第84話

「ドライブ行って来たんですか?」


 お店の開店は十時から。その準備のため火曜日の九時に出社した私は二畳程度しかない女子用の更衣室で一緒になった茜さんに声を掛けた。ツナギに着替えようと茜さんは下着姿になっている。確かにブラもショーツも緑色だ。



「行ったよ。SA(エスエー)とね」と一言呟いてから茜さんは私の顔を見た。

「SAって、もしかして彼のイニシャル?」


「ブ~ッ!セブンの型式。それはそうとそっちも行ったんでしょ?」


 やっぱりお見通しだったかと、私はとりあえずと応えた。すると私のロッカーを覗き込み、


「やっぱりツナギ置きっぱなし。いくら替えがあっても二つ一緒に洗濯したら乾かないよ。同じのを二日着るんなら話は別だけど」


 茜さんはニヤッと笑い、売り場に向かいながら独り言のように呟いた。


「でもさすがにデートにツナギは持っていけないよね~。あ~今度あの白いブルの彼が来たら言っちゃおう。由佳理って同じツナギ二日も三日も着てるんですよって」


「ちょ、ちょっと茜さん。三日なんてないですから!」



 実際、茜さんも梅雨時などは乾かないから二日着たとか、仕方なく暑いのを我慢して冬のツナギを着たなんて話はしていた。それぞれもう一着あると良いとつい思ってしまうのは私だけだろうか。




 朝の掃除は当番制で今日は私が駐車場を受け持つ。と言っても掃き掃除ではなく目についたゴミなどを拾い集める程度だ。ツナギに着替えた私は箒と袋を持って外へと出て行く。私の姿を確認するとピットに居た横沢さんが挨拶とばかりに一方の手を腰に当て右手を大きく振っている。


「おはよ~っ!」


 ゼスチャーも然ることながら声も大きい。ひょうきんで何かと大げさな人である。そして、チョコンと手を挙げて顎だけ動かすのが元木さん。こちらは対照的に地味というか地味過ぎる人だ。まるで明と暗。これでうまくピットのバランスが取れているのだろう。



 挨拶を返してから掃除を再開した私は駐車場の端まで歩いて、そこでしばし立ち止まる。ここに白いブルーバードが止まっていた。そんなことを考えてボーッとしていた時、


「由佳理~っ!ボーッとしてないで。ミーティングが始まるよ!」


 茜さんが店の扉の前で声を張り上げた。いけないと私は急いで店内へと走った。



 店長の杉山さんを前に五人が整列する。開店五分前に毎朝決まって行われるミーティングだ。ただ、これと言った話はなく一分もあれば終わる。どちらかというと挨拶と言った方がいいかもしれない。時間に合わせて私は自動ドアのスイッチを入れる。火曜ということもあって駐車場にお客さんの車は無かった。




―――「じゃ~、看板娘が二人いなくなると売り上げダウンしちゃうけど、桑子さんと川島さん、昼飯にしてくれ」


 店長の杉山さんから声が掛かる。私と茜さんが揃ってお昼にするときは、大抵こんな台詞で、もう何十回と聞いている。


「もぉ、店長の看板ってだけでお昼かって分かるよね」


 八畳程度の事務所のテーブルに着くと茜さんが呆れたように笑う。お弁当を広げながら私は頷いた。一口、二口とご飯を運んでいると思い出したと茜さんはもぐもぐしながら訊ねて来た。

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