第2話 パルス国

「人質として、アドガルムに嫁ぐ事が決まった。誰かは王子が指名するそうだ。皆異論はないな?」

 パルスの国王ヴィルヘルムは切れ長の目で娘たちを見ていく。


 パルス国の王女は五人。

 王子は三人。

 側室は二人だ。


「お父様の決定に異論は御座いませんわ」

 第一王女ヘルガを筆頭に、集められた王女達はみな頭を下げ、ヴィルヘルムの言葉を待つ。


「嫁ぎ先はアドガルムの第一王子エリック殿下だ。切れ者と称される彼は王太子に一番近い。胆力も魔力も頭脳もある」

 グリフォンに乗って空を駆ける彼の姿は優雅だった。


 正確な手綱捌きに、的確な指示、氷魔法で次々と兵を撃ち落としていく彼は、空で一際目立っていた。


 グリフォンなどという気性の荒い魔物を手懐け、不安定な空中戦の中、魔法で確実に兵士が乗るペガサスの羽だけを狙い、撃ち落としていく。


 キラキラと空に散る氷の粒子と相まって、とても美しかった。


 彼を守るように飛ぶ男も、植物を繰り出す派手な男も、皆エリックの命で動いていた。


 自ら討ちに行くに留まらず、他の者へも命が出せるとは、頭の回転が速過ぎる。


「一番の候補はヘルガだな……」

 長女として最高の教育を施した。


 どの王女も英才教育を施しているため心配はないが、やはり長女の信頼は厚い。


 内部からアドガルムを突き崩し、再びパルスが栄華を極めるためにも、間諜としての活躍を期待してる。


「しかし誰を選ぶかはエリック様のお心次第。誰が選ばれても我々からは文句も言えないでしょう。ただ、仮にレナンが選ばれたらどうしましょう」

 ヘルガは困ったように笑う。


「レナン、なぁ……」

 皆が名指しをされたレナンを見る。


「えっと」

 レナン自身は、急な注目を浴びて戸惑ってしまう。


 第二王女レナン。


 長いストレートの銀髪と青い瞳をしていてすらりとした長身だ、黙っていればとても美人である。


 ただ少々ぽやっとしていて、この中で一番頼りなく思われていた。


 今も会話の意図をわかっていない。


「人質としての価値も低いが、一番裏切らなさそうだもんな」


「えぇ、嘘が苦手ですものね……」


「レナンお姉様は喋らなきゃいいんじゃない?」


「侍女が変装するとか?」

 周囲の王女達もそんな話をし出す。


「身代わりはバレた時が危ない。下手したら休戦停止だ、また戦が始まる。仕方ないからレナンは話すのをしない事だ」

 ヴィルヘルムは仕方なしにため息をついた。


「戦はもう起こって欲しくありません。そう言えばお父様は何故、戦を始めたのですか?」

 戦への嫌悪感を抱き、レナンはそう父に聞いた。


 戦いに出るわけではない王女達の大半は、ヴィルヘルムが戦を起こした理由を知らない。


 ヴィルヘルム自体も王女の中ではヘルガにしか言ってなかった。


 レナンはずっと疑問に思っていた。


 良好だった関係にヒビを入れたのは何故だったのか。


「神から、啓示が下ったのだ」

 ヴィルヘルムは厳かにそう言い切る。


 最初はヴィルヘルムも信じなかった。


 ただの空耳か白昼夢かと。


 しかしシェスタ国やセラフィム国が戦準備をしていると、偵察の者から連絡が入ったので、パルス国も急いで準備し始めたのだ。


「何故かはわからなかった……だがしなくてはいけないと思ったのだ」







 アドガルムは国力的にも大きいとは言えなかった。


 しかし、他国と何かが違うと直感がそう告げていた。

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