第63話 愛情の感じ方
足を掴まれたリオンの体が、大きく振りかぶられる。
(叩きつけられる!)
咄嗟に頭を抱え、防御壁をはるが、ギルナスの膂力は侮れない。
破られないとは思うが勢いが強く、視界も揺れた。地面に叩きつけられる前に、マオの短剣が一閃する。
ギルナスの指を切り落とし、自然とリオンの足から手を離すことになった。勢いは多少緩んだが、リオンはそのまま頭から床に落ちる事は……ない。
カミュが影魔法でリオンの体を引き入れて、怪我もなく救い出す。
「もう、驚かせないでください!」
主のあるまじきピンチに、カミュの心臓はバクバクだ。
カミュの両腕に包まれたリオンだが、その目はマオを見て、見開いている。
「戦えないと、誰が言いました?」
宙に浮くマオの手には血の付いた短剣が握られていた。
マオは風魔法の使い手で、兄に教わった魔法で高速移動を可能とし、空も飛べる。非力なマオは、その素早い動きでギルナスの指を正確に切り落とした。
血を見ることも人を傷つけることも、マオに躊躇いはない、そんなものはとうの昔にどこかに置いてきた。
「ギルナス!」
直ぐ様イシスが回復の為駆け出そうとしたが、体が動かない。まとわりつく空気が重たくなったのだ。
「マオが僕を助けてくれた、しかも命がけで。何て、嬉しい日なんだ」
リオンの魔力が変質している。
恐ろしいそれは重くしつこく、体に絡みつくようだ。
「マオ、僕の事好きになってくれた?」
なかなか愛情を示さないマオのこの行動がたまらなく嬉しいようだ。
「感謝はしているです」
マオは憮然と答えた。
「こいつら何なのよ……」
なんとかギルナスの元へ行き、回復魔法を掛けた。
リオンの蜘蛛はいつの間にかいなくなっていたが、ぞわぞわとした感覚はなくならない。
「何が好きよ、そんなものまやかしだわ」
真っ向から言われリオンはキョトンとした。
「君をすっかり忘れていた。どうする? 降参する?」
マオが斬り落とした指はカミュが既に影に取り込んでいる。
欠損部がないと治ることはない。ギルナスは実質武器を握れなくなった、利き手を使わず戦うのは大変だろう。
「誰がするものか」
イシスを庇うようにギルナスが前に出る。やや青い顔をしているのはリオンが纏う空気が変わったからか。
「いいの? 愛するマオを傷つけようとした君たちを、僕は許さない。これ以上したら殺してしまうけど、本当に後悔しない?」
「何が愛よ、吐き気がする」
イシスが吐き捨てるように言う。
「おやそちらのお嬢さんは人を愛したことがないんだね。愛って素晴らしいよ」
そういうとリオンはマオを引き寄せ、人前だというのにキスをして見せる。
「何をするですか!」
「助けてくれたお礼、そしてそちらのお嬢さんに愛を教えてあげようと思ってね」
ちらりと見るとイシスは真っ赤になっていた。
「こ、こんな破廉恥な……」
「おや、初心だね。キスも見たことない?」
わなわなと震えるイシスに、リオンはからかうようにぺろりと唇を舐める。妖艶なリオンの様子に、ますますイシスの顔は赤くなる。
真面目そうに見えるリオンの軽薄な一面に、イシスは信じられないようで、口では否定していても目が離せない。
(貴族とか上流階級の者だろうけど)
立ち居振る舞いと、恋愛に疎い様子からそう判断した。
先二人の帝国の使者や、皇子達とは全く違う考えと感性の者だと考えられる。この程度で赤くなるようでは、口論でリオンが負けることはなさそうだ。
「夫婦や恋人ならば当たり前にすることだよ。その男は君の恋人ではないのかい? 試しに付き合ってみたらいいよ」
身を挺し庇う男がそうなのかと思っていたが、違うようだ。
挑発してみると思った以上に、激昂した。
「ギルナスは、そういう者ではない!」
効果は覿面だ。
「お嬢様! からかわれているだけです、落ち着いてください」
体を震わし怒るイシスをギルナスが窘める。
「リオン様、そろそろ決着を」
カミュが周囲を気にしつつ、そう声を掛ける。人払いをしているとはいえ、長引くのは良くない。
リオンは再び魔力を集中させた。
「そうだね、この後マオに沢山感謝を示さないといけないし、夫婦の時間も持ちたい。捕獲するよ」
黒い魔力が蛇のようにうねり、二人を包み込んだ、ように見えるが。
「これが転移魔法か」
二人がいた空間には何もない。忽然と姿を消していた。
「まぁこれも大きな収穫だね」
その場に残る魔力を探る。細く残る魔力の残滓は帝国の方へと伸びている。
「カミュの影渡りと似ているな。別次元へと繋がる道を魔力で開き、移動しているようだ。この世界と細く繋がっているから魔力の跡が少しだけ残るけど、別次元のためなんらかの物質にぶつかることもない。干渉を受けないのか」
ぶつぶつと目の前で発動された魔法の解析を急ぎ、空間の歪みに触れる。
「行き先の指定方法はどうしてるんだろう、カミュの場合は影から影だけど」
ものは試しとマオの後ろの空間を頭に思い浮かべ、残っていた空間の歪みに魔力を通す。
「おぉ!」
リオンは体がふっと浮く感覚と、何かから抜け出る感覚を受けた。
やや着地に失敗しそうになるが、マオが支える。
「何してるですか、危ないです!」
「そうだね、僕も驚いた。何か変な感覚だし」
これは要練習だなと、今の感覚を忘れないようにと目を閉じる。
役得とばかりにマオに支えられたままで。
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