第40話 鉄甲船の建造

 ひざまずひたいを床に付けた呉の臣下達しんかたちを前にして、改めて志耀しよう言葉ことばを発した。

皆様みなさま、私を認めて頂いたようですね。それでは、呉の新帝しんていとしての最初さいしょみことのりを出します。すみやかに呉軍ごぐん再編成さいへんせいに取り掛かります。特に水軍すいぐんには、大いに働いてもらわねばなりません。」

「それでは、直ぐに詔文しょうもんの準備を...」

 そう言う張休ちょうきゅうを、志耀はさえぎった。

形式けいしき結構けっこうです。直ぐに各軍かくぐん司令部しれいぶ急使きゅうしを走らせて下さい。」


 その朝、呉水軍ごぐいぐん大提督だいていとくである大史享だいしきょうの元には、陸遜りくそんが訪れていた。

陸遜閣下りくそんかっか拝謁はいえつさせて頂きまことに光栄こうえいきわみです。あの陸遜様に、またこの場に戻って来て頂けるとは....」

 こうべを深くれて直立ちょくりつする大史享だいしきょうの肩に、陸遜は手を置いた。

「大史享。先般せんぱん蜀遠征しょくえんせいは見事だったぞ。」

「何をおっしゃいます。私は下命かめいに従っただけです。私自身わたしじしんは何も決めてはおりません。」

 かしこまる大史恭に向かって、陸遜は賞賛しょうさんを重ねた。

謙遜けんそんするな。下命かめいを受けての行動こうどうとは言え、あのような激流げきりゅうの中で艦隊かんたいひきいて、一艘いっそう転覆てんぷくも出さなかったのは、おぬし的確てきかく指示しじがあったればこそであろう。しかもそののち無事ぶじ船隊かんたいひきいて呉に戻ったまではめてやる。」

 そう言って言葉ことばをかけたのち、陸遜は表情ひょうじょう一変いっぺんさせて大史享をにらみつけた。

「しかし、呉に戻った後のおぬしは何をしておった? 軍というのは、他国たこくと戦う為のみにあるのではない。国内こくない治安保持ちあんほじ重要じゅうよう任務にんむだ。それなのに、今の国のようはどうした事だ。」

 いきなり陸遜から叱責しっせきを受けた大史享は、身をすくませた。

「おしかりはごもっともです。しかし王宮おうきゅうより何の指示しじも無いのに、勝手かってに動く事など出来できませぬ。それに治安ちあんが特に悪化あっかしているのは、主に山岳地帯さんがくちたいです。水軍すいぐん我等われらでは、手の出しようがありませぬ。」

 それを聞いた陸遜の眉間みけんに皺が寄った。

「何をたわけた事を言っている。今のおぬしりくすいの二軍の一方いっぽうを預かる大提督だいていとくなのだぞ。水軍すいぐん機動力きどうりょくを生かして、山賊征伐さんぞくせいばつの為に陸軍りくぐん兵達へいたちを、縦横機敏じゅうおうきびん各地輸送かくちゆそうする事を思いつかなかったのか?」

 陸遜にそう指摘してきされた大史享が、びくりと肩をふるわせた。

勿論もちろん、それは考えました。しかし、今の山賊共さんぞくどもは、投石機とうせききなどの重機じゅうき保持ほじしているやからが多いのです。油を塗り火を付けた大石おおいしを、船に向けて撃ち込んで来るのです。そのような火の弾を受けては、船はひとたまりもありません。かつての赤壁せきへきいくさ以来いらい、船に対しては火攻ひぜめが最良さいりょうという事は、今や山賊連中さんぞくれんちゅうの間でも常識じょうしきとなっております。それがわかりながら、兵を積んだ船団せんだんを、賊の根城ねじろ近くに派遣はけんするなど、自殺行為じさつこういではありませぬか。」

 大史享の反論はんろんに、陸遜はふんと鼻を鳴らした。

矢張やはりそのように考えて、手をこまねいておったのだな。ならば、火攻ひぜめを防ぐ手立てだては考えておるのか?」

「いえ....それは....。いくら考えても妙案みょうあんは浮かびませんでした…..」

 項垂うなだれる大史享の目の前で、陸遜は一本の紙筒かみづつを取り出した。

 そしてその紙筒をほどくと、机上きじょうに大きな図面ずめんを拡げた。

「それでは、私がその手立てを教えてやろう。れを見よ‼︎」

 陸遜が広げた図面ずめん見入みいった大史享の顔に驚愕きょうがくが浮かんだ。

「これは....。まさかこのような手段しゅだんがあったとは...」

 驚愕きょうがくひざを震わせる大史恭に向かって、陸遜が言った。

「そうだ。この鉄甲船てっこうせんならば、火攻ひぜめなどなんなくね返せる。それとこの部分ぶぶんを良く見よ。この船は、二重構造にじゅうこうぞうになっている。賊達ぞじゅたち小舟こぶね大量たいりょう仕立したてて打ち掛かって来た場合ばあいには、外壁がいへきのあちこちからやり一斉いっせいに飛び出る仕掛しかけがほどこされているのだ。れを使えば、船全体ふねぜんたい一瞬いっしゅんにして針鼠はりねずみと化す。賊など何人なんにん来ようとも、誰一人だれひとりとして船上せんじょうに乗り移って来る事など出来できぬ。」

 図面ずめん見入みいる大史享の顔からは、いまだに驚嘆きょうたんが消えない。

れは、確かにすごい...。陸遜閣下りくそんかっか承知しょうち致しました。三ヶ月さんかげつうちに、この図面ずめんを使った鉄甲船団てっこうせんだんそろえてご覧にいれます。」

 そう言って胸を張った大史享に向かって、再び陸遜の怒声どせいが飛んだ。

「何...三ヶ月さんかげつだと...。何を悠長ゆうちょうな事を言っている。一ヶ月いっかげつ仕上しあげるのだ。基本きほんとなる船は、すで造船所ぞうせんしょ何艘なんそうかはあるであろう。船に鉄板てっぱん調達ちぃうたつする時間じかんが無いと言うなら、ある所から持って来い‼︎ それがある場所ばしょは、お前も知っておろう?」

 またしても飛んで来た陸遜の怒声どせいに、大史享は再び身をすくませた。

「し、しかし、閣下かっか。私には、鉄板てっぱんの多くある場所ばしょなど、とんと思い浮かびませぬが...」

 陸遜は、更に声を張り挙げて大史享をにらみつけた。

「お前は、何度なんど王宮おうきゅう伺候しこうして、何をていたのだ。王宮おうきゅうかこへい、門の屋根やね宮殿きゅうでん彼方此方あちこち鉄板てっぱんなど、いくらでもあるではないか。即刻そっこくそれを引きはががして、造船所ぞうせんじょへと運ぶのだ。」

 大史享は、陸遜の言葉ことば唖然あぜんとした。

「か、閣下かっか…..そのような無茶苦茶むちゃくちゃな事をおっしゃられても……」

 そんな大史享には一切耳いっさいみみを貸さず、陸遜は言葉ことばを続ける。

「お前には、盗賊とうぞく脅威きょうい日々怯ひびおびえるたみ悲鳴ひめいが聞こえぬのか? 軍は何の為にあると問うた先程さきほどの私の言葉ことばを、お前は聞いていなかったのか?」

「し、しかし...許可きょかもなく、そのような勝手かって真似まねは...」

 大史享は、困惑こんわくして、途方とほうれた顔になった。

 その時、会議室かいぎしつの扉が開き、一人の将校しょうこうあわてて飛び込んで来た。

大提督だいていとく‼︎ たった今、新しき帝(みかど)が推戴すいたいされました。新帝しんてい最初さいしょ詔勅しょうちょくです。全ては陸遜閣下りくそんかっか指示しじに従え...とのお達しです..」

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