07 ギャル妖精アダルト

 ミッドナイトには芳香剤的なものはいっさい置いていない。

 あの、いかにも作られたような匂いが嫌いなんだ。


 でも少女が助手席に乗り込んできた途端、車内が花のような香りで満たされた。

 その香りはちっとも不快じゃなくて、まるでうららかな花畑にいるような気分になる。


 そして俺は、ヤバい錯覚に陥った。

 なんと、少女の背中にカゲロウのような透明の羽根が生えているのが見えたんだ。

 衣服を突き破るようにして、というか服から生えているみたいに。

 蝶が羽根を休めているみたいに、ゆっくりと開閉している。


 「うおっ!?」となった俺に、少女は「なんかついてる?」と首をひねって背中を見た。


「ああ、羽根が珍しいんしょ? あたしは妖精族フェアリーなんだし」


 すかさずキッズのフォローが入る。


「彼女は異世界人ですね。ちなみに妖精族の羽根は物理的なものではなく、魔力によって発現しているものです」


 今度は少女がビックリする番だった。


「うおっ!? 車がしゃべったし!?」


「ああ、これはしゃべる車なんだ。しゃべってるヤツの名前はキッズだ」


「な~る。あたしが助けてって言ったとき、お兄さん誰かとしゃべってる感じだったけど、このキッズとしゃべってたんだし」


「そうだ。そして俺はナイトだ。お前は?」


「あたしはアダルトだし! ナイトさん、助けてくれてあんがと!」


 アダルトと名乗った少女は、ニパッと屈託なく笑う。

 彼女の見目は、北欧系の美少女と形容するのがしっくりくるだろうか。

 長い金髪の巻き毛に青い瞳、まだ顔はあどけないがメイクで精一杯背伸びをしている。

 身体は小柄でスレンダーだが、特定の部位はアンバランスなほどに発育がいい。

 年の頃は高校生くらい。顔はまだ子供なのに身体は大人っぽいのが今時のギャルみたいで、異世界よりも渋谷にいそうな感じだった。


「しかし、アダルトはなんでこんな所にいるんだ?」


 この世界にはゴブリンとかのモンスターがいるので、異世界人がいても何ら不思議はない。

 しかしギャル妖精とはいえ、森とかにいるのならともかく、荒廃した街中にいるのはなんだか奇妙な感じだった。

 アダルトが言うには、幼い頃に生き別れになった双子の姉を探しているらしい。


「あたしらがいた世界はいくら探してもいなかったんだよね。そんで異世界の門が開いたから、コロモはぜったいこっちの世界にいると思って来てみたし。そしたらゴブリンみたいな男たちに襲われちゃったし」


 『コロモ』というのがどうやら姉の名前らしい。


「ねえナイトさん、コロモを探すの手伝ってくんない? この車なんだかスゴそうだから、コロモもすぐ見つかると思うし」


 いつの間にかアダルトは、運転席の俺にしなだれかかってきていた。

 二の腕には、俺がいまだかつて感じたことのない弾力が押し当てられている。


「もちろんタダとは言わないし。コロモを見つけてくれたらイイコトしてあげるし。もちろん姉妹揃って……ねっ」


 次の瞬間、アダルトは残像を残して俺の前から消え去る。

 助手席側のドアがひとりでに開いたうえに助手席が外側に傾いており、その勢いでアダルトは車外に放り出されていた。

 そのままアスファルトをゴロゴロと転がっていったのだが、パンツが丸見えになっていたので俺は目をそらす。

 彼女は後ろでんぐり返しの途中みたいなポーズで止まると、猛然と抗議してきた。


「ちょ、いきなりなにするし!?」


「あの妖精はウソを付いています。さらにマスターに不当に近づいたため、車外に排除しました」


 俺はてっきり事故かなにかだと思っていたのだが、キッズの仕業だった。

 どうやらさっそく『セキュリティ』のスキルを使ったらしい。


「ってキッズ、あんたがやったし!? っていうか、あたしはウソなんかついてないんですけどぉーっ!?」


「妖精族の名前は2文字目が必ず濁点になります。『コロモ』などという名前の妖精族は存在しません」


「いや、マジでコロモなんだって! 信じてよぉ!」


 アダルトは異世界に来たばかり、そのうえチンピラに襲われたばかりだというのに、キッズの扱いは手厳しい。

 俺は見かねてふたりの間に割って入った。


「おいキッズ、そのへんにしてやれ」


「しかし、マスター」


「俺にはアダルトがウソをついてるようには見えないんだ。これもなにかの縁だから、乗せてってやってもいいだろ」


「いいえマスター、その妖精には乗せるよりもいい用途があります」


「用途って……。まあいや、どんな使い途だ?」


「先ほど妖精を外に放り出したことにより、レベルアップしました。妖精にダメージを与えると、多くの経験値が得られるためです。ならばフルアクセルで轢けば、ミッドナイトのレベルはうなぎのぼりになります」


「う~ん、クソ野郎を轢くのは大歓迎なんだが、そうじゃないヤツを轢くのはちょっとなぁ。じゃあ、こう考えてみたらどうだ? これからの道中で異世界人がいると、知識面でいろいろ役立つこともあるから……」


 それから俺はキッズをなんとかなだめすかして、アダルトの同乗を認めさせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る