第5話 飢饉
その年は夏がそんなに暑くない年だった。その日アタイはいつも通り住処でのんびり過ごしていた。
「ふぁーーーーーーっ。……!?」
アタイはこの住処の洞窟に何者かが入ってくる気配を感じた。
(そういえば、そろそろ貢ぎ物の時期か。)
そう思って威厳を保つため体を起こすと、入ってきたのは一人の少女だった。
「ドラゴンさん、あたしを食べてくださいっ!!」
「はあああぁぁぁぁぁぁっ!?」
思わずアタイは叫んでしまった。
「なんで、アタイがあんたを食わないといけないんだ?」
「だって、今年は不作で、貢ぎ物の牛の生育が悪いし、みんなが食べるものがあまり無いから、あたしが生け贄になれば、ドラゴンさんも、怒り狂って、町を襲わないだろうって、思って。」
年の頃は12~3歳ってところの少女が泣きじゃくりながら答えた。少女はだいぶ痩せておるみたいだ。なるほどなぁ、下界は飢饉でも起こったか。しかし、無理なら無くて構わんと言ったんだけどな……。
「ちょっと待ってな。」
アタイは少女にそう言うと森に向かう。ふむ、確かにいつもより実りは良くないようだな。アタイは木の実をいくらか取って住処に戻る。
「ほら、食いな。」
アタイはそう言って少女の前に木の実をドサッと置いた。少女は目をぱちくりして驚いたあと、少し考えてとんでもないことを言う。
「あたしを太らせてから食べる――――。」
「食べんわ!」
アタイのツッコミに驚く少女。ふむ、あの事は伝わってないのか?
「そもそも、最初に来た娘とは『無理ならば無くて構わん。』と伝えておったんだが。……長い時を経て失伝したか。」
アタイが顎を掻きながら言うと、少女はキョトンとした顔になった。
「じゃあ、あたしを食べないの?」
「食べん食べん、そもそも一度も人を食ったことも人を襲ったことも無いわ。襲ってきたやつらを返り討ちにしたことはあるがな。」
アタイはがっはっはと笑う。それを聞いて安心したのか泣き疲れて気を失いおった。しかしこの住処まで一人で来るなど幸運な少女だ。ふむ、そうだな。
「とりあえず、休ませるとするか。」
アタイは人化の術を使い人の姿になる。そして少女を抱き上げ、暖かい場所に置いて少女の体を包むものを探す。お、そうだ昔来た冒険者が着ておったマントがあったな。あれで包むか。
「これでよし。あとは……そうだなぁ。」
アタイは住処の外に出てアレを探すことにする。しばらくしてアレを手に入れたので住処に戻り処置をして少女が起きるまでにひとつ作業をすることにした。ちゃんと伝わるか微妙だしな。
「ふむ、起きたか。」
少女が目を覚ます。アタイは既にドラゴンの姿になって少女に寄り添って寝転んでいた。
「! あ、あのっ!」
「まあ落ち着いて、先にそれを食え。」
そう言ってアタイは最初に取ってきた果実を指差す。
「え、いいんですか?」
「構わんよ。そもそもあんたのために持ってきたものだ。」
「……そう、ですか。でも町のみんなに悪いですし……。」
「気にするな、ほれ。」
アタイは少女の後ろに置いておいたアレを指差す。
「え?…………ひっ!」
「あのオークをあんたにやるよ。それだけあればとりあえず食えるだろ。」
「…………………………ドラゴン様、ありがとうございます。」
少女はアタイを拝みながら礼を言って、涙を流しながら果実を食べ出す。
半分近く食べると、お腹が一杯になって眠くなったのか舟を漕ぎだす。
「眠いなら眠るがいい。」
「……うん。」
そう言って少女は眠りについた。
「さて、アタイも一仕事するか。」
アタイは少女とオークを抱えて空を飛んだ。
「ふぁああああぁ……。」
「おう、起きたか。」
「はい、おはようぉおおおおおっ!」
少女が女の子らしくない声を上げる。まあ、空の上だから仕方ないだろう。
「今、麓の町まで送っている途中だから暴れないで、落ちるから。」
静かにする少女。たぶんこくこくと頷いているんだろうなぁ。
「じゃあ、町に着いたら町の人にこう伝えてくれる?『今まで存分に貢ぎ物を貰った。今後は貢ぎ物は不要だ。』とね。」
返事はなかった。アタイからは静かに頷いているのか、気を失ってるかわからないからどっちだろ?まあ手紙をオークに付けておいたからちゃんと伝わるんじゃないかな?
しばらく空の旅をして町の広場に降り立ち、少女とオークを置いてアタイは再び空に上がった。さて、ゆっくり寝ようかな。
=========================================
次話から毎週日曜夜9時の公開になります。
と書きながら、次話は”赤竜神祭のいわれ”なんですが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます