わたくしとの婚約を破棄したいですって? よっしゃああああああああああああっ!!

亜逸

よっしゃああああああああああああっ!!

「よっしゃああああああああああああっ!!」


 社交パーティの会場で、天に衝き上がらんばかりの喜びの声が轟く。

 侯爵家令嬢にあるまじき雄叫びを吐き終えたニアは、誰も彼もが唖然とする中、つい先程まで自分の婚約者公爵家長男――テッドに詰め寄った。


「テッド。あなた今確かに、わたくしとの婚約を破棄すると言いましたわよね? 言いましたわよね!?」


 念を押すようにして訊ねてくるニアに気圧されたのか。

 それとも、勝手に一方的に婚約を破棄されたにもかかわらず喜色を露わにするニアの反応に困惑したのか。

 テッドは、たじろぎながらも無理矢理毅然さを取り繕った声音で答えた。


「そ、そうだ。僕は君との婚約を破棄すると言った。なにせ僕は、このモーリィと婚約を結ぶことに決めたからな」


 そう言って、傍にいた公爵家令嬢モーリィに視線を向ける。

 普通に考えたら、ニアにとってモーリィは自分の婚約者を奪い取った憎き存在のはずなのに、


「心の底からお礼を言わせていただきますわ、モーリィ様!! このすっとこどっこいを引き取ってくれて!!」

「すっとこ!?」


 困惑しているモーリィの手をガッチリと掴んで、心の底から感謝を表すニア。

 まさかすぎる反応に、テッドはモーリィ以上に困惑しきりだった。


 そんな中、ニアはこれまで我慢していた鬱憤を晴らすように、テッドへの不満をぶちまけ始める。


「けれど、お気を付けてくださいまし! このすっとこどっこいときたら、わたくしと婚約した時も、同じように他の女性を捨ててきたすっとこどっこいですから! わたくしには他にお慕いしている方がいるというのに、爵位が上の人間には何も言えないお父様が勝手に婚約を決めてきたものだから、あの時は腹立たしさのあまり、つい頭を掻き毟ってしまいましたわ! お父様の!」

「って、お父様のなの!?」


 思わずツッコみを入れるモーリィに構わず、ニアはなおもテッドへの不満をぶちまける。


「おまけにこのすっとこどっこい、わたくしと婚約を結んでいた間も、何人もの女性に粉をかけるようなすっとこどっこいですのよ! モーリィ様! 自分があくまでもこのすっとこどっこいに粉をかけられた一人にすぎないこと、肝に銘じておいた方がよろしいですわよ!」

「い、言いがかりはやめてくれないか! 僕は確かに女性に話しかけることは多いが、それはあくまでも社交の範疇だ! 事実、僕は君と婚約を結んでいる間、一度たりとも不貞をはたらくような真似はしていない! 誓って断言できる!」


 必死に抗議するテッドを、ニアは「はんっ」と鼻で笑う。


「不貞をはたらくような真似はしていないじゃなくて、だけなのは、とっくに調べはついていますわよ」


 ニアの指摘に、テッドは口ごもる。

 明らかに図星を突かれた反応を見せる未来の婚約者に、さしものモーリィも視線を冷ややかにするばかりだった。


「さらに言えば、至れなかった理由もしっかりと調べがついておりますわよ。まあ、こちらに関しては、わたくしからすれば調べるまでもなくわかりきっていたことですが」

「それ、詳しく聞かせてもらってもよろしいですか?」


 話に食いつく、モーリィ。


「ま、待ってくれ! それだけは言わないでくれ!」


 と、テッドが懇願してくるも、当然のように聞き入れなかったニアが喜々としてモーリィに語る。


「このすっとこどっこいはね、香水で誤魔化してますけど、とんでもないワキガなんですの。その臭さといったら、わたくしが婚約している間にベッドまで連れ込むことに成功した女性たち全員が思わず嘔吐してしまうほどですのよ」


 ワキガを暴露されたテッドが「あ、あぁ……」と床に手を突いて項垂れる中、モーリィは淡々とニアに訊ねる。


「ベッドインした女性の数は?」

「わたくしが調べた限りでは五人ですわね」


 自然、テッドを見下ろすモーリィの視線が、ますます冷たくなっていく。


「ちなみにわたくしもうっかり少しだけ、このすっとこどっこいの脇の臭いを嗅いだことがありますけど、ドブとゲロを煮詰めたようなにおいで、危うく吐き戻すところでしたわ」


 自然、テッドを見下ろすモーリィの表情が、ドン引きしていく。


「というわけなので、このすっとこどっこいはモーリィ様に差し上げますわ。先にも言ったとおり、わたくしが心から慕っている方は別にいますので」


 そう言って、ニアはパーティ会場の隅にいる伯爵家次男――ダルトンに、飢えた獣のような視線を向ける。


「ダルトン様! これであなたとわたくしを隔てる邪魔くさい婚約しょうがいは消えて無くなりましたわ! ですから、今すぐわたくしと添い遂――って、ダルトン!? どこへ行かれるのですの!?」


 脱兎の如く逃げ出すダルトンを追って、ニアはパーティ会場を飛び出していく。

 見物みものだと思ったのか、会場にいた紳士淑女たちがこぞって二人の後を追っていく。


 テッドはモーリィと二人、会場に取り残される。


「モ、モーリィ……」


 床に手を突いたまま、懇願するような目で見上げるテッドに対し、


「ペッ」


 モーリィはその顔面に唾を吐き捨ててから、無言でスタスタとテッドの前から立ち去っていった。


「……あんまりだ……ちょっと……ちょっと声をかけただけなのに……こんな扱い……あんまりだ……」


 この場にニアとモーリィがいたら、同時に唾を吐きかけられそうなことをのたまうテッドのことを気に留める者は、最早誰もいなかった……。

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わたくしとの婚約を破棄したいですって? よっしゃああああああああああああっ!! 亜逸 @assyukushoot

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