第20話 メイド三人娘と執事の宇佐美さん

 フランソワーズさん達三人だけではなく、神谷家に仕える何人かの人の協力もあって飛鳥君に起きている問題が何なのか判明したのだ。

 飛鳥君の家は隣町で大きな農場を経営する大規模農家なのだが、今まで取引のあった巨大外食チェーン店との契約を突然打ち切られてしまったそうだ。丸山家の作る作物は評判も良く一般流通にも多少は流れているようなのだが、巨大外食チェーンにおろしていた分があまりにも多すぎるため小売りにおろすことも出来ないそうなのだ。同じ農作物でありながら一般流通に乗せることが出来る量にも限りがあるらしくせっかく作った農作物のほとんどを破棄する必要があるとのことだ。

 お金のことはよくわからないが、今年の分は違約金で何とかなるようではあるのだが、来年以降は作ったところで買ってくれる取引先が見つからなければお金にならないという事だそうだ。作ったものをセリに出したりしないのだろうかと思っていたのだが、丸山家ほどの大規模農家が作った農作物を全てセリに出してしまうと価格崩壊が起こってしまう可能性が高いらしく、今までと変わらない量の取引しか行うことが出来ないという事らしいのだ。

「飛鳥君の家が農家だって全然知らなかったけど、大きい農家も大変なんだね。でも、作った野菜とかを普通に売ったりすることは出来ないのかな?」

「どうでしょうね。丸山さんのお野菜は丁寧に丹精込めて作られているから美味しいんだけど、さすがにあの規模の農場で作られる量を一般家庭だけで消費するというのは無理だと思いますよ。それこそ、丸山さんのところのだけで近隣市町村の全ての家庭の野菜を一年分くらいは賄えると思いますからね」

「そんなに凄いの?」

「凄いよ。正確なことはわからないけど、この家と学校を足して十倍にしてもすっぽり入ってしまうくらい広大な農場があるって聞いたことがありますから。さすがにその規模の農場だとかかる経費も相当なものになるでしょうし、飛鳥さんがあんな風に落ち込んでしまうのも無理は無いと思いますよ。フランソワーズさん達は何か良い噂は聞いてないんですか?」

 綾乃はフランソワーズさんにそう尋ねたのだが、フランソワーズさんからの返事はなかった。隣にいるジェニファーさんとエイリアスさんも黙ったままでいるのだが、それは何もいい話を聞くことが出来なかったという事なのではないだろうか。

「残念ですが、良い噂はありませんでした。むしろ、良くない噂の方が流れてましたね」

「それは事実となりえる噂ですか?」

「そうではないと今は思うのですが、この先はどうなるかわかりかねます」

 フランソワーズさんが聞いてきた噂というのはよくある与太話に近いものばかりだったのだが、その中で気になったモノがいくつかあった。何が気になったのか俺もピンときていないのだが、何となくその噂だけ何かの意図があるように感じてしまったのだ。

「その噂の中にある、競争相手に負けて契約を打ち切られたってのは分かるんだけどさ、普通はそう言うのも違約金を払わなくていいように契約が終わってから打ち切るもんなんじゃないのかな?」

「私達もそれが気になって執事の宇佐美さんに調べていただいたところ、新しく契約した農家がその違約金を負担していたという事がわかったのです。おそらく、丸山様はその事をご存じないと思うのですが、丸山様と外食チェーンの契約を奪い取ることが目的なんだと思いますよ」

「契約を奪い取ったとして、違約金を肩代わりしてたらその人も危ないんじゃないの?」

「今は資金繰りも大変だと思いますよ。ですが、それもすぐに改善される計画だと思われます。私もその辺の事は正直に言って理解しているとは言い切れないので、ここから先は宇佐美さんから説明していただく事にします」

 執事の宇佐美さんは淳二さんよりも少し年下くらいだと思うのだが、とても落ち着いていて何事に対しても冷静に対応している印象がある。時々登下校の際に車の運転をしてくれることもあるのだが、どんな時でも焦らずに冷静に安全運転を心掛けているのだ。みんなで一緒にゲームをやった時も他の人とは違って熱くならずに冷静に勝ちを拾っていくスタイルだったのだが、その様子が出来る男といった感じでとても印象的だった。

「最初に断っておきますが、今から述べることは完全に裏が取れてないものばかりですので私の憶測が多分に含まれているという事をご理解いただいたうえで聞いていただきたいです。まず、丸山様から切り替わった契約先ですが、こちらは丸山様を除く全ての農家が共同で出資している合同会社となっております。全ての規模を合わせましても丸山様の農場よりも規模は小さいと思いますが、今までと同程度の農作物は出荷が可能だと思われます。では、なぜそのような事態になったかと考えますと、私の中で三つほど仮説が立てられました。まず一つ目は、巨大外食チェーンと契約することで安定した収入を得られるという事です。ただ、肩代わりした違約金を超えるような利益が出るとは思えないのですが、ある程度まとまった収入が見込めるという事は大きい事なのだと思います。二つ目は、丸山様に何らかの恨みを持っていて復讐のために手を取り合ったという事です。ですが、これに関しては私の全くの想像で丸山様に対する悪い話というのは聞くことが一切なかったのです。強いて言うのであれば、丸山様のご長男が少し変わっていて関わりたくない。という話を聞いたくらいですね。最後に、これが一番可能性が高いと思いますが、丸山農場を丸ごと取り込もうとしているのではないかという事です。それが個人であるか共同出資している合同会社であるのか、それよりも上の共同体であるのかわかりませんが、丸山様ほどの規模の農場であれば何もしなくてもかかっている経費は莫大なものとなっているはずです。この先しばらくは大丈夫でしょうが、作った作物が売れなくなってしまうと代わりに何か売らなくては支払いも滞ってしまうと思います。その時その時は大丈夫だったとしても、やがては売れるものも無くなり、最終的には今の資産価値よりもかなり安い金額で全てを売却することになるかもしれません。そうなれば、丸山農場が人の手に渡ることになると思いますが、そうなった場合は売却先が共同体にせよ合同会社であったにせよ、違約金を肩代わりした人たちの手に渡ってしまうかもしれません。しかも、その人達は作った農作物の販売ルートもすでに確保しているという状況になるのです。これは私の考えでしかありませんが、近い将来そんなことにならないとも限りませんね」


 宇佐美さんの話がただの妄想で一つの物語なのか本当にあり得る話なのかわからないが、それを信じてみようと思える説得力はあったのだ。いくら調べたところでその答えに行きつくわけではないと思うが、俺も綾乃もクラスメートとして飛鳥君を助けたいと思っている。クラスのみんなもそうだと思うが、最後まで誰一人かけることなく無事に大学まで卒業したいと心から願っているのだ。

 宇佐美さんの話をどこまでみんなにしていいのか悩んでいたのだが、綾乃がそんな事で悩まずに自分が思っていることを言ってもいいと思うと背中を押してくれたのだ。

 もう少しだけ色々な可能性を考えてみようと思ったのだが、俺には飛鳥君の家の状況も周りの農家さんの状況も何一つわかっていないので何も考えることは出来なかった。

 それでも、宇佐美さんの考えた物語は頭の中で何度も何度も思い出しては違うんじゃないかと確認していた。だが、飛鳥君の家の近くの状況を何も知らない俺は宇佐美さんの考えを否定するだけの材料を何一つ持ってはいなかったのだ。

 ただ、それでも俺は飛鳥君の力になりたいと本気で思っていたのだ。

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