第110話 侍女と魔道具師②
「フェン様のお話は聞いております、若き天才だと皆から称賛されておりますよね」
ラフィアは噂話を思い出した。
フェンは天才として有名だが、苦労人としても有名だ。
放蕩な父親のせいで若いうちから家の事を行い、今では魔道具師達の中心人物になっている。
伯爵代理として領地や税の管理、長男として下の兄妹の面倒を見たり、魔道具師として国への貢献も行なっている。
特に今は休む時間も取れないのだろう、見た目にも気を遣えないようで、顔色も悪い。
髭も髪もぼさぼさで隈がある。
(それなのに私の為に魔法も使ってくれて気遣いもしてくれた)
フェンの嘘などバレバレであったが、ああでもしないとラフィアを気遣って探しに行くこともしなかっただろう。
そもそもぶつかったのはラフィアが手元の荷物に集中していて気付くのが遅れたからだ。
フェンは悪くない。
忙しいのにこんな風に気遣えるなんて、人が出来ている。
「買いかぶり過ぎです。俺は天才ではない。ただの凡人だ」
フェンは自嘲気味に笑う。
「本当の天才は父様みたいな人を言うんです」
発想力もあり、応用力もある。
魔力も豊富で、他国にいってはあっという間に様々な魔法を習得して帰ってくる。
そして思いついたら即行動するような人だ。
人間性は尊敬出来ないけど。
「魔道具について学んでくる!」
と昔シグルドに伝えて、魔法大国ムシュリウに単身出かけ、その国の貴族に魔法勝負で勝ち、貴族の婚約者であったアンリエッタを娶って帰ってきたという逸話がある。
ちなみにロキはその後ムシュリウを出禁になった。
「人と比べるときりがないものですよ、それにフェン様の魔道具に助けられているものも多いですわ。私もそうですもの」
魔道具は魔力のないものでも使えるようになっていて、便利なものが多い。
魔石を原動力にして動くのだが、侍女たちに人気なのはお茶を沸かせるティーポットだ。
「あのポットのおかげで厨房へ行く手間がとっても減りましたの。レナン様にお仕えする時間も増えたし、すぐにお湯は沸きますし、いいこと尽くめですよ」
にこにこというラフィアにフェンも嬉しくなる。
「直にそのように感想が聞けるのは嬉しいです、なかなか機会がなくて使用者の声が聞けないので」
フェンに限らず、魔道具師は作業部屋に籠る者が多い。
人と話すのが好きなシフはよく昼食の時間や休憩時間に外に行くが、フェンはそれらの時間も仕事に回してしまう事が多々あって、使用しているのを見る時間も少ないのだ。
「そうなのですね。では私が皆さんに代わってお礼を伝えさせてください。ありがとうございます」
ぺこりと頭下げられ、フェンは嬉しいようなこそばゆいような感じだ。
「そう言ってもらえるとこちらも嬉しいです、ありがとう」
フェンはにこやかな笑顔でお礼を言った。
(優しい人だわ)
驕る事もなく、偉ぶる事もなく、謙虚だ。
天才だと言われ、人を見下しているなんて噂も聞いたが、そんな事は全然ない。
寧ろ気遣いをしてくれるとてもいい人だ。
「フェン様、あそこに」
ラフィアが指さす方には木の上に引っかかっている書類だ。
「ようやく見つかった。全くどこまで飛ぶんだか」
ともかく見つかって良かった、後はまた飛ぶ前に回収だ。
「どうやって取りましょう、はしご? それとも木登りでしょうか?」
小さい頃にしたことがあるというラフィアに、フェンは笑う。
「大丈夫、こんな高さ。すぐ取れるよ」
フェンは魔法でふわりと浮かぶと、書類を手にした。
「凄い、フェン様」
自然な動作であっという間に取ってきた。
「背中に羽が生えているんじゃないかという感じで軽やかでした」
「ありがとう。父や母には劣るけど、俺もそこそこ強いんだ」
前髪を掻き上げれば見えたのは金の双眸。
「魔力が高い証拠らしい。俺も身内のしか見た事がないけれど、珍しい瞳だそうだ」
フェンはそう言って髪を下ろしたが、ラフィアはとても動揺していた。
(この人、見た目をきちんとすればそこそこなイケメンになるのでは?)
隈と髭と身だしなみに気を取られていたが、そうである可能性は高い。
そもそもフェンもミューズの従兄である、美形の遺伝子はありそうだ。
「勿体ない」
ラフィアはぽつりとつぶやいてしまった。
「何が?」
「フェン様です。もっと身なりに気を付け、肌を磨けば間違いなくモテます」
言わずに済んだかもしれないが、ついに言ってしまった。
だって本当にもったいない。
「お顔を格好いいし、性格も優しくて奥ゆかしい。非常にもったいないのです。もしよければ私が磨きたいくらい」
冗談のつもりで言った言葉だが、フェンは食いついてきた。
「ぜひお願いしたい。自分ではどうすればいいかわからなかったから」
変わる良い機会だと思った。
「俺もいい年だし、結婚もしたい。でも身なりにまで気を使う時間がなくて、せめてそこを改善したいんだ」
ヴァルファル帝国とのいざこざが終われば、妹の婚約式もあるだろうし、せめてまともな格好をしたい。
「ラフィア様のお時間がある時でいいですから、ぜひお願いします」
頭を下げるフェンにラフィアは慌てた。
「レナン様に許可を得てからになりますわ。それでは書類も見つかりましたし、お仕事に戻らせて頂きます。本当に見つかって良かった」
ペコリと頭を下げ、ラフィアはパタパタと走って行ってしまった。
「やってしまった……」
折角話す機会を得たのに、ぐいぐい迫りすぎて引かせてしまった。
この話はきっと断られると書類を届け、作業部屋に戻る途中、またラフィアに出会う。
「ラフィア様、どうなさいましたか?」
律儀に断りを入れにきたのだろうか?
ラフィアは何やら紙袋を渡して来る。
「一番はしっかりと眠ることですが、こういうもので肌を整えるのも聞きます」
化粧水やクリームを出してくる。
「洗顔後や浴後にお使いください、ご面倒かとは思いますが」
「いえ、有り難く使わせて頂きます」
折角の好意だし、フェンも変わりたい。
少しはましになれるかと期待に胸が膨らむ。
「しかし男がこういうのを使うイメージはなかったですね」
「実はエリック様のを少し分けて頂きましたの」
「王太子様のを?」
こっそりと耳打ちされて、驚く。
「皆様方がエリック様へと色々献上なさるのですが、さすがに使い切れず、一部を貰いましたの。変なものは使われておりませんが、肌に異変を感じたら使用はやめてくださいね」
王太子への献上品ともなればなかなか高級だろう。
「使ってみます、ありがとう」
これを使えば王太子のようになれるだろうか?
「今度時間合えば散髪などもしましょう、短いのもきっと似合いますわ」
フェンの長い前髪にそっと触れる。
この金の目はとても綺麗だからぜひ皆にも見てもらいたい。
そうしたら婚約者だってすぐに出来るだろう。
「ラフィア様……」
異性に髪を触られるなど経験がないフェンはどうしたらいいかわからない。
激しい動悸も抑えられず、カチコチに固まってしまったが、ラフィアはフェンの改造計画に夢中でしばし気づかなかった。
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