第85話 帰還と凶行
「このあたりで終わりにしましょうか」
グウィエンが振った木剣はティタンの体に当たる前に手で受け止められ、そのままへし折られた。
鍛錬場に響いたのは手で受け止め、そして木剣を破壊した音だ。
「まじか」
グウィエンの渾身の力を込めた木剣を止め、そして激しい打ち込みに耐えられるよう強化されたものを素手で破壊するなんて。
「これ以上したら、本当に殺しそうだ」
静かに呟いたティタンはカランと木剣を落とした。
「これは、どういう判定になるだろうか?」
グウィエンが確認するようにエリックを振り向くが、首を横に振っている。
「どう見ても剣を押さえたティタンの勝ちだろう」
「親友の座が!」
グウィエンがその場で崩れ落ちる。
経緯を知らないルド達はただ困惑するばかりだ。
「少しは気が紛れるかと思ったが、駄目か」
弟が早く落ち着いてくれることを願うばかりだ。
「気は済みましたか?」
エリックとグウィエンに向けられた瞳は何の感情も見えない。
「あぁ。手を煩わせてすまないな」
それを聞いて茶番は終わったと思い、ティタンは頭を下げる。
その場を後にしようと踵を返した時、腕に触れるものを感じた。
その腕に縋りつくのは一回り以上小さい手だ。
「あの、ただいま戻りました」
その声を聞いてティタンは振り向いた。
「ミューズ?」
ティタンの目に光が戻る。
ロキも共にいる、いなくなった時と同じく突如現れていた。
「遅くなって済まなかった、これは土産だ」
手には何やら大量のお菓子と、そして後ろには外遊に出ていたリオン達もいる。
エリックはもとより、グウィエンも目を丸くしている。
「何が起きた?」
誰もいなかった場所に急に大勢の人が現れたのだ。
「帰国しようとした矢先ロキ様がいらっしゃったのです。ですので転移魔法で一緒にアドガルムへと移動してきました」
リオンの言葉に先に反応したのはエリックではなかった。
「転移魔法?! 本当か!」
「グウィエン様もいらっしゃいましたか」
リオンは己の言葉に顔を顰める。
いるのに全く気付いていなかったのだ、自分の発言が国の不利にならないかを心配する。
「大丈夫だ、俺が許可してここに居る。聞かれて困ることはない」
リオンの表情から察してエリックが声を掛ける。
ホッとして改めて礼をした。
「失礼しました。少々国を離れていたところだったのです。挨拶が遅れ、申し訳ありません」
マオを後ろに庇い、リオンはグウィエンに挨拶をする。
「元気そうでなによりだ。それにしても転移魔法とは、誰が使ったのだ? リオン殿か?」
ロキが前に出て自分を指差す。
「俺様だ、凄いだろ」
ふんぞり返るロキに、グウィエンは目を輝かせている。
「凄いな、便利だ!」
ぜひもう一度見せて欲しいとお願いするが、ロキは首を横に振る。
「まずはティタン王子に謝罪をせねばいけないからな」
そう言って目を向ければ、ミューズを抱きしめたまま動かないティタンが映る。
その姿に多少の罪悪感を感じているロキを、シグルドが背後から殴りつけた。
「親父殿! 急にそんな事されたら驚くではないか!」
拳は防御壁で阻まれて届かなかったが、さすがに吃驚した。
「馬鹿者! お前がミューズを勝手に連れて行くからこちらは大変だったんだぞ!」
その言葉でグウィエンも納得する。
今やティタンからの殺気は消えていた。
感じていた怒りはこの男に対するものだったのか。
「会いたかった……」
ティタンの悲しみの籠った声に、ミューズは罪悪感に塗れる。
「ごめんなさい、心配をかけてしまって」
「君が謝る事はない。何もされていないか? 怪我なども、していないか?」
微かに感じる血の匂いに不安になる。
「今までどこにいた? 本当に何もされていないか?」
血の気が引く思いだ。
身内とは言っていたが、ミューズに傷を負わせていたら容赦はしない。
「治癒師としての腕を磨くために戦場におりました」
「戦場だと?」
聞き捨てならない言葉だ。
「そうです。傷ついた人たちを治す為に、叔父様と共に戦場におりました。でも、怪我はしていません、本当です」
思いも寄らない話に頭がくらくらする。
「三日も、戦場に?」
「はい。あっ……」
もしかして、汗とかが匂うのだろうか。
浄化の魔法はかけていたけれど、気になってしまう。
思わずティタンから離れようと体を押すが、離されることはない。
「ロキ殿、ミューズを戦場に連れ出したのか?」
自分があれほど引き止め、心を殺してようやく了承した場所に、勝手に連れて行ったのかと別な怒りが湧く。
無事だから良かったという話ではない。
「鍛錬の為に実地を見せたのだ。怪我はさせていないし、寧ろ治癒師としての腕前は相当上がったぞ」
そんな事を偉そうに言うロキの近くで、硬いものがぶつかり合う音が響く。
先程地面に落とした木剣を拾い、ロキに振り下ろしたのだ。
「勝手な事を……! それで何かあったら、どう責任を取るつもりだった!」
防御壁に阻まれるが関係なく叩きつける。
「俺様が悪かった! 許可なく連れてって済まない! だから武器を下ろしてくれ!」
ティタンの力でロキの防御壁に亀裂が入っていく。
「親父殿、止めてくれ!」
「自業自得だな」
呆れ声でそう言われ、ロキは次の防御壁を張るが、それでも止まらない。
「本当に、壊れる!」
木剣が折れようが、尚も殴りつけているのだ。
いつ破られるか、恐怖でしかない。
「ティタン様、もうお止めください!」
ミューズはティタンの腕に縋りついた。
このような状態のティタンを見たのは何度目だろうか、今はもう怖くはないけれど。
自分を傷つけることはしないと信じているからだ。
「ミューズ。大丈夫、すぐ終わる」
優しく解かれ、ティタンは再び折れた木剣を渾身の力で振り下ろす、ついに防御壁が砕け散った。
「なんという力だ」
まさか力任せで破られるとは、今まで生きてきて初めてだ。
「ロキ殿、覚悟を」
折れた木剣は捨て、ロキに向かって拳を向けた。
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