第99話 戦の前に(ウィグル)
会議が終わりホッとした。
ひとまずこのままの状態で過ごせる事に安堵したのだ。
会議の場で自分の事をばらされるのではないかと心配をしていたが、そういう事もなく、戦が終わるまでは素性を明かさないとも約束してもらえた。
その後どうするかは自分次第なので、けして恩を仇で返さないように気をつけなければ。
その事を思えば戦の事とは別な緊張が生まれる。
「ウィグル」
その声にウィグルは震える。
同僚で先輩のカミュだ。
口数が少なく、仕事の時以外はあまり話したことはない、ましてやこのようなプライベートな時間に話しかけられることなどはなかった。
「ぼくに何か御用でしょうか?」
「いや、大丈夫かと思ってな。考えることは多いだろうが、まずは生きて帰ってくることを優先しろ。余計な事に気をとられ、命を落としてはならない」
どうやら心配して話しかけてくれたようだ。
「ありがとうございます。そうですね、カミュ先輩の言う通り、気をつけます。護衛騎士として、仕事頑張っていきます」
主達と、そして家族の為に頑張らねば。
この国がなくなるのは嫌だ。
「ウィグルは素直だな」
「そうでしょうか?」
これくらい普通ではないだろうか。
「今までの者は俺のいう事など無視する者が多かったぞ。陰でリオン様に悪口を吹き込んだり、性格が悪いとか言われていた。しかしウィグルはそのような事はせず、こうして返事をしてくれる。それだけでとても素直だとわかるよ」
「先輩相手にそんな無礼いたしません。無視するなんて酷い事ですが、前任の人が余程性格が悪かったのですね、でもそんな者は稀だと思います。ぼくが特別に素直と言うわけじゃないですよ」
てっきりカミュが話を少し大げさに言っているのだと思った。
「そんなことはない。俺とサミュエルは平民上がりだから、話もしたくないとか、指図されたくないとか、そういう扱いばかりを受けてきた。だからリオン様がそういう輩をもう側に置きたくないと、しばらく護衛騎士はいらないと言っていたのだが」
「あれって本当なのですか?」
剣の腕だけではなく、語学習得の厳しさや、外交が多く、アドガルムを離れる事が多いから、それを嫌がり、なりたい者が減ったのかと思っていた。
「本当だ。特にサミュエルはずっと裏方の仕事をしていたから、名も知られておらず、功績も知られていない。故に蔑まされることが多かった。俺も表立って力は使わなかったしこの黒髪黒目だ。平民の腰巾着としか思われず、更に下に見られていた。チームワークも取れず、困った事が多かったよ」
身分や見た目で判断され、なかなか受け入れてもらえなかった。
家柄や強さだけではない、人間性がないと務まらないのだが。
「リオン様も相当苦労されていた。最終的に振るい落とす為だけに腕前があれば仮採用するかとなったが。ウィグルも最初は仮採用と言われただろう?」
「そう言えば」
マオと顔を合わせた時は駆け出しで仮だった。
いつの間にやら仮が取れていたのだが、マオに懐かれたのが良かったのだろうか。
「ウィグルは他国へ行っても気持ちも体も崩さないし、言葉も流暢だ。それに俺達を差別しない。おかげで助かっている」
気持ちの上でも楽だし、仕事の分担も出来る。
今までの者とは違う。
「そんな、ぼくの方こそありがとうございます」
偽りがバレた時は生きた心地がしなかったが、事情を知っても誰にも言わず、そして変わらぬ態度を取ってくれている。
リオンもカミュもサミュエルもとてもいい人だ。
「感謝するのはこちらの方だ。ありがとう」
カミュが目元を細め微笑んだ。
初めて見る笑顔に胸が少し高鳴る。
「何か困ったことがあったら、俺でもサミュエルでもリオン様でもいい。相談しろ。俺達は仲間だ、仲間の為に尽力するのは当然だからな」
またもとの無表情に戻ってしまったのが残念だ。
(残念って、何?!)
うっかり優しい言葉と表情にときめいてしまった。
リオンへの淡い恋心を忘れるにはまだ早い展開だ。
(だって、なんか甘えるような、甘やかすようなことをいうから……)
カミュは表情に乏しいものの、きちんと感情は現れている。
ウィグルに話しかけた時は心配そうに、悪口を言われたと言う時は悲し気に、そしてウィグルに感謝の言葉を言った時は嬉しそうにしていた。
寡黙だけれどずっと一緒にいたからか、カミュの僅かな表情の変化が少しずつ分かるようになっていたのだ。
「大丈夫か? 顔が赤いが、熱か?」
そう言って触れた手はひんやりとしていた。
「ふへっ?! だ、大丈夫です!!」
咄嗟の行動に驚いてしまう。
おでこに当てられた手は指先が長く筋張った手をしていた。
「熱いな、疲れが出たのかもしれない。すぐ部屋に戻り休もう。治癒師に連絡しておくからな」
そう言ってカミュが手を握ると、ウィグルの体が足元から影の中に消えていく。
「待って、待って下さ……」
言葉途中でウィグルの体は陰に吸い込まれて消えた。
一瞬で着いたのはウィグルの部屋だ。
(掃除しておけばよかった!!)
どたばたと出かけたために、荒れた状態の部屋だった。
カミュは気にした様子はないが、あまりじろじろと見ないようにしてくれている。
さすがに恥ずかしく、ウィグルも何も言えない。
「邪魔したな、ゆっくりと休むんだぞ」
ぽんぽんと頭を撫で、カミュはまた影の中に消えようとし、固まった。
目線が一箇所に集中してしまった。
「見ないでください!」
気づいたウィグルが、慌ててカミュの目を塞ごうとしたがもうばっちり見られている。
目にしたのはリオンの姿絵、それも複数が壁に貼ってある。
憧れだとは常々言っていたが、このような事とは思わなかっただろう。
「その、この事は誰にも言わない。見なかったことにするから」
気まずさと申し訳なさで、カミュは速攻で姿を消した。
こういう秘密の暴露は恥ずかしい。
「絶対に、誰にも言わないでくださいよ!」
羞恥に顔を赤らめ、ウィグルは叫んでいた。
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