第50話 危機

 レナンの母が病で倒れたと聞き、ここには来たのだ。


 それなのに急にそのトゥーラの様子が変化し、レナンに襲い掛かろうとしたのだ。それどころか城中の者が変化している。


 馬に乗り、逃げようとしたレナン達をヘルガが阻む。


「行かせないわよ」

 ヘルガの横には見慣れない女性がいた。


「誰よ、あなた」

 急に現れた魔石をジャラジャラと纏った女に、オスカーが警戒しながらそう聞く。


「あらあら。何だか変態がいるのね」

 オスカーの姿と口調を聞いたルビアは嘲るようにして笑うが、オスカーも負けじと言い返す。


「あらあら、厚化粧おばさんが何か言ってるわね。なぁにその魔石。反射で美白効果でも狙ってるの? 皺が影になって余計に目だってるんですけど。必死過ぎて痛々しいわね」

 ぺらぺらという罵詈雑言にレナンの方がぎょっとしている。


「何ですって?!」

 まさかこんな反撃の言葉を言われるとは思ってなかったのか、ルビアは大声を上げた。


「あなたは誰です。ヘルガ姉様と何故一緒に?」

 レナンさえ見知らぬ女性だ。


「無礼な口を聞かないで頂戴」

 答えたのはヘルガだ。


 焦点の合わない目でヘルガはレナンを睨みつける。


「この方は帝国の使者の方よ。パルス国のこれからを憂いて、こうして力を貸して下さったの。お父様は頼りにならないもの、だから幽閉しておいたわ。うるさいルアネドも一緒にね」


「何ですって?!」

 ヘルガの言葉にレナンは驚愕する。


 ヴィルヘルムにはほんの数日前に会ったが、その後取り次いではもらえなくなった。


 ルアネドにも会いたいと言ったが、忙しいの一点張りだったが、もしかしてヘルガの差し金だったのか。


「正当なアドガルムの王太子妃になるヘルガちゃんのいう事を聞かないなんて、ダメな国王よね。一緒に糾弾してきた王子も閉じ込めちゃったわ」

 ルビアは甲高い声で笑った。


「ヘルガ姉様、目を覚まして! その女性は姉様を利用しているのよ!」

 国王と王子を幽閉し、しかも城の者を、そしてヘルガを何らかの方法で操っている。


 どう考えてもこの女性が黒幕だ。


「うるさい! ルビア様は私の理解者よ!」

 ヘルガの形相が恐ろしいものへと変化した。明らかに正気を失っている。


「そうよ、あたしはあなたの理解者で味方だわ。さぁレナンを捕え、二人でエリック様を待ちましょう。今度こそわかってくれるわ、あなたの方がふさわしいって」

 ルビアの魔石が怪しく鈍く光るのをキュアは見る。


 黒いものに見覚えがある、トゥーラの体に纏わりついていたものと同じだ。あれが人の体に入り込み、操っているのか。


 体中についている魔石から予測するに相当数あるが、それを城中にまき散らし操るとはエリック並みに魔力があるのではないか?


「レナン様は渡さない」

 キュアが魔石を用い魔力を増幅させ、オスカーに目配せをした。


 少なくともキュアの光魔法が効くという事は闇魔法に属する何らかの魔法。そうであれば、やはりキュアはここに残るべきだ。


 レナンをエリックに引き渡しさえすれば自分の役目は全うできる、オスカーならば安心してレナンを任せられる。


「あなた方の相手はあたしよ」

 高出力の光がキュアを中心に広がった。目も開けていられない程の光量に皆が目を閉じる。


 キュアの考えを読んでいたオスカーは光る前に馬を駆け出させていた。他の馬たちもオスカーの草魔法で作られた蔓に鞭打たれ、真っすぐに駆け出す。


「待ちなさい!」

 馬の蹄の音を聞いて、目を瞑りながらもヘルガは叫んだ。


 レナンに逃げられては困る、自分は異母妹と代わらねばいけない。今レナンがいる場所は本来ヘルガの場所だ。


 婚姻の日、あれ以降父もヘルガを見限り、妹たちも距離を置いた。ヘルガはいつまでも尊敬される人でなければいけないのに、全てレナンのせいだ。


「可哀想に、妹に謀られたのね。あたしが力を貸して上げるわ」

 そういってくれたのは帝国からの使者ルビア。


 見たこともない宝石をいくつも纏う、綺麗な女性だ。父は毛嫌いしていたし、宗主国のアドガルムを尊重すると言って、ろくに話も聞かない失礼さだったから、ヘルガが話を聞いた。


 レナンを嘘の話で呼び寄せる計画もルビアが立ててくれた。


 あれほどまでに急激に弱ったのは、ルビアの魔法らしい。何でも死霊を取りつかせて弱らせているとかで、詳しくはわからない。

 

 頭がぼんやりして考えが纏まらないのだが、今はレナンだ。


 折角ここまでお膳立てしてもらったのだから、逃げられては困る、何とか捕まえねばならないが、最悪殺してもいい。


 うるさい父達を牢に閉じ込めた、ヘルガに反対する者はいないだろう。なのにこの術師が邪魔だ、忌々しい光を放ってくる。


「あなたのその力、いいわね」

 ルビアはキュアが気に入ったようだ。


「あたしはお前たちが嫌いだ、醜い」

 女性好きのキュアだが、ルビアからは禍々しい力を感じるし、ヘルガは以前より醜悪なものに感じる。


 性格悪い主エリックの側にいても素直なままのレナンを見習ってほしい。


「今から寝返らない? どうせアドガルムはなくなるわ」


「なくならない、我が主がいるから」

 この力と性癖で迫害されてきたキュアに居場所をくれたのはエリックだ。


 気の合う同僚、綺麗な王太子妃、理解ある職場。離れる理由などないし、命を張るに充分だ。


「残念、では逝きなさい」

 魔石が光り、魔力が増幅する。


 ルビアの黒い魔法は個人の魔力としては多すぎる、そこを更に魔石で増幅されてはキュアではもう追いつけないものだ。


 キュアは唇をかみしめる。


(エリック様、レナン様、ごめんなさい)

 皆も、ごめん。


 キュアの意識は黒い靄に飲み込まれ、消えた。





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