第79話 本当の親

「どういう、事です?」

 震える声で問うミューズをロキは突然抱きしめた。


「!!」

 たまらずティタンが拳を振りかぶるが、シグルドに止められた。


「すまない、ティタン殿。少し待ってくれ」


「何故? そもそもミューズに会いたいといった理由はなんなのですか。本当の父親とは?」

 全く離れる様子のないロキに、再度怒りの拳を握る。


「すまない。きちんと説明するから」

 キールにも押しとどめられる。


「ミューズ王女の母親は、父上、つまりロキの姉なんだ。だからミューズ王女はロキの姪にあたる」

 二人は身内だ。


 だから害はないとキールは切に訴えた。


「身内だというのはわかったが、本当の父親とはなんだ? ヘンデル王ではないのか」

 振り上げた拳が下ろされる。


「本当はこんなところで伝える事ではなかったのだが……」

 固まっていたミューズもシグルドの言葉にハッとする。


「本当の父親とはどういうことです! お父様は、ヘンデル国王陛下は、私の父親ではないという事ですか?!」

 ロキはミューズから離れ、じっと瞳を見つめる。


「そうヘンデルはミューズの父ではない。ずっとお前に会いたかった、会いに行きたかった。リリュシーヌの遺志を無碍には出来ぬと我慢していたが、それももう終わりだ。アドガルムならば、俺様の力で守れる。今後何があってもだ。それにしても金の瞳と青い瞳……うまく分かれたものだ。それはリリュシーヌとディエス殿から受け継いだ大切なものだ」

 シグルドが何かに耐えるように目線を下げる。


「ディエス……それが本当の父の名なのですか?」

 俄かには信じられないと、ミューズは問い返す。


「そう。リリュシーヌが自らの身を犠牲にしてでも守りたかった男、誠実で実直で、少し不器用な俺様の義兄がミューズの父だ。いい男だった」

 ミューズは突然の告白になんて言っていいかわからない。


「それなら何故母は国王と結婚したのです? 他に好きな人がいたならば、断ればいいのでは?」

 簡単に信じることは出来ない。


「横恋慕だよ。ヘンデルはリリュシーヌを諦めてなかったし、ディエス殿は病で弱っていた。そこで話が持ち掛けられた。病を治す貴重な薬草を使わせるために、側室になれとな」

 初めて聞く話にミューズは目を見開く。


「シグルド様、本当なのですか?」

 ロキの話は俄かには信じ難い。


 ここ数日一緒に話し、優しく指導してくれたシグルドのいう事ならば、信じられるかもしれない。


 信じられないという気持ちと否定して欲しい気持ちがあったのだが。


「ロキのいう事は全て本当だ。ミューズ王女の本当の父親はディエス、アドガルムの文官だった者だ」

 視界が暗転し、足元から地面が消えたような浮遊感に襲われる。


 全身の力が抜け、倒れかけてしまったたところを、ティタンが支えてくれる。


「私がお父様と呼んでいた人は、違っていたの?」

 今まで生きていた人生は何だったのか。


 厳しくも優しい父親だった。


 病死した母のことも労わってくれていたのを思い出される。


 それなのに愛する人の命と引き換えに側室にしただなんて。


「本当のお父様は、今どこに?」


「ディエス殿はもう亡くなっている。残念ながら君に会う事はなく」

 ロキの言葉に、ミューズはぎゅっと目を瞑る。


 ともすれば涙が零れそうだ。


「何故、シグルド殿もキールも教えてくれなかった。孫や従妹にあたるわけだろ?」

 二人の様子を見るにずっと知っていたはずだ。


 知っていて、隠していたのだ。


 このような重大な事を。

 ティタンは怒りをぐっと堪えていた。


「言う必要性を感じなかったからです。今のミューズ王女の様子を見ても、そうとしか言えない」

 キールは目線を逸らし答える。


 少なからず罪悪感を感じているようだ。


 シグルドも沈痛な面持ちだ。


「ミューズの幸せな様子を見て言えませんでした。それに俺はリリュシーヌとディエス殿の結婚を認めず、二人を追い出した駄目な男だ。今更ミューズに祖父などと名乗り出ることは出来なかった……」

 シグルドは自分の過去の過ちを悔いる。


「あの時に追い出さず、受け入れていたら、もっと二人は長生きできたのではないだろうかと今も思う。慣れない異国でどれだけ辛かっただろうか。そのような環境に身を置いたから二人は病に侵されたのではと。後悔してもしきれない」

 娘と娘婿は自分の元を去り、異国の地で果てた。


 もっと親身に寄り添い、二人を祝福していたら違った未来があったのではと自らの過ちに後悔しかない。


「起こるべくして起きたことだ。親父殿もそう自分を責めるな。そしてリリュシーヌも後悔はしていないだろう、可愛い娘がこうして大きく育ったのだからな。何よりティタン王子の隣で幸せそうなのを見て、安心しているはずだ」

 ロキはミューズの頭を撫でる。


「ヘンデル国王も確かにろくでもない条件を出したが、ミューズを慈しみ育てたのは間違いない。だから俺様も黙って見守るに留めた。だが、帝国の言いようにされ、ミューズを害しようとした点は看過できん!」

 激情を露わにし、ロキは宣言する。


「俺様がヴァルファルに負けないよう術師達を鍛える! 差しあたってミューズ、お前からだ」


「はい?」

 そう言うとミューズの手を引いて、ティタンから引き離した。


「ティタン王子、しばらく預かる。安心しろ、俺はミューズの身内だ。絶っ対に手は出さないからな」

 それだけ言って、二人の姿はかき消えた。





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