第2幕 マッチョの見過ぎにご用心

 夢野ゆめの李紗りさとの運命的な出会いから数ヶ月後。

 なんと驚いたことに彼女の妹も転校してきた。妹の名は夢野真弥まやというらしい。顔立ちは姉の夢野李紗にそっくりで少し幼な顔で、さらさらの黒髪、おまけに性格も穏やかって……これはまさに僕のために生まれてきてくれたといっていいのではないだろうか? 恋のキューピッドがハートに矢を射るといった表現がよく使われるが、これは違う。ど真ん中ストレートの直球が僕の心臓をえぐり取っていった。


 なのに、なのに、どうして転入先がまた隣のクラスなんだよォ! 妹だから学年が違うだろ、学年が! 神様はどうして僕にこうも試練を与えるのか……そうか、そういうことか。容姿端麗成績優秀品行方正な僕なら簡単に恋は実ってしまう。だからこそ、こういった試練を乗り越えて強くなって欲しいというメッセージなんだ。敢えてね。


 そうして、僕は夢野李紗と夢野真弥が二人揃って廊下を歩いているときに、また声をかけた。


「やあ、夢野李紗に夢野真弥」

「あっ、あのときの……きみまろ君だっけ」

「誰ですか、お姉さま?」

「えっとね、私のことが好きみたいなんだ」

「あら、お姉様には蝶介がいるではありませんか」

「はぁ、蝶介? まあ、悪くはないけど別にねぇ」


 二人は僕のことなど眼中にないと言った感じでどんどん話を進めている。し・か・も! 僕の名前はきみまろじゃない! なかまろ! どこかの漫談師と同じになってしまってるじゃないか! 少し気にしているんだから! っていうか、夢野李紗は蝶介……番長のことが好きなのか? あんな人殺しのような顔のどこがいいっていうんだ!


「で、きみまろさんが私たちに何かご用ですか?」

 うっ、夢野真弥の純真無垢な瞳が神々しい! もうきみまろでもなんでもいいや、僕は二人に思いの丈を話した。


「この容姿端麗成績優秀品行方正なこの僕が、二人を彼女にしてあげよう。どうだい、光栄だろう?」

 また僕は両手を広げて、「いつでもこの胸に飛び込んでおいで」と普通の女子ならその場で目をハートにしてメロメロになってしまう台詞を口にした。これにウインクをつければ文句なし。これが僕なりの海外仕様の口説き方だ。たとえ夢野李紗と夢野真弥だってイチコロ……のはずだったのに。


「お姉さま、きみまろさんは私たち二人を彼女にしたいようですわ」

「いいわ、真弥に譲ってあげるわよ」

「いえいえ、お姉さまを差し置いてそのような真似はできませんわ!」

「えー、いやよ」

「なら私もお断り致しますわ」

「えっと、じゃあきみまろ君、そういうことだから!」


 なん……だとBLEACH。この僕のメロメロワードとウインクが全く通用していない……だと? 若干のショックを受けながら、僕は二人に尋ねた。


「な、なぜなんだ。この容姿端麗成績優秀品行方正な僕のどこが気に入らないというんだ?」

 すると、「どこって……えっと」と二人は僕の顔を体をじろじろと見始めた。

「別に顔が悪いとか、性格がどうとかいうことじゃなくてね、なんかのよ」

「お姉さま! 私も同じ意見ですわ、毎日蝶介ちょうすけ秀雄ひでおお兄様の体を見ているから、何かおかしいと感じていました!」


 ほ……だと……? この僕の体が……? 二人が何を言っているかわからず戸惑っていると、後方から野太い声がした。

「おう、リーサとマーヤ。こんなところで何してるんだ? 誰だこいつは」

「あっ、蝶介! ちょうどよかったわ。いまあなたの話をしていたところよ」

「俺の?」


 なんかデカい生き物が俺の横を通り過ぎ、夢野李紗と夢野真弥の横に立つ。こいつは……隣のクラスの番所ばんしょ蝶介ちょうすけ、通称「番長」じゃないか! 金髪をカチューシャでオールバックにして、なんか目つきも悪いし、体はムキムキでごついし……あ、これ僕は殺されてしまうパターンなのか……?


「きみまろ君、ごめんね。私たちちょっと蝶介たちと話があるから!」

「きみまろさん、それではこれで失礼いたします」

 夢野李紗と夢野真弥は番所蝶介とともに、僕に背を向けて去っていった。廊下には僕だけが一人取り残された。


 そうか、そういうことか。あの二人は番長のような筋肉ムキムキの男が好きだというのか。……いや違う。僕の天使は悪魔にその羽をもぎ取られようとしているんだ。僕が番長以上のムキムキになって、二人の天使を救わなければいけないんだ。

 気がつくと僕の肩がブルブルと震えていた。これは失恋のショックなんかじゃない。これから僕が番所蝶介という悪魔を退治する前の……武者震いだ。

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