第95話 戦の前に(ルド①)

 ティタンとミューズに二人で話したいと言われ、外で待機しているとミューズの専属従者であるチェルシーが駆け寄ってくる。


「チェルシーお疲れ様です」

 そう声を掛けると、チェルシーは急に泣き出してしまった。


「だ、大丈夫ですか?!」


「やっとミューズ様が帰ってきてくれてホッとしたんです。もう本当に気が気じゃなくて」

 ルドがハンカチ渡すと涙どころか鼻水まで拭いている。


「そうですね。ようやく落ち着きそうで良かったです。あのような重い雰囲気の中、チェルシーもよく頑張りました、偉いです」

 ミューズがいない中、ティタンはずっと気が立っていたし、居心地も悪かっただろう。


 仕える主が急遽消えてしかもいつ戻るかもわからない、そんな状況で落ち着けという方が無理がある。


 真っ青な顔をして、ご飯も喉を通らず過ごしていた。


 なのでティタンを見守る傍らチェルシーの体調も気にかけていた。


「少し何か食べられましたか? だいぶ痩せたようで心配です」


「あたしはもともとがぽっちゃりなので、少しくらい痩せた方がいいくらいですよ」

 ミューズが戻ってきて元気は出たようだが、まだ顔色が悪い気がする。


「駄目ですよ。腕だってこんなに細い。もっと食べて元気を出さなきゃ」

 自然な動作で腕に触れられ、チェルシーは顔を赤くする。


「ご、ご心配おかけしてすみません」

 照れくさくて急いでルドから離れる。


「今はミューズ様はティタン様と一緒にいるから安心ですが。ロキ様、あの方はもう本当に許せません! 急に連れて行ってしまうんだもの!」

 ぷんぷんと怒り、もう涙も止まっている。


「本当に周囲に迷惑をかけまくる人ですね。話には聞いていましたが、あそこまでとは」

 ルドも会ったのは初めてだ。


 赤い髪に金の目、傲岸不遜だが、魔法に関しての信頼が厚い、しかしあの飄々とした態度は頂けない。


「まぁ嘘ばかり、というわけではないですが、厄介な人なのは確かですね」

 明らかに説明が足りず、誤解を招きやすい。


 話し出す事も唐突だし、掴みどころがない人だ。


「腑に落ちない事があった場合は、俺に話してください。あまりにも目に余るときは進言しますので。あまり不満を溜め込まないようにしてくださいね、体に悪いですから。戦が始まれば会う機会も減るとは思いますが」

 愚痴を聞くことでチェルシーが落ち着くならそれでいいと思った。


 セラフィムからアドガルムにきて数か月、共に側にいるものとして仲良くなるのは必然だった。


「戦……ミューズ様も出陣するのですよね」

 心配でならない事だ。


 ミューズが強くそれを望んだことはチェルシーも知っているが、それでも残っていてほしい。


「残念ながらティタン様でも止めることは出来ませんでした。ですので我らと、そしてティタン様が側に付き、離れることはしないと約束します。だから安心して待っていてください」


「ティタン様は前線に出ますよね? 本当に大丈夫ですか?」


「……大丈夫です」

 守りに長けたセシルがいる。


 それに目につかないところにいる方が心配だ。


「確かにティタン様が受け持つ場所はとても危険なところが多いです。ですが、それだけ周囲から信頼されての事、変えることは出来ません」

 チェルシーの心配は痛い程わかるが、どうしようもない。


「それを承知でミューズ様も戦に臨まれます。なので、俺達はそんな二人を守り、一刻も早く戦を終わらせる事に尽力を注ぎます。それで何とか納得していただけませんか?」


「ルド様達を信じます。それにミューズ様の決めた事に、あたしも反対は出来ませんから。それとですね」

 チェルシーの目はルドを見る。


「ルド様もどうかご無事でお戻りくださいね」

 自分の心配までしてくれていたのか。


「ありがとございます、必ず戻ってきますから」


「絶対に! 約束ですよ」

 チェルシーはぎゅっとスカートを握りしめていた。


「残されて、待つだけは辛いのです。あたしは祈るしかできないから」

 再び泣きそうな表情になる彼女にルドは慌てた。


「大丈夫です、約束しますから」

 ルドはチェルシーの両肩に手を置いた。


「俺は嘘を言いません。だから信じてください。必ず皆であなたの元に帰ってきます。だから、どうかその時は笑顔で迎えてください。あなたの笑顔を見ると元気が出ますから」

 その台詞にチェルシーは顔を赤くする。


「そんな言い方は狡いです」


「そうですか? 常に思っている事ですが」


「あの、誤解しちゃいますから、そのような言葉はお止めください」

 赤くなる顔は止められない。


「誤解?」


「ルド様があたしに気があるんじゃないかという事です。誉め言葉は程々にしてくださいね」


「誤解ではないです。俺はチェルシーの笑顔に癒されてますよ」

 無自覚な口説き文句にチェルシーは困った。


 このような言葉に免疫はない。


 ましてやルドは真面目だ、からかうなんて事もしない。


「あのルド様。恋人に誤解されてしまいますので」


「恋人? チェルシーのですか?」

 ルドの眉間に皺が寄る。


 端正な顔立ちだからこのような表情でもかっこいいと思ってしまった。


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