!」


 戦術行動士官が命じると、対空戦の武器管制コンソールに座る担当員たちが即座に応じる。


「VLS開放!」

「SM-6発射用意よし!」

「発射ッ!」


 戦術行動士官の号令で、対空ミサイル担当の管制官が発射パネルを押す。

 艦首に搭載されたVLSハッチが開かれると、セル内に格納されていたSM-6が炎を吐きながら発射され入力された目標に向かって飛び去った。


「命中まで三十秒」


 LSDの中でSM-6は不明機との距離を急速に縮め、CICにいる全員が固唾を飲んでその瞬間を見守る。


「五秒前……マークインターセプト!」


 対空レーダーのコンソールを覗く担当員が言った瞬間、LSDに表示された輝点が重なり画面上から消失した。


「不明機撃墜!」

「よくやった。海軍初の戦果だ。通信、遠征打撃群司令部にも報告を入れておけ」

「了解しました」

「艦長、偵察中のMQ-8Cの水上レーダーに反応。敵艦隊と思われます」

「ようやく見つけたか。こっちにも情報を映せ」


 ダーネルがそう言うと、LSDに表示されていた海域図に輝点が現れるた。

 輪形陣を組みながら洋上を進む敵艦隊の姿にダーネルは感情の昂りを感じたが、ひとつ深呼吸して気を落ち着かせる。


「大型艦一、中型艦八、小型艦八……残置諜報員から報告された隻数とも一致します。セーヴィルにいた艦隊で間違いないですね」

「大型艦と中型艦を優先的に叩く。小型艦は哨戒ヘリにヘルファイアを搭載し対処させろ」

「了解。水上戦闘。目標、敵大型艦。発射弾数四つ」


 戦術行動士官が指示を出すと、今度は水上戦区画の担当員たちが応じた。

 LSDに表示される敵艦を示す輝点には自艦だけではなく、データリンクを通じて「コングレス」、「チェサピーク」の目標補足情報が併せて表示される。


「大型艦から小型目標分離! 数五……八……十五!」

「対艦ミサイルか!?」

「いえ。小型目標は編隊を組みこちらへ向かってきています。おそらく、先程撃墜した不明機と同型のものかと」

「大型艦は空母かそれに準ずる艦種ということか……MQ-8Cの映像を確認できるか?」

「少々お待ちください」


 担当員がコンソールを操作し、LSDの一画にMQ-8Cの撮った映像が表示される。


「航空機じゃ、ない……?」


 映し出された不明機の姿に、ダーネルたちは愕然とする。

 彼らが航空機だと思い込んでいたそれは、球形の胴体に手足と固定翼が付いた見たことのない兵器だった。


「映像は不鮮明ですが、両腕部には火砲のようなものが確認できます」

「まるでSFの世界だ……反攻作戦の初撃で空軍の連中が落としたというのはこれかもしれんな。画像を遠征打撃群司令部に。まずは捕捉した敵艦隊を叩く」

「はっ」

「NSM発射用意よし!」

「発射!」


 艦中央部が炎と白煙に包まれ、発射筒から四発のNSMが発射される。

 同時に「ラファイエット」の左右を航走する「コングレス」、「チェサピーク」からもNSMが発射され、三隻から放たれた計十二発の猟犬は敵艦隊へと向かった。


「ヘリの準備はどうなっている?」

「ヘルファイア搭載完了。命令があれば、いつでも飛び立てます」

「発艦させろ。前面に展開しピケットラインを張る」


 命令が発せられると、後甲板から機体左側のスタブウィングに四発のヘルファイアを搭載したMH-60Rが艦を離れ同じくヘルファイアを搭載した「コングレス」、「チェサピーク」の艦載ヘリと共に第72水上戦闘群の前に出る。


「敵航空兵器がこちらの防空圏に入るまでの時間は?」

「およそ三十分」

「方位0-9-8より機影を確認。……IFF照合完了。航空戦艦『伊勢』より発艦した第521海兵戦闘攻撃機飛行隊のF-35Bです」


 LSDに表示される東方より現れた八つの輝点に、ダーネルは笑みを浮かべる。


「獲物の独り占めは許さんということか……接近する敵機は航空隊に任せる。我々は敵艦隊の撃滅に全力を注げ」


 三隻から放たれた十二発のNSMは、事前に入力された諸元を忠実に守り敵艦隊にその鋭い牙を突き立てようとしていた。


*      *


「今度の敵は王国のボロ船より手ごたえがあるといいですな」


 航空歩兵母艦「ルトラッハ」の艦橋で、主席幕僚のフェッジ大佐が言った。

 数ヶ月前の王国海軍との海戦では主力が出るまでもなく砲艦のみで壊滅させたため、フェッツの口調には多分に余裕が宿っていた。


「手応えなどあるものか。今度の敵もすぐに海の藻屑となる」


 艦橋の左前よりに設けられた司令席に座る分遣艦隊司令官ロタール・ギル・ヴェンク少将は左腕を肘掛けに置きつまらなそうな表情で答えた。


「航空歩兵を出し先手を打った。今回は砲艦にも出番は回ってこんだろう」


 ヴェンクはそう言うと、空になった甲板を見下ろした。

 二個小隊十六機の航空歩兵を運用することが可能な「ルトラッハ」は、索敵に出していた一機から通信が途絶えた直後にその方向へ残る全機を出撃させていた。


「これでは、また各艦長から恨み節を言われてしまいますな」

「なに。我々はまだマシな方よ。主力艦隊は敵の姿も拝めずルスラウ島で燻ぶっておるのだからな」

「確かに。彼らより幾分マシと言えますな」


 ヴェンクの言葉に、フェッツも出撃命令が下らずルスラウ島の港で虚無な時間を過ごす主力艦隊を思い笑みを浮かべる。

 戦艦や大型航空歩兵母艦を有する侵攻軍主力艦隊は燃料等の関係から出撃することが叶わず、逆にヴェンクが率いているような小規模な分遣艦隊が占領地域の守備や哨戒に気を吐いていた。


「あのような艦がなくとも、我が艦隊だけでルディリア最強の戦力であることに疑いはない。さっさと愚かな敵艦隊を沈め勲章のための得点稼ぎにするとしよう」


 そう言って不敵な笑みを浮かべるヴェンクが椅子に座り直したとき、艦橋下にある通信室から通信士官が血相を変えて飛び込んできた。


「報告します! 航空歩兵隊から入電。本艦隊に向かう正体不明の物体を多数確認とのこと」

「不明の物体? 敵からの攻撃か?」

「航空歩兵からの報告では、そこまで定かではありません」

「まあよい。向かってくるのならば相手してやろう。全艦に戦闘配置を命令せよ」

「はっ!」


 ヴェンクの命令はただちに艦隊全体に伝えられ、駆逐艦や砲艦では戦闘部署の兵士たちが駆け回り準備を整える。

 自艦隊よりも遥かに劣る敵艦隊を撃滅し帝城の大広間で勲章を授与される姿を思い描いていたヴェンクは、突然の見張りの絶叫によって現実に戻された。


「十一時の方向! 報告のあった不明物体を視認! は、早い!?」


 ヴェンクは双眼鏡を取り上げ報告された方向に焦点を合わせると、海面スレスレの高度を円筒形の物体が目にも止まらぬ速さで艦隊に向かってきていた。


「あ、あれは一体何だ!?」

「わかりません。ですが、敵の攻撃には違いありません。ただちに砲撃を……!」

「う、うむ。全艦、砲撃を開始せよ! あの物体を艦隊に近づけるな!」


見たことのない兵器に動揺しながらもヴェンクが命じると、各艦から一斉に砲撃が開始される。


「とにかく砲弾を浴びせよ! 敵を圧倒するのだ!」


 ヴェンクの𠮟咤を受けるまでもなく、各砲の兵士たちはひたすら砲に砲弾を装填し物体に砲撃を浴びせ続ける。

 各艦の懸命な砲撃も空しく音速に近い速度のNSMは艦隊の直前で急上昇すると、艦の急所とも言える艦橋や機関部に向けて急降下するとそのまま直撃した。


「駆逐艦『ザルツェン』、『ローデ』、『ルーヴェ』撃沈!」

「駆逐艦『ルナ』、『アギル』大破、炎上!」


 見張りから悲鳴にも似た報告が次々と入る。


「ば、馬鹿な……こんなことが……」


 炎を上げ傾斜しながら沈みゆく駆逐艦の姿に、フェッツは声を震わせながら呟く。

 その隣で椅子から立ち上がり愕然とした表情を浮かべていたヴェンクは、突如狂気じみた憤怒を瞳に浮かべ叫んだ。


「おのれぇ……! 前衛の砲艦戦隊に敵艦隊を見つけ出し、完膚なきまで叩き沈めるよう命じよ! 駆逐艦の仇を取るのだ!」


 信じられない光景に呆然とその場に立ち尽くす幕僚たちは弾かれたように動き始めるが、見張りからさらなる悪夢が告げられる。


「不明物体が本艦に接近! 数二!」

「何!?」


 ヴェンクや幕僚たちが外に目を向けると、物体が艦橋を目指し急降下するところだった。


「こ、こんなことがあってたまるか……!」


 ヴェンクがそう叫んだ直後、NSMは艦橋を直撃しその炎と爆風によって艦橋内に詰める全員の命は刈り取られた。


*      *


「NSM全弾命中。撃沈、大型艦一、中型艦六。残余の中型艦も戦闘不能であると思われます」


 ミサイル・フリゲート「ラファイエット」のCICでLSDに表示された情報を確認した戦術行動士官は、無感動な声でダーネルに報告する。

 有効な対空兵器を持たない帝国艦隊相手に対艦ミサイルは効果的であり、各艦から発射されたNSMは一切の妨害を受けることなくそれぞれの指定した目標に命中していた。


「小型艦の動きは?」

「依然本艦隊に向けて針路を取っています。このままですと十五分でピケットラインに到達します」

「主力が壊滅したのに退かないか……哨戒ヘリにミサイルの射程に入り次第攻撃するよう命じろ」

「了解しました」


 ダーネルはそう命じると、背もたれに身体を預ける。

 戦闘前に感じていた高揚感もすでに失われ、普段の演習のようなあっけなさを感じていた。


「接近中だった敵航空兵器群。航空隊により全機撃墜されました」

「これで脅威はひとつだけか」


 そう呟いたダーネルは、LSDに表示された哨戒ヘリのピケットラインに近づく小型艦を示す輝点をじっと見つめる。


『こちら「ラファイエット」一号機。敵小型艦を補足。これより攻撃を開始する』


 哨戒ヘリから一報が入ると、ヘリを示す輝点から立て続けにミサイルが発射される。

 ほぼ同じくして「コングレス」と「チェサピーク」のMH-60Rも攻撃を開始し、六隻の小型艦に対し合計十二発のヘルファイアが殺到した。


「敵小型艦の撃沈を確認。周囲に脅威は存在しません」

「遠征打撃群司令部に報告。ヴァルハラへの門は開かれた、だ」

「はっ」


 こうして両軍初となる海戦は、イーダフェルト海軍の圧倒的勝利で幕を閉じた。

 だが、この海戦の勝利は後に続く上陸戦の序章でしかなく遠征打撃群は勝利の余韻に浸る暇もなくセーヴィルを目指すのだった。

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