残党狩りのハイエナ
@matosan
生存編 利益のために
第0話 世界と傭兵
私は風音を聞きながら激しい揺れに身を任せて、深夜の崩壊した市街地を走る電車に乗っている。右手に髑髏と銃のマークがついたガンケースを抱え、左手で支給品の大型リュックを支えにして、スマートフォンを触っている。公共交通機関である電車内でそのような恰好をしていれば、かなり不審な目で見られる事であろう。だが、この車内にはそんな私を気にするものは誰ひとりとしていない。皆一様に同じ格好をしているからだ。
企業連盟の専用輸送車両には重装備の傭兵達がまばらに座っている。車内は日本の電車のそれと何ら変わりない。資金節約のために本国で使われなくなった電車を使い回しているため、見たことのある広告が多数あり、部下との談笑の一部になってくれた。特に宇宙遊園地という惑星をまるごと遊び場にした壮大な広告は自分達の技術の進歩をはっきりと感じさせると、部下は苦笑しながら言っていた。
車内では各自自由に過ごしている。暗い顔をして下を向いている者、真顔で遠くを見つめている者、誰かと電話している者と、様々だ。この車両に乗っている者達は全員、企業傘下の民間軍事会社の職員だ。つまり、金と契約書に忠誠を誓う傭兵である。後方勤務から前線への異動となってる。
十時間ほど前、私達の部隊は企業からの配置転換の命を受けてインド洋傭兵基地から出発、四時間かけてアフガニスタンに到着し、そこから六時間ほどの電車移動を強いられている。しかも最悪な事に、電車の外からは時折、銃声と榴弾の着弾音が聞こえる。
治安維持の傭兵部隊が民衆の暴動とそれに乗じた外国籍民兵のテロ活動を制圧しようとしているらしい。この地区を占拠した部隊には申し訳ないが全員退社するべきだろう。
中国とアメリカの数回の紛争を経て、世界は大きく変わった。中国の支援の下、アフリカ連合の台頭と南アメリカのアメリカに対する反発、中小国における国家間紛争の復活など争いは年々激化した。
中国は武力による衝突よりも、スパイ、ハッカーによるアメリカ勢力の崩壊を狙った。工作員達は各国軍に潜入したために、世界中で正規軍の多用は避けられる事態となった。そんな中で傭兵は重用されることなった。大企業は傭兵事業に資金を投資し、多くの民間軍事会社が設立された。そして、民間軍事会社同士で連携し、依頼達成の効率化をはかった。それにより世界中の傭兵の連合体ができた。
日本企業もこの流れに乗じ、海外に拠点を設けた。そして退職自衛官と海外軍人の下、ヤクザ崩れや反グレといった社会不適合者を訓練し戦場へ送った。もちろん、志願した一般人とトヨタ製の一般車も含めてだ。それを安全圏の人々は広告付きの動画サイトで観賞していた。世界中がそのような状況だった。あらゆる人が軍事に興味を持ち、戦争のための製品が増産され、輸出された。
人、食品、電化製品、小銃、戦車、潜水艦、艦艇など様々な製品が企業から中小国へ運ばれた。湾岸戦争当時はフリーランス商人と常任理事国が主な武器商人だったが、今や世界中の国が武器商人だ。
世界中が変化している中で、私はずっと同じままだった。民間軍事会社に就職しても同じ生き方を続けた。自分の楽しさを第一に考え、苦しい事は避け続けた。前線行きになる仕事と後方勤務の仕事を選別し、昇進をあきらめ、窓際で上司に媚びへつらいながら、部下には自分が働いているように見せた。それでも世界は動いてしまう。努力しなかった私は世界の流れに逆らえなかった。弱い川魚のように川に流され、そのまま訳も分からず死んでいくだろう。
このまま電車は進み続け、一時間後には国境だ。十二時間後には死体になってるかもしれない。生き残るために人を殺して、刹那的な思考で残りの人生を生きることになる。
いろいろと考える内にスマホを隣に置き、下を向いていた。窓の外を見てもオレンジ色に輝き、燃える市街地と暗闇だけだ。より一層気持ちは暗くなる。その時、隣に置いてあったスマホに着信が入った。誰の番号か分からないまま電話に出た。
「よう、久しぶりだな。」
「佐藤のおっちゃんか。」
「おっちゃんはないだろ。せめてお兄さんと呼べ。草薙はいないのか?」
「あいつ、消息不明になったとかで...俺も心配してるんですけどね。」
ゲームに出てくる山賊のお頭のように野太い声の主は、前の前に配属された基地の上司だった。細かい事を気にしない性格だが、部下への気遣いを忘れない良い人だった。私が唯一タメ口を聞けて、一番信頼できる上司だ。
「何か用事でも?」
「いや、特に用事はないんだがな。元気にしてるか?」
「ええ、それなりに。でもまあ、そろそろ死ぬかもしれません。前線行きです。」
「そうか、前線行きか。俺は極秘任務中でな、日本にいるんだ。山奥で廃墟の探索をして怪奇現象の調査をしてんだ。しかも企業からお偉い研究員の護衛任務も任されてる。」
「いいんですか、そんな事を気軽に話しても、最悪処刑されますよ。」
実際のところ、処刑されることはないが任務内容を他部隊の職員に話すのは完全に契約違反だ。よくて大幅な減俸と降格、最悪は前線に飛ばされる。かなり危険な行為だ。
「もしかしたら死ぬかもしれん。」
「山奥の調査でですか? そんなんで死ぬ事はないでしょうよ。」
「真面目に答えて欲しい。お前は異世界、異界の存在を信じるか?」
私は耳を疑った。彼はそんな迷信を信じて言うような人間ではないし、私もそんなことは信じていない。何十年か前に流行った小説でも読んだのだろうか。
「最近、世界中で行方不明者が続出しているだろう。あれには理由がある。」
「その理由とは、つまり行方不明者は異世界に行ったと?」
「ああ、中国工作員でもCIAでもない。異世界だ。少なくとも企業の連中はそ...」
私は彼の発言を最後まで聞き取れなかった。突然の爆音と衝撃波に私は電車の床に倒れた。電車が大きく左右に揺れ、車内の電灯が消える。電車は激しく振動しながら脱線する。車体が右に倒れるのを感じながら、私は天井にぶつかり、意識を失った。
私は脚に激しい痛みを感じ、目を覚ました。意識が朦朧とする中で、部下の呻き声や叫び声を聞いた。脚をはじめ、身体中がとてつもなく痛み、首と腕を動かすだけで精一杯だ。車内は暗く何も見えない。うつ伏せの状態で自分の胸ポケットからライトを取り出し、車内を照らした。
車内は惨憺を極めていた。電車は右側に倒れたため、粉々になったガラスの上にいる。四肢を欠損させた部下達が呻き声をあげながら倒れている。肉片や血が床や天井に飛び散り、その様は暗くとも確認できた。
「誰か動ける奴はいないのか。誰か報告を...」
声を絞り出すが、ハエの羽音ほどにも満たなかった。時間が経つほど脚の痛みは増し、私はそれにたえられなくなっていった。
「隊長...」
どうやら一人ぐらいは幸運な者がいたらしい。声のする方へライトを照らした。彼の下半身は崩れた電車の下敷きになっていた。だが致命傷は免れていたようで重症ではなかった。彼はうめき声をあげながら必死に自分の上の残骸から抜け出そうとしている。
「だめだ、動きません。隊長は大丈夫ですか?」
嬉しいことに、こんな状況でも彼は私を心配してくれている。だが、私はそんな優しい彼の名前を思い出せない。部下の名前は全員覚えていたはずなのに、今の私は誰の名前も思い出す事が出来ない。天井にぶつかった衝撃で頭がおかしくなっているのだろうか。
その時、謎の音が聞こえた。それと同時に奥の車両が炎に包まれた。あっという間に奥の車両は燃え、今度は私達のいる車両が燃えた。まるで火炎放射器に焼かれるように電車は炎に包まれた。
「ああああああ!」
先ほどまで、きちんと生きていたはずの部下は燃えていた。彼は悲痛な声をあげながらこちらに首を向け、自動拳銃を投げた。
「たいちょうお...撃って...くださいいい。」
彼は最後の力を振りしぼってそう言った。苦しむ彼の姿はとても見ていられるものではなかった。私は重い腕を苦しそうに動かし、グロックのスライドを引く。そして彼に銃口を向け、一言言った。
「すまん。」
私は初めて人を殺した。いつか人を殺すとは思っていたが、まさか自分の部下を殺すことになるとは考えなかった。彼の目も見れずに引き金を引いた。名前も彼との思い出も思い出せずに殺してしまった。
私は後悔しながら、彼の亡骸と自分がゆっくりと燃えていく様を見ていた。皮膚が焼け地獄のような苦しみをしっかりと感じて意識を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます