『主役は貴女です!』

長岡更紗

主役はあなたです!

「さっきから一人でここにいるな」


 一人の男が貴女に話しかけてきた。とても背の高い、ランディスの街では有名なオーケルフェルト騎士隊の服を纏った青年だ。


「リックバルド班長、どうしたんですか?」


 その後ろから、また別の騎士が現れる。貴女とそう年は変わらないだろう。涼しげな目元の、素敵な男性だった。


「この女がさっきからここに座っているのでな」


 リックバルドと呼ばれた男が、貴女に目を向けてそう言った。彼は背が高く威圧感があるので、少し恐怖を感じてしまった貴女は、自然、もう一人の男に目を向ける事となる。


「ん? 気分でも悪いのか? 大丈夫?」


 そちらの男の物腰は柔らかで、貴女はホッとしてうずくまっていた理由を話した。


「足、挫いちゃって……動けなくて……」


 なんと貴女は新しい靴を買って浮かれていたら、その靴が足に沿わずにグキンと捻ってしまったのである。

 痛くて情けなくて、でも動けなくて。ちょっと涙が出て来そうになった所で、彼らに声を掛けられたというわけだ。


「セルク、家まで送ってやれ」

「はい、リックバルド班長!」


 リックバルドは青年にそれだけ告げると、見回りに戻っていった。セルクと呼ばれた彼と一緒にリックバルドを見送った後、貴女とセルクは視線を合わせた。


「大丈夫? ちょっと足見せて」


 そう言いながらセルクは貴女の足にそっと触れる。激痛が貴女を襲い、体がビクッと勝手に震えてしまった。


「ごめん、痛かったか。めちゃくちゃ腫れてるな。医者に診せた方がいいよ、これ」


 そう言ったかと思うと、セルクは貴女を抱き上げた。いきなり体がふわりと持ち上がり、貴女は「きゃっ」と可愛い悲鳴を上げてしまう。


「お、おろして……歩けますからっ」

「歩けないから座ってたんだろ?」


 セルクが不思議そうな顔を向けたので、貴女は口を噤んだ。肩でも貸してもらえれば歩けるはずだが、それを言うのはやめる事にした。セルクの顔は、貴女の好みのどストライクだったのだ。近距離で見る彼の顔に、貴女はポーッとなってしまう。


「俺の顔になんかついてる?」

「え、いえ……」


 貴女は顔を赤らめてセルクから目を離した。それでもチラチラと見てしまっていたけれど。

 彼は病院に貴女を連れて行ってくれ、診察の合間も付き添ってくれた。

 そして支払いの段階になって、貴女は財布の中身が寂しかった事に気付く。


「三千ジェイアになります」


 会計で金額を告げられるも、残念ながら貴女の財布の中には、千ジェイア札が一枚しか入っていなかった。どうしようかと青ざめていると、隣からそっとセルクが二千ジェイアを足してくれる。


「ご、ごめんなさい! 必ず返すんで!」


 貴女が頭を下げると、セルクはニッコリ笑って頷いてくれた。

 そしてまたお姫様抱っこをされて家に帰ってくる。扉の鍵を開けると、中のソファまで貴女を運んでくれた。


「あの、ちょっとお金を取って来ま……っつ!」


 無理に立とうとすると、足が痛みを訴えてくる。貴女は顔を歪めて、また椅子に座る事となってしまった。


「ああ、お金はいつでもいいよ」

「そんなわけには……」

「お金の在り処を知られるのも嫌だろうし、また今度で」

「はい、じゃあ……すみません」


 貴女が謝ると、セルクは帰りかけて足を止めた。


「ああ、君の名前を聞いてなかった。俺はセルク。君は?」

「私は……」


 貴女は自分の名前をセルクに告げた。アンゼルード帝国では馴染みのない貴女の名前を、 彼は復唱している。


「なんか、不思議な響きの名前だな」

「私はずっと東方の出身だから」

「そっか。でも可愛いよ。似合ってる」


 貴女は自分の名前を褒められて、嬉しくて微笑みを見せた。そしてセルクがまた貴女の名前を呼び、彼も嬉しそうに笑った。その顔を見て、貴女の心臓は勝手にドキドキと打ち鳴らしている。


「また来ていいか?」

「え、あ、もちろん。お金を返さなきゃいけないし……」

「そうじゃなくて……これで終わりなのは勿体無いっていうか」


 貴女はセルクの言っている意味が分からず、首を傾げた。すると彼は逡巡するも、意を決したように貴女に向き直った。


「君が気になるんだ。友達からでいいから、仲良くしたい」

「え……え!?」


 貴女はとても驚いてしまった。貴女好みの顔をしたセルクが、直球を投げ込んで来たのだ。


「明日、仕事が終わった後、来てもいいか?」


 貴女はなんとかコクコクと頷いた。貴女も同じ気持ちだったのだ。これで終わりなのは勿体無い。友達からでいいから仲良くしたい、と。

 セルクは「ありがとう、じゃあな」と言った後、貴女の名前を口ずさむように声にして、帰って行った。

 貴女の胸はまだドクドクと強く脈打っていた。


 それからの貴女とセルクは、毎日のように会った。足が治れば、一緒にお出かけもした。

 セルクは貴女にとって、まさに理想的な男性だった。彼といるだけで胸がいっぱいになり、幸せな気分で満たされる。


「ねぇ、セルク。来週の月光祭、一緒に見て回らない?」

「ああ、ごめん。その日は俺、仕事なんだ。オーケルフェルトの騎士は全員警備に当たることになってて」

「あ……そうなんだ……」


 貴女はガックリと肩を落とす。月光祭は年に一度の大きなイベントだ。セルクと一緒なら、絶対楽しめたはずなのに。

 そんな風に気落ちする貴女に、セルクは優しい目を向けてくる。


「月光祭は夜七時に終わる。八時には警備の仕事も終わるから、それから会ってもらってもいいか?」


 セルクの問いに、貴女は仕方なく頷いた。一緒に月光祭を回りたいのであって、月光祭が終わった後に会ってもあまり意味は無い。それでも会わぬよりかはマシかと、貴女は承諾したのだった。


 月光祭当日。

 貴女は女友達と月光祭を楽しむ。特にオーケルフェルト騎士隊の隊長シェスカルと、班長リックバルドが行う模範演武は凄かった。セルクと一緒に見たかったなという思いが心に舞う。

 祭が終わると貴女は家へと帰ってセルクを待った。

 八時をいくらか過ぎた時、ようやくセルクが家に現れる。騎士服姿の彼はとても格好良く、何度見ても惚れてしまう。


「ごめん、遅くなった」

「ううん、大丈夫」

「行こう」


 セルクはいきなり貴女の手を取り、グンッと引っ張ってくる。


「どこ行くの?」

「劇団タントール」

「タントール?」


 ここランディスの街では有名なアマチュアの劇団だ。貴女も何度かその劇団に足を踏み入れた事がある。タントールの太陽組にはルティアという可愛らしい女優がいて、貴女も大好きだ。

 しかし今日は祭りで一日中劇団を解放していたため、夜の講演はなかったように思った。セルクは何故、劇団タントールへと向かっているのだろうか。

 劇場の中に入るも、観客席に人影はなかった。しかしセルクは気にもせずに一番前の席に貴女を座らせた。


「ちょっとだけ、待っててくれ」


 それだけ言うと、セルクは何処かへと消えてしまった。暗い観客席には、貴女一人。

 いきなり意味も分からずに連れて来られて、貴女の不安は増していく。

 ほんの少しセルクを恨みかけた所で、舞台の幕が上がった。

 そこには、リカルドという太陽組の劇団員が立っている。彼もまた、セルクと同じ騎士服を纏っていた。


「嗚呼、名も知らぬあの人の事が忘れられない。森で怪我をしていた私を手当てしてくれた、あの天使のような人。今はどこにいるのだろうか……」


 そんな風に劇は始まった。何事だろうと思いながらも、貴女は舞台に釘付けになる。

 リカルド扮する青年は、想い人を探す旅へと出ていた。道すがら、色んな人へと聞き込みを行っている。


「東方の顔立ちなのだ。そして清い心を持っている」

「知っているわ! この人じゃなくて?」


 唐突に後ろから声がした。いつの間に後ろの席についていたのか、ルティアという女優が貴女の両肩を叩く。


「え、わ、私!?」

「嗚呼、まさしく! まさしく貴女だ!」


 困惑する貴女を、ルティアは手を引っ張って舞台に上げてくる。オタオタしながら目を泳がせていると、リカルドが跪いて貴女の手を握った。


「っひゃ」

「この髪、この目、この東方の顔立ち。ようやく見つけた。どうか私の花嫁となってください」

「っふぇ? ええーー!??」


 どう答えていいか分からずあたふたしていると、「ちょっと待ったー!」と舞台袖からセルクが現れた。

 貴女は状況が理解できず、目を白黒させる。


「その人は、俺の想い人だ。貴殿に渡すわけにはいかない!」

「ほう、私に楯突こうというのか? 面白い。剣を抜け。ようやく見つけたこの方を、お前などに取られてなるものか」


 何故かリカルドとセルクは剣を抜いた。

 と言っても、どうやら刃は潰してあるようだ。模擬剣という物だろう。当たれば痛いに違いはないが。


「まぁ、貴女を奪い合って決闘が!? 危険ですわ、少し下がりましょう」


 ルティアに言われ、彼女と共にまたも観客席に戻る。舞台を見ると、二人は剣を抜いたまま睨むように対峙している。


「本気で来い、セルク。彼女に良い所を見せたいんだろう?」

「……行きます、リカルド班長!」


 何だ何だ、何がどうなっているんだと状況を整理する前に、セルクがリカルドへと斬り掛かる。

 リカルドはそれを受け止め薙ぎ払い、セルクの繰り出す攻撃を易々と切り返している。


「どうした! お前の力はこんなものか!? 本当に私が彼女をもらってやろうか!」

「っぐ!!」


 リカルドは攻撃を受けるだけでなく、セルクに太刀を浴びせに掛かる。セルクはどうにかその剣を受けるも、劣勢なのは貴女でも分かってしまう。


「セ、セルク……」


 貴女の口から、思わず彼の名前が漏れた。いつの間にか握られていた拳には、汗がじっとりと滲んでいる。


「嗚呼、駄目だわ。そんな小さな声では彼には届かない。貴女は誰に勝ってもらいたいの!?」


 ルティアに体を揺すられるように問われ、貴女は「セルク……」と小声で答えた。


「言葉には力が宿ります。もっと大きな声で、彼を応援してあげて!」

「セ、セルク…ッ」

「彼が負けても良いんですか!?」


 ルティアの怒気の籠った声に、貴女は思わず顔を上げて叫ぶ。


「セルクッ!! 頑張って!!」


 こんな声が出せるのかと思ったくらい、貴女の声は大きかった。

 その言葉がセルクに伝わった瞬間、彼の表情は精悍さを増し、押されるだけだった剣を巻き返している。


「セルクーー」


 もう一度彼の名前を叫んだ時、セルクはリカルドの剣を弾き飛ばし、その喉元に剣を突きつけた。

 弾かれた剣は舞台上でクルクルと回り、やがてその動きは止まった。

 セルクの肩はゼェゼェと大きく上下している。


「……まいった」


 リカルドが手を上げながら言うと、セルクはその剣をカシャンと鞘に戻す。

 彼はまだ大きく息をしながら貴女を見つめ、その名前を呼んだ。自分の名前を突如呼ばれた貴女は驚き、「はい」と背筋をシャンと伸ばす。

 セルクは舞台を飛び降り、貴女の前まで歩を進めて来た。激しい剣技の後のせいか、その顔は上気している。


「俺は……」


 何を言われるのかと、貴女はドキドキする。

 セルクは、貴女の瞳を逃すまいと真っ直ぐに見つめ。


「俺は、君が好きだ。結婚を前提に、俺と付き合って下さい」


 そう、言った。

 大好きな人からの告白に、貴女の顔は一瞬で燃えるように熱くなる。


「セルク、私……」

「駄目か?」


 その問いに、貴女は首を横に振った。驚いて、でも嬉しくて、顔がニヤニヤしてしまいそうになりながら。


「よ、よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げた。

 ホッとしたように微笑むセルク。そして彼は貴女を優しく包んでくれた。

 セルクの温かい腕の中で、ドクドクと激しく波打つ鼓動を聞いて、彼がどれだけ緊張していたのかが伝わってくる。

 貴女はそんな彼を心の底から愛おしく思い、ギュッと抱き締め返した。

 いつかセルクと結婚する事を、夢見ながら──。



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『主役は貴女です!』 長岡更紗 @tukimisounohana

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