第105話 王宮医師の跡継ぎ①
戦の前の養父とのひと時。
「シュナイ先生、俺が跡継ぎとなるのですか? サミュエル様は?」
「あいつは向いていない」
改めての後継問題にセシルはお茶を飲んで、頭を整理していく。
王宮医師ともなればどうしても人との関わりが増える。
サミュエルがそれをこなせるとは思えないが彼の方がシュナイに付いて長いし、知識も経験も魔力も豊富だ。
「それに養子縁組をまだ拒んでいる」
「まだなのですか?!」
それは意外な言葉だ。
「そうだろう。ロキの娘を娶るならば貴族籍は持っておいた方がいい、なのにまだ言いにすら来ないのだ」
「先生もご存じでしたか」
まさかシュナイまでも知っているとは。
堅物で偏屈、そしてサミュエルほどではないが、人嫌いである。
結婚もしておらず、王族の専属、そして王宮医師として活躍しているために忙しい。
腕前は確かだが、性格に難があるので、そんな話をどこから仕入れてきたのか不思議だ。
「ロキが言いに来た。息子を貰うぞと」
セシルは思わず茶を吹き出した。
まさかそこから話を聞いたとは、予想だにしていなかった。
あちらの親自らそれを言いに来るとは、自由人というか型破りというか。
「本当にサミュエル様はシフ様と結婚するのでしょうか?」
顔のコンプレックスの事はセシルも当然知っている。
「ロキにも伝えた、顔も見ていないだろうと。そうしたら内面さえよければ顔など構わんと言っていてな」
安堵したような、安心したような表情だ。
サミュエルはシュナイが拾ってきた孤児だ、怪我をしていたが森に打ち捨てられてから時間も経っており、見つけた時にはもう手の施しようがなかった。
「まぁサミュエル様が認められるのは素直に嬉しいですね」
セシルは屈託のない笑顔をする。
行き場のないセシルを受け入れてれくれたシュナイとサミュエルは、血の繋がりはなくとも本当の家族のようなものだ。
特にサミュエルは本当の兄のように接してくれている。
本来は気弱な性格で戦に出られるような人ではないのに、国の為、守りたい人のためにと出陣をきめた。
戦の前に緊張し過ぎて寝れないサミュエルに付き添った時は、どちらが年上か分からなくなった程だ。
それでも戦では防御壁や回復魔法を駆使し、サポートを怠らなかった。
助けられた人も相当数いる。
気は弱いけど、優しくて良い人なのだ。
「そうだな、あの子が欲しいと言われるなんて思ってなかったから尚更嬉しい。後はサミュエル次第だが、どうなる事やら」
シュナイは珍しく感情を表に出していた。
心底心配してるのだろうな。
「よければ僕が聞いてきます、話してくれるかは分かりませんが」
いくら親しくてもナイーブな話だ、話してくれない可能性は高い。
「それでいい。少しでも力になれればいいんだ」
「まぁこんな恋愛経験のない男ばかりが揃ったところで何も出来ないとは思いますけど」
「ぐっ」
セシル含め、シュナイも恋愛などしたことがない。
「しかし意外だ。セシルならばすぐに恋人を連れてくると思った」
もともと貴族の出で顔も悪くない。
ただし立場の弱い、発言力もない三男坊。
薬学に精通したセラフィム国で暮らし、例に漏れず薬について学んでいたのだが、実家が傾いた。
いらない子どもであったセシルはあっさりと家から見捨てられ、売られ、シュナイに拾われなければ奴隷の一員となっていたはずだ。
奴隷商のもとを逃げ出したところ、薬草の調達で来てたシュナイが助けてくれた。
本当にたまたま通りがかっただけらしい。
シュナイは戦う力はないが、同行していたシグルドが奴隷商人達を仕留め、ついでに国に連絡して大元も潰し、セシルの両親も成敗して縁も切れた。
本当に感謝してもしきれない思いがある。
命の恩人であるシグルドの元にお使いで薬などを届けていたら、ティタンやルド、ライカと仲良くなった。
皆訳アリだから、仲良くなるのも境遇の理解も早かった。
思うに自分やルド達が出世したのは他にわき目を振らなかったからだ。
家の体裁も婚約者探しも、そして出世にも興味はない。
あるのは命の恩人に対する尊敬の念といつか恩を返したいという想い。
それらがセシル達の努力の基盤であった。
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