第38話 夫婦の時間(エリックとレナン)

 時間の経過とともに緊張感が増してきた。


 レナンは磨かれた肌と整えられた髪を見る、未だかつてこのように艶々さらさらになったことがあるだろうか。


 アドガルムの侍女たちの本気度に感嘆してしまった。


 薄い夜着で少しでも肌を隠そうと悪あがきをする。


 本当は今すぐにでも逃げ出したいほど恥ずかしいが、ラフィアにも言われたし、逃げられることなんて出来ないと何とか呼吸を整える。


 何をするかはわからなし、知らない。


 何か自分に出来ることはあるのかと侍女たちに聞いたが、全てをエリックに委ねるようにとしか言われなかった。


 待つ間どこに居ればいいのか分からず、とりあえず椅子に座った。


 唐突に響くノックの音にレナンは鼓動が早くなるのを感じていた。


「お待ちしておりました。エリック様」

 招き入れたものの何といっていいのか分からず、そんな事をいって頭を下げる。


 まともに顔を見られないレナンはそのままの姿勢だ。


「嬉しい事を言ってくれる、さあ顔を上げて」

 促され、レナンは顔を上げた。


「狡いです、なんでエリック様だけそんな着込んでいるのですか」

 薄い夜着しかきていないレナンと違い、エリックはいまだ披露目の時の正装だ。


「忙しくて着替えたり出来なかった。許して欲しい」

 あの後少しの休憩をしてエリックは仕事に追われていた。


 すぐさま捕虜の解放やお祝いに来た貴族たちへの返礼の品や手紙、パルスやセラフィム、シェスタへの報告の手紙を書いたりなど一手に色々な事を引き受けていた。


 弟達の負担も減らさねばとつい張り切り過ぎたら、思わぬ時間になってしまったのだ。


「入浴はまだですよね、お食事はしたのですか?」

 レナンは自分だけのんびりまったりさせてもらってたことに罪悪感を覚える。


 誰かを呼んでエリックの着替えの手伝いをさせなければなど考えていたら、すっかり忘れてしまった。


 今の自分に格好と、この部屋には呼んでも誰も来ない事を。


「食事はした、けれどまだ足りない」

 抱きしめ、触れるだけのキスを唇にされた。


「食べさせてくれるかい?」

 レナンは顔を赤くする。


「綺麗だね、ラフィアからは何をするか聞いたのか?」

 髪を撫で、夜着の上からレナンの体に触れた、この薄布の下を想像するだけでぞくぞくする。


「聞きました、世継ぎを産む大事な仕事があると」

 顔を赤くし、徐々に小さくなる声にますますエリックは上機嫌になった。


 きちんとわかってこうして待っててくれた事がたまらなく嬉しい。


「ではその大事な仕事の為、手伝ってくれるかい?」

 レナンの手を取った。


「今この部屋には従者も侍女もいない、だから脱ぐのを手伝って欲しいんだ」

 レナンはぶんぶんと羞恥に首を横に振る。


 殿方の服なんて脱がせたこともないし、それにエリックに触れることになる。


 そんなふしだらなことなど出来ない。


「お願いだ、一人では大変でね」

 エリックの促しに恐る恐る触れ、スカーフやマントを外し、テーブルや椅子に掛けていく。

 上着も脱がせ、だんだんと肌が露わになるエリックに手が止まってしまった。


「これ以上はもう……」

 ボタンを外すことも出来ない初心なレナンを溜まらず、抱きしめてしまった。


「うむぅ?!」

 抗議の言葉も塞ぎ、抵抗する手も力で押さえつける。


 ようやく離れ、涙目になったレナンをベッドへと誘導した。


 赤い顔と激しい呼吸で、声も出ない。


「待っててくれ、すぐ戻る」

 エリックはそういうと自分でさっと服を脱いで浴室へと入った。


 そこでようやくレナンは自分が手伝うことなどなかったのだと気づく。


「騙された?」

 唇を押さえ、赤くなった体を隠すようにレナンは毛布に潜り、やり場のない怒りを枕にぶつけるしか出来なかった。









「怒るレナンも可愛いな」

 速攻で湯浴みを終え、戻ってきたエリックにレナンは背を向けていた。


「そんなこと言っても許しませんから!」

 もこもこの毛布を被り山のようになっているレナンを後ろから抱きしめる。


「大好きな妻に触れてもらいたいと思うのは普通だろ、それともレナンは俺に触れたくない?」


「触れたくありません!」

 顔を赤くさせ、体を震わせる様子にますますからかいたくなる。


「俺はもっと触れたいんだけど、いいかな?」

 返事も待たずに毛布を取り、押し倒して自由を奪う。


 顔を真っ赤にし、恐怖か羞恥か涙を浮かべるその様子が、エリックの嗜虐心を更に煽っているのだがレナンは気づかない。


「最高だ」

 にぃっとエリックの唇が笑みの形に歪められた。

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