第149話 連れ去る 

「レナン!」

 エリックが軋む体を起こし、氷の刃を発生させる。それらはバルトロスに向けて発射されるが、悉く防がれた。


「少し大人しくしていろ」


「……!」

 エリックの体が目に見えない力で押しつぶされる。

 呼吸も出来ないような程強い力だ。


「レナン、逃げろ……」

 必死で手を伸ばすが、意識を保てない。


 エリックの手が力なく地面へと落ちた。

「呆気ないな。もっと粘るかと思ったが」






 その隙を狙いオスカーがバルトロスの背後から剣を振るう。


 バルトロスは剣を掴むとそのまま叩き折った。


「もう少しうまくやるんだな」

 驚愕し、動きを止めたオスカーの体に向けて奪った刃で斬りつける。


「くぅ!」

 オスカーの体からは血しぶきが舞う。


 刀身が短い為、致命傷ではないが、軽視できない傷だ。


「素手で剣を掴むなんて、ティタン様のようね」

 血を流しながらも、オスカーは攻撃の手を緩めない。


 他の者より自分は軽傷だ。


 治癒するまでは自分が時間を稼がねばと、オスカーは魔法を唱える。


 オスカーの血と魔力を吸った植物が、バルトロスに襲い掛かった。


 オスカーの胸元で金色の物が光る、先程剣で斬られた時に服の中からこぼれ出たのだ。


 指輪のついたネックレス、それは恋人のメィリィに貰ったものだ。


 最後の挨拶をしに行ったあの日、彼女はオスカーからの贈り物は受け取ってくれなかった。


「きっと無事にお戻りになられるはずですからぁ。その時を楽しみにしてますよぅ」

 といってオスカーに贈り物をしてくれた。

 この指輪はメィリィの髪を編んで作ってくれた特別なお守りだ。


(こんな化け物がいるとは思っていなかった)

 指輪を握り、オスカーは表情を歪ませる。


 どこかで甘えていた自覚はあった。

 エリックがいれば何があっても大丈夫だと。


 護衛騎士として命を張るとは言っても、今までにこのような危機的状況になることなどなかった。


 棘の生えた枝がバルトロスを包み込むように迫っていく。


(こんな攻撃が効くとは思っていないけど)

 それでも時間稼ぎになるのならとオスカーは出し惜しみなどしない。


 二コラは懸命に体に刺さった杭から逃れようともがいているし、エリックもいまは立ち上がりこちらに向かってきている。


 キュアも回復を終えたようで、なにやら魔法を放とうとしていた。


 バルトロスを包んだ植物は球形となり、徐々に中心に向かって縮まっていく。


「この程度しか操れないのか」

 バルトロスの声がしてすぐに視界が赤に染まる。


 衝撃と痛みと死の恐怖は後から津波のように襲い掛かってきた。











 その場に立っていたのはレナンだけだ。


 皆傷つき、倒れている。


「なんでこんな……」

 皆体を魔力の杭で貫かれ、動かない。


「エリック様……」

 白い肌は血の気を失い、更に白くなっている。


 綺麗な金髪は赤に染まり、目は閉じられていた。


 バルトロスは動かないエリックを部下に命令させ、担がせる。


「王太子という存在はこれから必要になるからな、利用させてもらうぞ」


「まさか、エリック様を操ろうというのですか?」

 そんな事させるものかとレナンは強張る足を、体を懸命に動かす。


「エリック様は渡せません、連れて何て行かせません」


 レナンに出来ることなどないけれど、それでも黙って連れて行かせるわけにはいかない。


「小娘のいう事など聞くわけがない」


「帝国になんて渡さない!」

 震える手で短剣を握り、バルトロスに向かっていく。

 だがそんなものが通用するはずもなくあっさりと振り払われた。


 レナンもまた帝国兵に抱えられる。


「テメェら、待ちやがれ……」

 辛うじて声を出した二コラにもバルトロスは興味ない。


 必要なものは手に入れた。


「もうここに用はない。皆殺しにしてしまえ」

 兵たちにそう命ずる。


 そしてバルトロスの目はイシス達を一瞬だけかすめる。


「弱い駒はいらん。こいつらも始末しろ」

 それだけ言うとエリックとレナンを連れてバルトロスは消える。


「そうよね……二度も負けたんだもの、生かされないわよね」

 バルトロスに情なんてないだろうとは思ったが、それでもイシスの目に涙が浮かぶ。


 言われたとおりに転移魔法で逃げられないよう結界を張る時間を稼いだ。


 褒められはしなくても一言くらい労いの言葉を貰えるのではないかと、ほんの少しだけ期待した。


 想定以上に時間は稼いだはずだ。


 なのに何の一言もない。


 最後の最後まで諦めきれなかった。


「お父様に、愛されたかった」


「イシス様……」

 縛られたままであるが、ギルナスがイシスに寄り添う。


「俺がいます、どこまでも共に。だから泣かないでください」

 イシスの目からは止め処なく涙が溢れる。


「あの男は不死だ、契約者がいない今解除は難しい。他の者から殺せ」

 帝国兵は皇帝に命じられたまま皆剣を抜いていた。


 しかし死なない二コラを殺す手立ては今はない為、後回しにするようだ。


「皆を殺せば、俺が必ずてめぇらを殺してやるよ」

 二コラが懸命にもがくが杭は抜けない。


「キュア、オスカー目を覚ませ! お前らが死んだら、エリック様が悲しむ、だから起きろ、起きて逃げるんだ!」

 二人に迫る刃を見て二コラは吠えた。

 無理矢理引き抜こうとしているためか、ぶちぶちと筋繊維が引きちぎれるような感覚がして新たな血が流れる。


 死ぬことはなくとも痛みはあるし、血が足りなくて苦しい。


 それでも二コラは諦める気はない。


「やめろーーーー!」

 振り下ろされる刃に向けて血まみれの腕を伸ばすが届かない。


 その時場違いなほどのキラキラしたものが降り注いだ。


 思わず帝国兵が振り下ろした剣を止めるほどに場を埋め尽くす。


 虹色の蝶が突如として現れたのだ。


「僕の仲間に手を出さないでくれる?」

 リオンの怒りに満ちた声が静かに響いた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る