第11幕 筋肉の果てに

「ヌハハハハ! これで完全に私の勝ちだ!」


 松千代マッチョ成蔵なるぞうと番所蝶介の筋肉対決が終わりを迎えようとしていた。お互いに上半身は裸。そして圧倒的筋肉量を誇る松千代(そりゃそうだ、実態を持たない霊的な存在だし、魔力を使って筋肉を好きなだけ盛ることができるのだから)が、ずっとポージングを繰り返している。一方の蝶介は勝ち目がないと悟ったのか、立ったまま下を向いて悔しそうに両手の拳を握りしめていた。


 ――ちくしょう! 今の俺の筋肉では松千代成蔵に……勝てねぇ!

 相手が魔法を使って筋肉を増量しているとわかっていても、それでも勝ちたかったのだ。


「番所君……」


 マジカル・エターナルが心配そうな面持ちで蝶介を見つめる。補助魔法で筋肉を増量させる方法もあるのだが、現在、言葉が「マッチョの呪い」にかかっているので使えないし、そもそも蝶介がそれをよしとしない。彼女はただ、見守ることしかできなかった。


「これが最後のポージングだ!」(決して物理攻撃はしていない。あくまでポージングしかしていないのだ!)


 松千代がそう言って、両腕を高く持ち上げたときだった。眩しく、暖かな光が辺りを包み込んだ。そして松千代の体が、まるで水分が蒸発するかのうにだんだんと分解されて宙に消えていく。


「な、なん……だと?」

 何事かとその場にいた全員が驚いたが、エターナルが状況を察して言った。

「プリンセスたちが封露照印プロテインをとりもどしてくれたのね!」

「まだダァ! 世界を筋肉で染めるまで私は……消えるわけには……!」


 松千代の必死の抵抗も虚しく、みるみるうちに邪悪なオーラは剥がれていき、そして完全に消え去った。松千代がポージングをしていた場所には、元の体の持ち主である綾小路仲麻呂が、ムキムキになる前ので立っていた。


「ありがとう……夢野李紗に夢野真弥……」

 松千代に体を乗っ取られていた間も、仲麻呂は意識があった。だから魔法少女たちに第8話で語りかけることができたのだ。一部始終を見届けた彼は、感謝の気持ちをしっかりと言葉に表した。


 一方、戦いを終えた蝶介のもとへエターナルが駆け寄る。

「ふう、これで一件落着……だな」

「ええ、番所君……お見事だったわ」

「いや……今回の件で俺の筋肉もまだまだだってことがよく分かった。もっと筋トレをしなければいけないな」

「……(あんまり筋肉の話題を広げたくないため、ノーコメント)」


 そして蝶介とエターナルが空を見上げる。その方向から、空を飛んで戻ってくる二人の魔法少女の姿が確認できた。マジカル・プリンセスとマジカル・イノセントだ。彼女らが松千代神社まで行き、封露照印を取り戻してくれたからこそ、今回の勝利があったのだ。


 だんだんと二人の姿がはっきりと見えてくる。

 あれ、なんか二人の姿がおかしい気がする。

 どうしてんだろう。

 太陽の光で少し大きく見えているとか……?

 いや、あれは目の錯覚なんかじゃない、実際にんだ!


 しかし何事もなかったかのように、プリンセスとイノセントは音も立てずに蝶介とエターナル、そして仲麻呂の前に舞い降りた。

「ただいま、戦ってくれてありがとうね蝶介。あ、きみまろ君も元に戻ったのね」

「エターナル、お怪我はありませんでしたか?」


 二人はそう言って仲麻呂に封露照印を返した後、なにか様子のおかしい蝶介たちに気づく。「どうかしましたか、蝶介?」「何よ、言いたいことがある顔をしているわね」


 二人の問いに、蝶介が恐る恐る尋ねる。

「ふ……二人ともどうして半分だけマッチョなんだ? それは新しい魔法か何かなのか?」

「ん?」


 蝶介に指摘されて初めて、プリンセスとイノセントは自身の体が半分マッチョだということに気づいたのであった。

「ぎゃああああぁぁぁぁ!」

 時間の止まった世界に、二人の悲鳴にも似た叫び声がこだました。

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