第78話 ガードナー伯爵
「城に入れて欲しい」
赤い髪をし、金の目をした男がアドガルムの王城を訪ねてきた。
明らかに怪しいその男に門番は槍を突きつける。
「敵ではない。ここの騎士団長のシグルド公に取り次いでくれ。彼の息子だ」
見たこともないし、聞いたこともないその男の話を鵜呑みになど出来ない。
特にここ最近は帝国との間で起きた争いのせいでピリピリしているのだ。
「ここで待て、確認する」
槍を突きつけられたまま男は不遜に腕を組んでいた。
「五分待とう。それ以上かかるなら、勝手に入るぞ」
偉そうな態度の男に門番たちはますます怪しがる。
もしもの為にとシグルドと、そしてティタンにも話をしに走った。
いざとなったら戦いを仕掛けそうな雰囲気をロキから感じたからだ。
「シグルド殿の息子?」
もしやガードナー伯か?
現在シグルドの孫のフェンが伯爵代理を務めている。
だが、ティタンも会ったことはない。
それだけ長い間この国を離れていたのだ、顔を覚えているかと聞かれたら怪しい。
「本当に伯爵本人でしょうか?」
「多分、本人だ。先触れもなく急に現れるなんて、ロキらしい」
ため息をつき、そう認める。
シグルドと一緒に城門へと向かう。
「どのような方なのですか? 申し訳ありませんが覚えておらず」
「覚えてなくて当然だ。神出鬼没で気まぐれな男だ、王城に顔を出してもいつの間にかいなくなっている。宰相のヒューイ殿も最初は注意をしてくれていたが、最近は匙を投げられた」
「あのヒューイ殿が引いたのですか。それは凄い」
厳しく規律を重んじるヒューイが諦めるほど、ロキは自由奔放らしかった。
「親父殿、遅いですよ」
既にロキは門番たちを組み伏せて待っていた。
兵士たちに槍を突きつけられ囲まれても、ロキは平然としていた。
「ロキ、お前はやっと帰ってきたと思ったらこのような真似をして……いい加減大人になれ!」
息子の悪戯を大声で咎める。
耳を手で塞ぎ、ロキは顔を顰めた。
「もう少し労わって欲しいものだ。長旅から戻った息子にもっと優しくしてくれ」
「馬鹿者! フェンがどれだけ苦労したのか分かっているのか。お前の代わりに伯爵代理を務め、お前の妻のアンリエッタもどれだけ大変だったか! 少しは反省しろ」
ロキは意にも介さない様子で、ティタンに目を移す。
「おぉあなたは第二王子か! あんなに小さかったのにこんなに大きくなるとは驚きだ! 遠くの国にいてもその噂は聞いてるぞ、先の戦で大活躍だったと!」
両手を握られ、ぶんぶんと上下に振られる。
「はぁ」
何とも言えない表情で応じる。
こうやって顔を合わせ、話をしても全く覚えていない。
そもそも赤髪の知り合いなど、ルドとライカしか頭にない。
このような鮮やかな髪色なら覚えていそうなのに。
「キールにも早く会いたいが、それよりもミューズ王女に会いたいな」
ぱっと手を離し、我が物顔で城内に入っていく。
「皆済まない、後で謝罪に来るからな!」
急いでシグルドとティタンがその後を追いかけた。
迷いのない動きでミューズのいるであろう方向へ歩いていく。
「ロキ殿は王城内をお知りなのですか?」
こうまで無駄なく動いていくとは、とてもしばらくぶりとは思えない。
「一度訪れた場所は覚えている。俺様は頭がいいからな」
ロキの足は鍛錬場へと向かっていた。
「鍛錬場にいるのが何故わかるのですか?」
「こっちにいると感じる。淀みない、いい魔力だ。キールも一緒にいるな」
まだ姿すらも見えていないのにそんな事を話すロキに驚きだ。
「ロキは個人の魔力を感知して誰がどこにいるのかわかるそうだ」
一般的な魔法しか使えないティタンにはわからない感覚だ。
「何故キールと鍛錬場にいるんだ?」
向かいつつも首を傾げている。
「この後皆で鍛錬を行なう予定だったのです。ミューズも最近は一緒に体を鍛えていますから」
戦いに備え、体を動かすようにしていた、少しでも体力をつけるために。
「息子よ! 久しぶりだな」
現れたロキにキールは嫌そうな顔をする。
「久しぶりって、三日前に会いましたよね?」
「何?!」
キールの言葉にシグルドが反応する。
「お前、父親のところには顔を出さないくせに、ガードナー家には行っていたのか?!」
「そりゃあ自分の家族には会いたいものですよ。それに親父殿に会うと説教を喰らうと思いまして」
長話はごめんです、とロキは肩をすくめた。
「説教されて当たり前だろうが! 家長の癖にふらふらしおって」
「君がミューズか?」
シグルドの追及を無視し、ロキはミューズの前に立つ。
本日は動きやすい格好に身を包み、髪を結い上げていた。
ティタンがいない間、キールと共に軽く体をほぐして待っていたのだ。
「えぇ、私がミューズです。私に用事があるのでしょうか?」
硬い声と表情、当たり前だが警戒をしている。
シグルドとティタンを伴ってなければ、言葉も交わさないだろう。
得体のしれない男だし、名前も名乗られていない。
ティタンも詳しい事情を知らないから、何故ロキがここまで強引にミューズに会いたいと思ったのかがわからない。
「似てる、さすがリリュシーヌの娘だ」
ロキはミューズの顔を覗き込む。
懐かしむように慈しむように、その目は優しく細められた。
「母を知ってるのですか?」
「あぁ。本当の父親もな」
驚愕の言葉にミューズの目は見開かれた。
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