第21話 クラスメートと秘密の会議
俺はフランソワーズさんと一緒に宇佐美さんが調べてくれたことの要点をまとめてクラスのみんなに報告したのだが、おそらくみんなが思っていた事よりも事態が深刻だったために言葉を失っていたようだった。
自分たちの力で飛鳥君を助けることが出来ると思っていたのだろうけれど、俺達だけの力でどうにか出来るという次元の問題ではないという事を知った今、俺達に出来ることが何も無いのかという絶望感に苛まれていた。
誰もが言葉を失って呆然としている中、綾乃だけは笑顔でみんなの事を確かめるように見まわしていた。
「もしかして、綾乃には何かいい考えがあるのか?」
「残念ながら私には飛鳥さんの家を救う方法は思いつきませんでした。昨晩お兄様にも相談してみたのですが、さすがのお兄様もこのような問題をすぐにどうこうすることは難しいようです。ですので、今日はいつもより少し早めに起きまして色々な方に相談してみたところ、将浩さんのお父様が料理に使う野菜を飛鳥さんの家から仕入れることにしたという事を伺いました。きっと、将浩さんが邦宏さんにお願いしていたことだと思うのですが、多少は力になれたと思います。ですが、それだけではまだ十分だと思えませんし、飛鳥さんのお宅にも確認を取らないといけない事だと思います」
「綾乃の言う通り俺は父さんに相談してみたんだけど、父さんは前向きに検討すると約束してくれたんだよ。ただ、今までの付き合いもあるから全部の野菜を飛鳥君のところに変えるってのは難しいみたいなんだ。ごめん」
その時、もう帰ってしまったと思っていた飛鳥君が教室に戻ってきたのだ。出来ることなら全ての問題が片付いてから飛鳥君に報告したかったのだが、知られてしまっては仕方ない。こうなってしまったら飛鳥君にも一緒にどうしたらいいか考えてもらう事にしょう。
「みんな、余計な心配かけちゃってごめん。ウチがちょっと大変なことになってるってのはもう知ってると思うけど、それは大丈夫だから気にしないで普通に過ごしてて大丈夫だからね。隠し事をしてもしょうがないと思うので僕が知ってることを話したいんだ。少し長くなってしまって帰るのが遅くなると思うけど、大丈夫な人は残って話を聞いてくれたら嬉しいな」
みんながみんな時間に余裕があるとは思えないのだが、飛鳥君を前に教室から出ていくものは一人もいなかった。どれくらい長い話になるのか想像もつかないが誰もが最後まで残るという意思を示していたのだ。
「みんなありがとう。僕はこのクラスの一員になれて良かったと心から思うよ」
「私達も飛鳥君と同じクラスになれて嬉しいよ。今みたいに普通の飛鳥君も好きだけど、前みたいにちょっと変わってて何を言っているのかわからない飛鳥君も好きだよ」
沙緒莉さんの言葉を聞いて誰もが頷いていた。あの変わり者としか思えないような飛鳥君にも優しさは感じられたし、ちょっと話が面倒なだけで悪い人ではないのだ。こうして普通に接してくれることもあるのだし、元魔王というキャラを演じているだけの普通の高校生であることは間違いない話なのだ。
飛鳥君の話を聞き終えた時にはもうすでに日も傾き始めていて、グラウンドで部活をしている多くの生徒も徐々に帰り支度を始めていた。俺達の中にも帰り支度を始めている者はいるのだが、誰一人として教室から出ようとはしなかった。
「飛鳥君の話を聞いて思ったけどさ、綾乃ちゃんのところの執事の宇佐美さんの予想って凄いね。ほとんど当たってたもんな。私は全然そんな事思ってもみなかったけど、実際にそう言うことがあるんだなって思ったよ」
陽香さんは重い空気を換えようと明るい感じでそう言ったのだが、残念なことに重い空気が変わることは無かった。
「僕たちに出来ることは無いんだなってあらためて思い知らされたよな。僕も親に頼んでみようとは思うけどさ、普通の家庭だからほんの少ししか協力出来ないと思うんだよ。親戚に相談しても微々たるもんだと思うし、どうにか出来たらいいんだけどな」
「そうよね。私も頼んでみたところで昌晃君と同じような感じだと思うからね。正樹君は野菜あんまり好きじゃないからそう言うところでも協力出来ないってのが悲しいよね」
「そんな事言わないでよ。僕だって食べられる野菜はあるから。みさきだってセロリは食べないだろ」
「セロリ以外は好きだもん。飛鳥君のところで何を作ってるか知らないけど、好きな野菜たくさんあるし」
俺達は飛鳥君の家を助けようという気持ちはあるのだが、肝心の飛鳥君の家で何を作っているのか知らなかった。そんな事も知らずにいては十分な解決策を見付けることなんて出来ないんじゃないかと思ったのだが、飛鳥君も全てを把握しているわけではないみたいで大まかに教えてもらう事になった。
メインで作っている物はジャガイモと小麦と蕎麦だそうだ。その辺はほとんど契約していた外食チェーンに行く予定だったそうなのだが、今年の収穫分をどうするのが一番いいのか悩んでいる段階だそうだ。売る先が無いからと言って無料でどこかに配ったりタダ同然の値段で売ることは今後の経営にも影響が出てしまうらしく、今のままではそのほとんどを廃棄することになってしまうそうだ。
丹精込めて作ったものを誰にも食べてもらえずに捨てるしかないというのは俺達男子以上に女子には強く思うところがあったみたいだ。自分たちが作った料理を誰にも食べてもらえずに捨てるようなものだし、そんな事が物凄く身近で起こってしまうというのはとてもつらく厳しいと思うほかなかったのである。
「でもね、父さんの話では今年から契約は切られたけど、契約不履行の違約金は支払われたから何とかなるって言ってたんだよね。来年以降は少しずつ農地や農業機械を売却するから大丈夫だって。従業員さん達には申し訳ないけど少しずつ辞めてもらう事になるって言ってたのが僕の中では一番辛いことなんだけどね。どうしてこんなことになったのかわからないし、出来ることがあったならその時まで戻ってやり直したいって思うんだけどね。そんなことは出来るはずも無いからさ、僕はこの事実を受け止めてしっかりと前に進むことにしたよ。みんなが僕を助けてくれようとしたことは絶対に忘れないし、みんなに何かあった時は僕も絶対力になるからね。でも、そうならないのが一番だと思うけどね」
悔しさで胸がいっぱいなのであろう。飛鳥君は言葉の最後を詰まらせながらもなんとか言い切っていた。俺が飛鳥君の立場にいたとして、あそこまで気丈に振舞うことが出来るだろうか。俺には飛鳥君と立場が変わったとしたら、何も手につかなくなって時が過ぎるのをじっと待っているような気もしていた。ただ、そんな事態になったら妹の璃々が何かいいアイデアを出してくれるかもしれないな。そうだ、璃々は天才で発想力も豊かだから何かいい考えがあるかもしれない。こんな時は使えるものなら何でも使っていいだろう。自分の妹が優秀で良かったと初めて思った瞬間である
「こういうことはあんまり人に言うものではないと思うけどさ、家族に相談してみてもいいかな。父さんは料理人なんでもう相談しちゃったんだけどさ、妹にも相談してもいいかな。いや、俺の妹は俺なんかよりも頭が良くて発想力も凄いんだよ。もしかしたら、俺達には思いつかないような解決策を見付けちゃうかもしれないんだよね。必ずいい答えが出るって断言はできないけどさ、こうして何もいい案が出ないよりはマシかなって思うんだけど。どうかな?」
「僕に気を遣ってくれるのは嬉しいよ。でも、そう言うのはどんどんやってもらって構わないと思うよ。契約が切られて来年から出荷先が無いってのは同じエリア内の関係者たちはみんな知ってるみたいだしね。もしかしたら、この辺りだけじゃないかもしれないし。それに、将浩君の妹さんが優秀だってのは僕も妹たちから聞いてるからね。ちょっと期待しちゃってるところはあるかも。と言うか、妹も相談してると思うんだよね。ごめんね」
「飛鳥君は謝る必要無いよ。飛鳥君に妹がいるとは知らなかったな。妹さんも元魔王だったりするの?」
「いや、残念ながら妹はそう言った記憶はないみたいだよ。僕の妹は前世が植物だったんじゃないかって勝手に思ってるんだけどね」
飛鳥君はそんな冗談を言いながらも少し照れ臭そうに笑っていた。ここ数日は見ることのなかった明るい飛鳥君の姿を見て、俺は絶対に助けないといけないと心に誓ったのだった。
完全に下校時刻を過ぎていたので俺達は一斉に教室を出て校舎を後にしたのだ。こんな遅い時間まで残っていまうとは思っていなかったので帰りの連絡は入れられなかったのだが、玄関で靴を履き替えていると少し離れた位置から璃々が僕たちに向かって手を振っているのが見えた。
「こんな遅い時間まで残ってたんだ。お兄ちゃん達は何してたの?」
「ちょっとな、クラスメートの事で話し合ってたんだよ」
「それってさ、丸山さんの事でしょ?」
「そうだけど、璃々たちのところでも話し合ってたのか?」
「話し合ってたというか、璃々が若葉ちゃんと若菜ちゃんの話を聞いて相談に乗ってたってだけだよ。でも、どうしたらいいか全然わからなかったんだよね。璃々の頭じゃ解決しようにも農業の知識が無さ過ぎるんだよ。お兄ちゃんのところはいい感じになった?」
「全然だよ。璃々なら何かいい案があるんじゃないかと思ったんだけどね。そうそう上手く行くもんじゃないんだね」
俺たち三人はいつもよりも足取りが重いまま校舎を後にした。いつからそこにいたのかわからないが、執事の宇佐美さんが運転する車が待っていた。エンジンをかけてゆっくりと近付いてくる車に向かって会釈をすると俺と目が合った宇佐美さんは少しうつ向いたように見えたが、すぐにいつもの笑顔に戻っていた。
珍しく璃々が後部座席に乗ったので俺は助手席に座ったのだが、車内の四人は一言も言葉を発することも無く神谷家へと向かっていったのだった。
今日はいつもより夕日の存在感が無いまま太陽が完全に隠れてしまったのがこれからを暗示しているようで嫌だった。出来ることならみんなの未来が明るく輝いている日の出のようでいて欲しいと願ってしまったのであった。
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