第13話 試験と友人

 ムステの元戦闘奴隷カラシャを雇うにあたって、私はその実力を確かめるため舞台を用意した。彼には、スラムの通りにてハシャの部下兼スラムの衛兵達を相手に複数人と戦ってもらう。


 私がカラシャと一緒にスラムを歩いていると前方から暴漢に襲われる。彼は私を守りながら敵を撃退するという試験だ。普通なら後方からも敵が来るし、もっと奇襲に向いた場所と時間を選ぶはずだが、そこまで求めてないためスラムでの戦闘及び前方からの敵のみとした。護衛対象である私の代理として、そこらへんの通行人を銅貨一枚で雇った。


「カラシャさん、取り敢えずこの道をまっすぐ歩いてください。護衛対象はその人です。」


「おう、こいつを守ればいいんだな? 前にもやった事あるから問題ない。始めていいか?」


「どうぞ。」


 彼は護衛対象を連れて歩きだした。私も五十メートルほど後ろから距離を保ってついていく。その進みは遅くも速くもなく、ただ普通に歩いているだけだ。動揺している様子はないが、周囲を動物のように警戒している。ハシャには事情を話して許可を取ってあるため、衛兵が多少負傷しても問題ない。そして、私もどこから敵が来るのか知らされていないため内心はびくびくしている。


 三百メートルほど歩いただろうか。カラシャが立ち止まり、腰に付けてある鞘から曲剣を抜き、どこから手に入れたのか、やや小さめの円形の盾を構える。護衛対象を守るように中腰で辺りを見回し、後退する。数秒立つと3人の衛兵が木製の窓を突き破って彼に突撃してきた。驚いた事に、彼は待ち伏せを見破った。しかし、どのように気づいたのだろうか。音か、匂いか、それとも自称剣術上級者のように気配とでも言うのだろうか。


 衛兵達とカラシャの剣がぶつかり合い、辺りには鉄の音が響き渡る。カラシャの剣術は見た事のないものだった。


 小さい盾を斜めに構え、衛兵の槍の連撃を全ていなしていく。そして、衛兵の踏み込みの力を利用して体勢を崩そうとする。上手い防御の仕方だ。カラシャは、バランスを崩した衛兵に曲剣を打ち込もうとするが、そこに別の衛兵が割って入り、カラシャの剣撃を防御する。隙をついて衛兵が護衛対象に斬りかかろうとするが、カラシャは回り込ませようとしない。その状態が延々と続いている。


 長時間に渡って両者の剣がぶつかり合い、衛兵は息も絶え絶えだ。だが、カラシャは息切れ一つ起こさず平然としている。衛兵達が一度後ろに下がると、カラシャは曲剣を上段から下段へ構え直し突撃した。下からの攻撃により衛兵の槍が上へ弾かれ、その一瞬の隙をついてカラシャの蹴りが衛兵の脇腹を直撃する。衛兵はその場でうずくまり、別の衛兵がカラシャに斬りかかろうとするが、見事いなされてカラシャの盾で顔面を殴られる。そして、そのまま倒れこんだ。


 残っている衛兵は一人となり、カラシャは曲剣を持つ右手首を回しながら、盾を構えて近づいていく。それを見た衛兵は戦意を喪失したのか武器を地面に置いて降伏した。


「私達の負けだ、降参する。これ以上敵は出てこない。」


 そう言うと、衛兵は倒れている仲間に声をかけて起き上がらせ、どこかへ行ってしまった。


「どうだ、ハイエナ。合格か?」


 カラシャは笑顔でこちらに振り向き、試験の評価を聞いてくる。


「待ち伏せに気づく観察力と確固たる防御力があり、体力面も優れている。相手の体力の消耗を狙って持久戦をしかけ、見事護衛対象を生き延びさせた。合格です。」


「よし、これで高給取りだ。改めてよろしくな、ハイエナ。」


「こちらこそよろしくお願いします。」


 カラシャの戦闘技術は目を見張るものがあった。待ち伏せを狙った点から斥候も期待できるし、対複数戦闘もこなせる彼は逸材だ。雇うのに否定的だった私を殴ってやりたい。私は満面の笑みのカラシャに笑顔で答えながらスラムを出て行った。

 






 カラシャを護衛に雇うため、彼の姉と話し合った。姉の名はシャラ、彼のいう通り、痩せ細っていて病弱な女性だ。だが、話をするうちに物腰しが柔らかく優しい人だと分かった。また、非常に美人でカラシャと同じ褐色肌を持っている。


「それで、ハイエナさんは行商人の仕事をしていらっしゃるのですね?」


「ええ、その通り。人間の生活に必要な道具を運んで稼いでます。主に南スラーフ周辺で活動してます。」


 嘘は言っていない。人間の荒れた生活に必要な殺人道具をラリカから盗み、それを運んで稼いでいる。ちょっと言葉が足らないだけだ。この女性は弟に慕われているため、きっと弟の事を大切にしてきたのだろう。そして、そんな人間は家族が危険な仕事をするのには反対する。だから、多少の言葉を濁さなければならない。


「貴女にはここから北にあるエートルという街の孤児院へ移ってもらいます。大丈夫、そこの住人は私の知り合いなので安全ですよ。それと、私達はエートルを中継して荷を運んでますから、弟さんとも会えます。」


 孤児院にはいくつか部屋が開いているし、彼らは優しいから私の頼みを聞いてくれるだろう。大人の女性を孤児院に送るのは何か違うような気もするが、多分問題はない。シャラに説明をして了承を得た後、私は二人を連れてエートルに向かった。







 エートルの門に近づくと、数人の狩人と衛兵隊長が話し合っているのが見えた。弓矢や狩猟用の短剣、大きな鞄を持っている。現在エートルには領主がいないため、動物を狩り放題だ。エートルの森は狩人の庭と化している。そのためエートル街を拠点とする狩人は多く、宿屋や酒場、肉屋は彼らに助けられている。


「だからこの目で見たんです。大人数の兵隊が森を南下していました。私達に気づくと矢を射かけてきたんです。」


「待ってくれ、あんたらの話が本当だとしても俺達にはどうしようもない。エートルの衛兵隊だって人数に限りがあるし、そいつらが南下していたなら俺らには攻撃してこないって事だろ。」


「ですが、エリンの人々に伝えなければ隊商が襲撃されてしまいます。」


 どうやら森の中で敵軍を見かけたらしい。そして、その事をエートルの衛兵隊長に話しても真面目に取り合ってくれず、文句を言っているところのようだ。悲しいかな、外敵から人々を守るはずの衛兵隊が動かないというのは市民にとっては許せない事態だろう。だが、衛兵には衛兵の事情があるのだ。一概に否定はできない。


「とにかく、今後はなるべく狩りを控えて、その軍隊と遭遇しないように...それと、もう一度言うがこの話は他言無用だ。話は以上、お前達も帰れ。」


「おい、隊長さん!」


 衛兵隊長は話を切り上げると、詰所の中へ入っていき、扉を閉めた。狩人のリーダーらしき人物は固く閉ざされた扉を激しく叩いていた。


「おい、ちゃんと話を聞けよ、あんた衛兵隊長だろ!」


「止めてください。それ以上騒いだら投獄されますよ。」


 見た事のある人物が狩人のリーダーを押さえ、扉から引きはなそうとしていた。マカだ。どうやら狩人の仲間になったらしい。私が金や食料を孤児院に支援しているのに危ない仕事を続けているのは何故なのだろうか。院長のように私の汚れた金で生活したいと思っていないのだろうかと、自分でも考え過ぎと思うぐらい一瞬卑屈な思考になった。もっと他に理由があるはずだ。例えば、孤児院を出た後に職を探すより、孤児院にいられるうちに職に就いておく必要がある等、いくらでも理由はある。どうやら私の頭は馬鹿になってきている。


「マカ...。」


「ハイエナ、なんでここにいるの?」


「ちょっとな...それよりどうしたんだ? そんなに慌てて...。」


 私は彼や孤児院の子供達を前にすると、どのように接すればいいのか分からなくなってきている。前みたいに何も考えず、ただ楽しく共に過ごせばいいはずだ。だが今の私には、ただ楽しそうにする事ができない。


「えっとね、エートルの森に大勢の兵士がいたんだ。そいつらはエリンの方へ向けて進んでて、声をかけようとしたら攻撃してきたんだ。もしかすると盗賊かもしれないから、エリンの人達に警告しないといけないと思って衛兵隊長に話してた。」


「そうか。」


「ハイエナなら、行商のついでにエリンで皆に警告できるよね。お願いしていいかな? 本当は僕達が行きたいんだけど、衛兵隊長に釘をさされたんだ。もし話したらエートルでの活動を止めさせるって言われてる。」


「警告か。」


 その話が本当なら私達にも危険が及ぶはずだ。私兵とハシャからの護衛兵がいれば問題ないとは思うが、より一層の警戒が必要になる。それに、日々の維持費を稼ぐ必要があるため、自分の商売を止める事は決してないだろう。


「分かった。商売のついでにエリンで広めておこう。」


「ありがとう、ハイエナ。」


「ああ、別にいい。友人の頼みだしな。それの代わりといっては何だが孤児院である人の面倒を見てくれないか?」


「ある人?」


「2人とも、こちらへ。」


 私はマカにカラシャとシャラを紹介した。マカはシャラの美人さとやたら大きいカラシャに驚いていた。それと同時に私の頼みを快諾してくれた。彼は笑顔でシャラを歓迎した。私は久しぶりに彼の豊かな表情を見る事ができて嬉しい。友人が落ち込んでいる姿はあまり見たくないのだ。







「おお、戻ったかハイエナ。」


「ええ戻りました、ラーテ様。」


 マカにシャラを託した後、小休止をはさんでエートルを出発し、ラリカのラコテー城に来ていた。また、武器を仕入れてエリンへ運ぶ。そして、その途中でラーテ騎士様のお相手をする。


「嬉しいぞ。さあ、剣の稽古をしよう...と言いたいところなのだが、生憎と今日は用事があってな。ラリカの街の宴会に出ねばならん。」


 私は彼の言葉を聞いた時、心の中で跳び跳ねた。ラーテの稽古を受けないで済むと、ストレスの捌け口として手加減なしに木剣で叩かれないと喜んだ。だが、それを身体で表現する事はない。


「それはまたなんと、残念です。」


「ああ、本当に残念だ。最近ラリカはサヴァラを圧倒している。連戦連勝にラリカ伯爵は喜んでおられる。この前の戦でサヴァラの兵をだいぶ削ったから、しばらくは軍事行動を起こせないだろう。」


 いつのまにか戦争の主導権は完全にラリカのものになっていたようだ。サヴァラが不利になるとは思わなかったが、私にとってはそれが喜ばしい事かもしれない。軍事的に困窮しているサヴァラに武器や人を売れば大儲けできる。今度ハシャに会う時に多くの戦闘奴隷を集めるよう交渉してみるつもりだ。


「戦線も安定した事だし、ここで家臣の団結と報奨を済ませておきたいのだろう。なんとも都合の悪い。」


「まあ、そう落ち込まないでください。貴方も戦争でご活躍なされたのでしょう?」


「ああ、無論だ。これまでに敵の騎士を2人討ち取っている。それも一騎討ちでだ。敵兵も50人ぐらいは殺しているだろうな。」


「それはまた大手柄ですね。」


「そうだろう、そうだろう。私は一番手柄を立てているはずだ。だがな、あまり宴会に行きたくない。」


「それはまたどうしてですか?」


「ああ言う場は好かない。なんと言うか、戦士たるもの戦に出ずに宴会を楽しむのは気が引ける。それに、今こそサヴァラに攻め込む好機なのだ。サヴァラからは大量の傭兵が出ていって戦力が枯渇している。なのに、伯爵は手をこまねいている。」


「ハイエナ・・・それともう1つ理由があるんだ。あそこに集まる女性達と会いたくない。」


 私は彼の意外な一面を知って驚いた。騎士には男色家が多いと聞くが、彼もそうなのだろうか。


「女性がお嫌いで?」


「いや、そうではない。人によるが、女性は好きだ。気楽に優しく接してくれるなら誰でもいいがな。貴族や家臣の娘達は・・・その・・・目が死んでいるようというか・・・とにかく苦手なんだ。」


 私はそれ以上彼に質問しなかった。何かを思い出す彼を見て同情してしまった。私に理解はできないが、落ち込む彼の背中を叩いて励ました。顔の良いラーテ様の事だ。騎士という身分も相まって、女性との間で何かあったのだろう。彼がラリカへ出発するまで一緒に兵の訓練を眺めていた。

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