Yの翼

ちびゴリ

第1話

 今の季節にピッタリな真っ青の中に白い雲が描かれたカーテンを見つめながら、私はそっと吐息をつく。誰にも聞こえないような弱々しさだったのに、静かな部屋では無理があったのか、それまでマンガに神経を奪われていたはずの梨絵りえが不意に顔をあげた。


「どうしたんですか?先輩」


「え?どうしたって…なに?」


 何食わぬ顔で惚けてみたものの、こんな時は付き合いの長さが出るのだろう。梨絵とは小学六年からもうなんだかんだ四年。人生経験を積まれた人からみれば、まだまだひよっこの部類だけど、私達の四年はそれなりに長い。


「心がどこかに行っちゃってるって感じでしたよ。あ…もしかして南崎みなみざきさんのことだったりして?」


 中学三年と言ってもやはり女は女。そのわずかの吐息に女の勘でも閃いたようだ。私はあえて否定もせずに顎を少しだけ引いてテーブルの上に置かれたジュースに手を伸ばす。暑さからかちょっと前に入れたはずの氷がだいぶ小さくなっている。安いオレンジがさらに安っぽく感じた。


「うまくいってないんですか?」


「うん‥‥‥‥っていうか、そろそろ終わりにしようかなって―――」


「別れちゃうんですか?なんか良い人そうな感じですけどね。割とカッコいいし」


「梨絵ちゃんが付き合っちゃう?」


 突然の言葉に梨絵はグラスに伸ばしかけていた手を慌てて引っ込める。少し触れたのかグラスの中のジュースが波打った。


「もう~。気を付けてよ。それ零したりしたら夏休みの宿題台無しだから」


「だって先輩が驚かすようなこと言うから――」


 同じ地区だけど、梨絵とは一つ違い。私も去年までは同じ西中に通ってたけど、今は市内にある私立の女子高の一年生。


 名前は川島由佳理かわしまゆかり。来年受験を迎える梨絵は言ってみれば妹分のような存在で、大量に出された宿題を片付けようと朝の早い時間から私の部屋にやって来たのである。


「それにしてもアッツイね」


 網戸の向こうからはセミの声が暑さに拍車をかける。時折うるさくて集中できないくらいだけど、これも毎年のこと。


「先輩、やっぱり高校になると勉強も難しいんですか?」


「そうねって言いたいところだけどさ。中学だって難しかったからたいして変わらないよ」


 ふ~ん、と言いながら梨絵は私の開いたままの教科書に目を向ける。


 低レベルの私が合格したくらいだし、行く前からバカ高ってレッテルはどこよりも高く響き渡っていた。稀に場違いな人もいるけど、大抵はバカ丸出し。授業中はスカートをまくり上げて下敷きでパタパタ扇いでいるし、生理の時は開けっ広げに『赤マン』なんて口にする。


 そんな学校だからちょっと男が替わっただけですぐに『ヤリマン』扱い。これだけは気を付けなければならない。

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