20 異世界で生きていくって決めたんだ
俺の、サンルーフから救出するという作戦はそれからも大いに役立ってくれた。
ゾンビは動きが鈍く、高いところにはあがれないという性質がある。
そのため生存者の多くは高所に避難しており、屋根に飛び移れる場所にトレーラーハウスを横付けできれば救助は容易だった。
また生存者たちは食べ物も飲み物もない場所で過ごしており、救出時にはみな衰弱していた。
『るるぽーと』には食料品を扱う店もあったのだが、何者かによって根こそぎ奪われていた。
しかしトレーラーハウス内には冒険者たちの荷物があり、そこに入っていた食料のおかげで生存者たちは命を繋ぎ止めることができた。
ミッドナイトによる救出体制は盤石かと思われたが、ついにどうしようもない局面が訪れる。
トイレや自動販売機などがある、狭い路地の中に立てこもっている生存者たちがいたんだ。
しかも、いままさにバリケードを突破された状況。
生存者たちは自販機の上にあがり、手を伸ばしてくるゾンビを足で追い払っていた。
「あの通路は狭すぎて、ミッドナイトじゃ入れない! 冒険者を呼ぼうにも、みな手一杯みたいだ!」
自販機の上にいるのはまたしても親子連れのようだった。
まだ幼稚園に入ったばかりのような男の子の泣き叫ぶ顔が、俺の背中を押す。
『……!? マスター、いけませんっ!?』
運転席のドアにはロックが掛かっていたので、俺はサンルーフから飛び出していた。
腰に携えていた剣を引き抜き、盾をしっかり構え、リノリウムの床を蹴って走り出す。
ギルドバンドごしに俺を呼び止めるキッズの声は、まるで我が子を荒波にさらわれた母親のようだった。
アイツも、こんな声を出すことがあるんだな……。
『マスターはまだ冒険者としてはレベル1です! ゾンビどころか、ゴブリンにすら敵いません! それにギルドから貸与された武器は初心者用のものですので、ゾンビは殺せません! 戻ってきてください!』
「あの人たちを助けたいんだ! 頼むキッズ、力を貸してくれ!」
手首から言い淀むような声がする。こんなキッズも初めてだ。
『姿勢をもっと低く! 盾で顔を覆い、肩でぶつかるような体勢をとってください!』
俺は教えられたとおりの構えをとり、通路に特攻をかけた。
通路を埋め尽くすほどのゾンビたちの群れ。目視で数えるだけでも50匹はいる。
数の上では圧倒的に不利だが、ヤツらがまだこちらに気づいていないことだけが唯一の幸いだった。
『そのまま……突っ込んでくださいっ!』
俺は生まれてこのかた、一度もケンカなんかしたことがなかった。
しかしなにかとイチャモンをつけられ、よく殴られてきた。
午前中にどれだけ殴っても午後にはケロッとしている頑丈な体質だとわかるや、学校の先輩たちは俺をサンドバックがわりにした。
他校とのイザコザをおさめるために、生贄として捧げられたこともある。
正直いうと、ゾンビの群れに突っ込むのはヤンキーに囲まれるより恐ろしい。
どんなに凶暴なヤンキーでも、言葉だけはいちおう通じるからな。
だけどもう、終わりにしてぇんだ。
ガキの頃からも、社会に出てからも、ずっとやられっぱなしだった人生を。
異世界が来てくれたおかげで、そしてミッドナイトのおかげで、俺の人生は変わりつつある。
だがそれは、まわりが変わっただけだ。
あとは俺だ。最後に俺が変わらなくちゃいけねぇんだ。
だって俺は……。
「異世界で生きていくって、決めたんだぁぁぁぁぁぉーーーーーーーーーーっ!!!!」
ありったけの気合いとともにゾンビに体当たりをかける。
腐った壁にぶつかるような弾力、もろくなった柱をへし折るような感触が盾ごしにうまれる。
腹の底からパワーが爆発した気がして、ぶつかった後も勢いは衰えなかった。
気づくと、眼前に本物の壁が迫ってきていたので慌てて急ブレーキをかける。
壁に手を付きながら振り向くと、肉の壁のようだったゾンビたちがドミノのようにバタバタと倒れていた。
俺はこんな時だというのに、ポカーンとなってしまう。
「これを、俺が……? いままで、ひとりの人間も倒したことがなかったのに……」
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