ヴィクトリアのやるべきこと
結局レスターは、頑として支援を断り続けた。都合が悪い訳でもなく、これが自分の中でのけじめなのだと言い張って。
強要するものでもないため、ヴィクトリアも引き下がらざるを得なかった。近々夜会を開くので出席してほしい、と父に貰っていた招待状を手渡すと、そちらは受け取ってもらえた。
レスターの考えは分からないが、それはヴィクトリアのような外野の人間には推し量れないものだろう。頑固な職人ならこれまでにもたくさん見てきた。そういった領域に手を出すには、いささか距離が遠すぎる。
落胆しながらも、ヴィクトリアはいち観客として応援することを伝えて、劇場を後にした。
支援に関しては、ほとんど趣味のようなものだから別に構わない。ただ、彼に根回しの協力を依頼できなかったのは惜しい。
考えるべきことはたくさんある。
婚約内定の噂を流す手段を増やさねばならないし、帝国の動向にも目を光らせなくてはならない。植物園での邂逅から音沙汰のないハーバートも気になる。
それに、長期休暇の終わりにある裁判の準備もしなければいけない。証言をするのに、こちらの持つ情報をまとめておかなければ。
屋敷に戻っても考え込むヴィクトリアに、リアムがハーブティーを淹れてくれた。鼻をくすぐるカモミールの香りが優しい。
「お嬢様、少し休憩されては?」
「そうね、ありがとう」
心配そうなリアムに笑みを返し、ヴィクトリアはカップを手にしたままソファーに深く体を預けた。
「ユージェニーに申し訳ないわ。せっかく遊びに来てくれたのに、いろいろと面倒なことになってしまって」
「お嬢様の責任ではありません」
すかさずそう言ったリアムに、ヴィクトリアも軽い口調で返す。
「リアムのせいでもないわよ?」
「……」
押し黙るリアム。
「大恩あるアイラ家やお嬢様を、私の個人的な事情で煩わせるなんて、というところかしら? あなたの考えていることくらい分かるわ」
「ぐ……」
小さく呻いた反応から察するに、まるっと正解のようだ。
幼い頃から誰よりも近くにいたのだ。それくらい読めるに決まっている。
「気にするな、と言っても気になるのでしょうけれど。ハーバートだけど、しばらくは何もしてこないはずよ。今は準備期間のはずだから」
「準備期間……。ですが、奴の居場所もまだ掴めておりません」
「あの男がどう出てこようと、わたくしとリアムの婚約が内定していること、リアムがそれを望んでいることが広まれば、そうそう手出しできなくなるはずよ。弟の意思を無視して無理やり連れ帰るなんて普通はしない」
その可能性がまったくないとは言わないが。だが力づくで連れ去ろうにも、リアムを拉致するような実力の人間はそういない。
ただ、弟を探していた理由によっては、向こうの取る手段も変わって来るだろう。
気を抜くことはできない。すべてを警戒しなければ。
「ヴィクトリアお嬢様……。どうか、無理はなさらないでください」
気づけば、リアムがじっとヴィクトリアを見つめていた。
「お嬢様と私には、そもそも血の契約がございます。婚約のことが奴に伝わらずとも……、我々の契約が破られないことは、証明されているではありませんか」
ヴィクトリアは机の上に置かれた宝石箱に視線を向けた。
中には、ヴィクトリアとリアムが交わした主従契約の魔法スクロールが収まっている。ギルバートに上書きされながらも、消えなかった強い契約の証が。
「リアム、わたくしの従者」
両手を伸ばすと、リアムが丁寧にカップを受け取ってテーブルに置き、ヴィクトリアの傍に体を寄せた。
その頬を包み込んで、滑らかな肌を撫でる。
「言ったでしょう。わたくしは、もう二度とあなたを奪われたくない。従者としても、婚約者としてもよ。リアムが生家に連れ戻されるのも、わたくしが別の男と婚約をすることも、絶対に許容できないわ。お父様が動いてくださっているけれど、わたくしにできることはすべてやるの」
父は父で、アイラ家に仕える各家の当主たちに通達をしてくれているだろう。ヴィクトリアがやっていることは、その補強だ。たとえこの領地の中だけでも周知の事実にしておけば、外部から何かを言われても容易く跳ね除けることができる。
大切なものを守るため、手を抜くことはヴィクトリア自身が許さない。
「安心して、リアム。あなたが願う限り、主人たるわたくしが、あなたを守ってあげるから」
目を閉じて撫でられていたリアムは、嬉しそうにしながらも渋い声を出した。
「お嬢様、お言葉ですが、守るのは私の役目ですよ」
「ふふふ、そうね」
「覚えておいてください。お嬢様には私がいます。旦那様や奥様もお嬢様のためにお心を砕いていらっしゃいます。ユージェニー嬢だって、喜んで力を貸してくださるでしょう。他の使用人だって、全員がお嬢様をお慕いしているのですから」
ヴィクトリアが手を離すと、リアムが追いかけてきてその手を握った。
「いつでもご命令ください。私はお嬢様の従者です」
「……ええ。頼りにしているわ」
まっすぐ見つめてくる赤い瞳に、何故か胸が締め付けられるようだった。
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