第111話 招かれざる王女①

 戦の前、色々な打ち合わせなどを行い、グウィエンはそろそろ帰国の途につくところであった。


 なかなか重要な役目を任されたので、急ぎ準備をしなければ。


 前回と違い、今回はグウィエンも出陣する。


 アドガルムが負ければ、シェスタ国も蹂躙され、支配下に置かれるだろう。


 帝国はアドガルムと違って容赦ない。


 自国を守らねばと気が高揚する。


「エリック、俺はお前の為にも頑張るぞ」


「自分の為、自国の為で結構。俺の為に戦ってくれるものはお前以外にいっぱいいるので、間に合っている」

 優雅な仕草でお茶を飲むエリックから目線を移す。


 グウィエンは一応レナンに挨拶をさせてもらえ、初めて共にお茶をしている。


 エリックと護衛達に阻まれながらだが。


「ではレナン様の為に……」


「それは俺の役目だ。お前になぞ譲らない」

 ギロリと睨まれるがグウィエンは嬉しそうだ。


(氷の王太子が俺のことを凍らせもせず、追い出しもしないのだから、自分は好かれている)

 という、ポジティブ精神を持っていた。


 レナンもニコニコとしているから、好意を持ってくれてると、思っている。


 そんな楽しいやり取りの中、とある報告を受けてグウィエンの口がへの字になった。


「ユーリが来ただと?」

 大事な時にと呆れながら立ち上がる。


「グウィエン様が来ているので、自分も中に入れて欲しい。話がしたいと話しているようです」


「せっかくエリック達と話していたのに」


「ティタンに気づかれる前に行ってこい。決着のつけ方は任せる」

 謝罪の内容をしっかりと覚えているから、あえてグウィエンにそのまま任せた。


「話がしたいと言っているが、どの話だろうな。懲りずに求婚か、それとも兄同様謝罪に来たのか」

 しかしユーリは先触れを出していない。


 これでは謁見の許可を出せないし、門前払いも仕方ない。


「早めに対処しろ」

 エリックは我が強すぎる女は嫌いだ、弟を困らせる女など尚更だ。


 レナンがいない時であれば自ら手を下してやりたいほどに。


「あの、穏便にお願いしますね」

 レナンが何かを察したのか、グウィエンにそう頼む。


「レナン様にそう言われたら頑張るしかないな。だから後で二人で庭の散歩でもしないか?」

 レナンを誘った笑顔のまま、グウィエンはキュアから飛んできたナイフを避ける。


「そうだなレナン様だけ誘うのは無粋だな。キュアも一緒に行こう」


「行きません!」

 キュアが眉間に皺を寄せて断る。


「そうか、残念だ」

 しょんぼりしたグウィエンは、剣呑な雰囲気を部屋中に残しつつ、退室する。


「セト。もしもユーリが謝罪でない場合はわかっているな」

 表情を変え、非情ともいえる声を放つ。


「えぇ。準備は大丈夫です」

 動向は探らせていた。


 ユーリに与する貴族の洗い出しと、その後の処罰も考えてはいた。


 だが、この不安定な情勢の中で表立っての処罰は国がまた揺れてしまう。


「いいか。ユーリはアドガルムを訪れたが、受け入れられなかった。その後は失意で国に戻らなかった。そういう事だ」

 そう言うグウィエンの表情は決意を秘めたものだ。


「心得ております」

 実の妹だ、苦悩はあっただろう。


 しかし、見過ごすわけにはいかない。


 国とのやり取りは、時に血族の絆より重くなる。


「グウィエン殿」

 途中呼び止めたのは、キールだ。


「キール殿、何か?」


「俺も同行させてもらう。行く末を見届けるように仰せつかった」

 そう言ってグウィエンの後ろからついていく。


「愚妹の行いは済まなかった。しかし師団長である君までついてくるとは」

 グウィエンは苦笑する。


 ティタンほどではないにせよ、キールの名も有名であった。


 剣と魔法を駆使し、敵を屠る姿は見るものを圧倒させる力を持っている。


「ユーリ王女の性格はともかく、あの回復魔法は凄かったと思ってる。殺すには惜しいんじゃないか?」

 グウィエンの決意を知ってか知らずか、キールはユーリを褒めてくれた。


「そうだな。あいつは本当に力のある治癒師だ。だが、蝶よ花よと育てられたからか、どうも高飛車だ」

 もう少し控えめであったら、そして、人の気持ちを考えられたらこうはならなかっただろう。


「城には入れられない。追い返すつもりだ」

 今は特にぴりぴりしている。


 信用ない者を入れるわけには行かなかった。


「わかっている」

 その追い返した後の道中、セトの手配した者達が待っている。


 末路は良いものではない。






「お兄様! なぜ私を置いて一人アドガルムに来たのです!」

 ユーリは一部隊を護衛として引き連れ、アドガルムの城門前に居た。


 国境を越え、街の関門はくぐれたのは、ユーリに引導を渡す為エリックが手配をしていたからだ。


 グウィエンは責任を取ると言った、それ故にアドガルムは通させた。


 グウィエンの決意を見定めるために。


「お前を連れていくわけがないだろ、先触れもせずに勝手に王城まで来る礼儀知らずな者を。そんな阿呆を俺がなぜアドガルムに連れていくと思うのだ?」

 グウィエンは剣を持つ。


 シミターと呼ばれるそれは半月の形をしているが、普通のものよりもやや大きい。


 グウィエンの体格に合わせているのだろう。


「大人しく帰れ。俺が大人しくしているうちにな」

 グウィエンは威嚇するように剣を突きつけた。


「せめて一言、ティタン様とお話をさせてください」


「何を話す? 謝罪か?」


「いいえ。もう一度だけ思いを伝えたいのです」

 ユーリの言葉にグウィエンは目を伏せた。


(やはり何もわかっていないか)

 気持ちの踏ん切りをつけたいにしても、彼は既婚だし、その奥方に不安を与えるわけにはいけない。


 少しだけ目にしたが噂通り、二人は相思相愛だ。


 そのような仲に割って入るような存在を、王太子が許すはずがない。


 先程の言動も怜悧な目も、排除を厭わない雰囲気を醸し出していた。


「帰れ。ここにユーリがいる場所はない」

 大人しく引いてくれるといいのだが。


「お兄様、いくらお兄様のいう事でも聞けませんわ。せっかくここまで来たんですもの」

 ユーリの護衛が剣を抜く。


「私は話をしたいだけなの。だからそこをどいてちょうだいな」

 グウィエン達を囲むようにシェスタ国の騎士が動き出す。


「これがシェスタ国の挨拶ですか」

 キールがグウィエン達を押しとどめ、前に出る。


「キール殿。これは失礼した。このような非礼は俺が責任を持つ」

 グウィエンの言葉にキールは楽し気に赤い目を光らせる。


「ここはアドガルムです。あなたは客人だ、俺が責任を持ちます」

 キールの名を聞いて、騎士たちの間に動揺が走った。


「キールって、あの……!」

 見知った顔がいくつかある。


 ユーリも青褪めていた。


「あの時に捕縛したのも俺ですね、ユーリ王女」


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