第100話 家族に会いに
「久しぶりだな元気だったか、アンリ」
ロキの大きな声が屋敷に響く。
「そんな声を出さなくても聞こえているわ。お帰りなさい、ロキ様」
妻のアンリエッタがにこやかに微笑む。
「やはり我が家はいいな。愛しいアンリに会えるし」
優しく抱きしめ、満足そうだ。
玄関ホールにての抱擁。
しかし、控えるメイドたちは視線を寄こすどころか、声も上げない。
ここで働いているメイドのほとんどは機械人形だ。
ロキの作ったもので単純な動作は行なえる。
家令や庭師、料理長などがいるくらいで、後は機械人形がしてくれる。
「そういうくせにいつもすぐに居なくなるんだから」
拗ねるようにアンリエッタが言うとロキはバツが悪そうな表情になった。
「そう言う性分なんだ、すまないな」
ロキはまるで風のようだ、ひとところにとどまってはいられない。
「でもこうして君の元に帰ってくることは約束する、俺様はアンリが大好きだからな。そして子ども達も」
にこやかな笑顔のロキに対し、自室から出てきたフェンの顔は引きつっていた。
短い金髪と金の目、目の下には隈がある。
「ごめん、しばらく寝てないから静かにして欲しいんだけど」
結界用の魔道具作りでフェンは寝られていなかった。
いくら他の魔道具師がいても最初のとっかかりと最終調整をフェンが行なうために、いつも何かしらの用事が出来てしまうのだ。
「それは済まなかった。あとで手伝うから、息子よ許せ」
「それはいいからさ、せめて寝かせて」
頭をなでなでされながら、フェンはため息をついた。
「草案や設計図は父様が作ってくれたから助かるけど、こんな設計図だと他の者が読めないよ」
複雑かつ、文字の癖が強い。
おかげでフェンしか着工出来ず、より時間がかかっているのだ。
「それはそうだ。技術の流出を防ぐためだからな。だから文字もバラバラの国のもので書いている」
「そうだったの?」
生まれた時から色々な字を見ていたし、ロキはいつもこのようにガチャガチャとした文を書くから気にしていなかった。
「読めるものがいたら面白いなとも思ったが、さすがにそこまでの者はいなかったか。残念だ」
悪戯が成功したような顔をしている。
「だから図も寸法もわかりにくいのか」
パッとも見た程度では作れず、また説明書きも多い。
複雑すぎるので、フェンがある程度形にしてから他の者に渡していた。
「これを見てパッと作れるような魔道具師はなかなかいない。さすが俺様の息子だ、凄いぞ!」
「いや国の一大事で滅茶苦茶忙しい時に試すようなことしないで」
もっと分かりやすいものだったら効率も良かったのにとぼやいた。
「それは向上心が足りないということだ、誰かお前に熱心に聞くものはいなかったのか? 食らいついてでも覚えようとしたものはなかったか? 手元を見て技術を盗もうとするものは?」
期待に満ちた言葉だが、フェンは首を横に振る。
「そんな奇特なのシフくらいしかいないさ」
「だからこの国の魔道具師は駄目なんだ、いつまでも他人頼りで技術が伸びない」
ロキは落胆し、ため息をついた。
「これではシフを任せられるようなものはおらんな」
婚約の打診を全て断るようにアンリエッタに頼む。
「最初からシフが認めた人じゃないと受けないって言ってたじゃないの。全てお断りしているわ」
「さすがアンリ、仕事が早い。シフは大事な大事な俺様達の娘だ。身分や外見に拘らず、共に幸せになれる者でないと今後も認めんぞ」
リリュシーヌのような不幸を味わわせたくはない。
好き合う同士であれば多少の事は気にしない。
「サミュエルはいいのですか?」
二人が良い雰囲気なのをロキも知っているはずだ。
特に文句を言うようなことは聞いてはいないが、賛成というのもまだ聞いてはいない。
「サミュエルならばいいだろう。後はあいつが俺様の元に挨拶に来るならばだな。シフの為に困難を乗り越えるよつな、気概や度胸が見られたら即座に許可してやる」
話下手なサミュエルがロキに直接話せるかにかかっている。
「本当にいいのですか? 顔も見ていないのに」
「いいさ。人間というものは心だ。大事なのは気持ちだ」
シフを大事にするという気持ちがあれば、どうとでもなるはずだ。
「経済力もある程度は欲しいわね。やはり生活するのにお金は大事だから」
母として、シフには辛い思いをして欲しくない。
最低限の生活は営めるほどであってほしい。
「サミュエルなら浪費もしていないだろうし堅実に貯蓄しているはずだ」
出かけることも、着飾ることもしないし、する時間もない。
仕事に関するものは予算で購入しているから、普段使用することもない。
ましてや重度のコミュ障で人間嫌いだ、そして住むのは与えられた城での小さな部屋で家賃も払う事もない。
食事も城の食堂だから安価だ。
相当貯め込んでいるだろう。
「性格に難はあるが、絶対に浮気はしないしな」
そもそも異性どころか同性とも話をしない。
限られた人としか話出来ないくらい、人を避けている。
「人嫌いではあるが、同僚はエリートだらけだし直属の上司はリオン王子だ。シフと結婚してもつり合いは取れるから、文句も言えないだろう」
陰口は未だ言われるものの、昔よりはだいぶ減っている。
それはこの前の戦の功績があり、実力が認められたのもあるが、王子妃や他の王子との会話も増えたからだ。
死線を共にくぐり抜けてからは護衛騎士達との会話も多くなり、口さがない事を言えなくなってきたようだ。
「少し目立ち過ぎたようで、サミュエルの魔力を欲する家からは縁談も出ているようですね」
「サミュエルがシフを振ってまで、知らんもののところに出向くわけがないだろう」
きっぱりと言い切った。
「それにシフ以上のいい子は絶対にいない。気立ても良く可愛くて魔力も高い。魔道具師としての技術も知識もあるし、それにこの俺様が義父になるのだぞ? 何も不満などあるまい」
「いや、最後の部分はマイナスだと思うのですが」
おそらくサミュエルが義息子になれば散々連れまわすだろうと予測される。
今だって色々な事を教えたくてうずうずしているのだから。
「サミュエル君が来てくれたら嬉しいわね」
アンリエッタも反対はしていない。
シフからいい子だと聞いているし、家族がいないという話も聞いていた。
「ねぇフェン。サミュエル君が我が家に来てくれたら、その時は温かく迎えてあげましょう」
「そうですね。サミュエルとシフがいいと言うならば、反対はしません」
少なくともシフに言い寄ってきた今までの男達よりは数倍マシだ。
普段は頼りなく見えるが、戦で生き残って帰ってきたのだから、いざとなればシフを守ってくれるだろう。
「そもそも父様が気に入っているのなら、俺の意見などいらないでしょうし」
妹の幸せを嬉しく思いつつも、長子として焦りも出る。
(あぁ。俺も相手が欲しいよ)
毎日毎日魔道具と向かい合う日々だ。
「フェンにも期待しているからな!」
心を読んだかの如く、抉る様な言葉を言われる。
「せめて父様が俺の仕事を減らしてくれたらいいんですけどね」
今のままでは出会いを探すこともデートに行く時間も出来ないのだから。
「俺様は出来る息子を持って幸せだ! ではそろそろ城内に行って戦に向けての魔法の指導に向かう。フェン、引き続き任せたぞ!」
そういうとあっという間に消えてしまった。
要するに逃げられた。
「くそ親父、ぜってぇ許さねえからな」
何とか自力でも結界を作る魔道具を作ってやると意気込む。
今アドガルムに張ってある結界はロキの作ったものだから、すり抜ける方法もロキしか知らない。
だからあんなにも簡単に移動できるのだが、新たなものを作ればロキも通れない結界が出来るはずだ。
「いつか絶対に超えてやる」
尊敬半分、恨み半分。
フェンは父親を超える魔道具師になる事を改めて心に誓った。
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