第二章
恋人同士の二人
目の前に広がる煌びやかな世界。演者たちがくるくると舞台を舞い踊り、見事な音楽と舞台装置が観客の耳と目を楽しませる。
ヴィクトリアはうっとりと目を細めて、感嘆のため息を吐いた。
「とても素晴らしいわ。劇団は以前からお気に入りの所だけれど、これは劇作家の腕も見事ね。なんという方かしら」
いつもならばすぐに答えてくれる声が聞こえず、ヴィクトリアは隣を見た。
「リアム?」
「えっ、あ、申し訳ございません……」
肘が触れそうなほど近くに座っているリアムの顔には汗が浮かんでいた。不必要な程に肩が張り、背中には固い棒が差し込まれたかのよう。誰が見ても、緊張していると分かる姿だ。
リアムの代わりについてくれている侍女が、微笑ましげな顔をしている。
今日はヴィクトリアとリアムのデートなのだ。それもリアムの方から誘ってくれたので、ヴィクトリアは朝から非常に機嫌が良かった。しかし、当のリアムは緊張で観劇どころではないらしい。
「リアムったら。観劇は初めてではないでしょう?」
「父上に連れられて一度……。それ以外は、お嬢様の従者として控えておりましたので」
からかうヴィクトリアに、生真面目に返すリアム。もちろん、リアムの緊張の理由など分かっている。
アイラ領の領都にある劇場は、この地方に住む貴族ならば誰もが通う大劇場だ。当然、一番見晴らしの良いボックス席はアイラ公爵家の物と、誰もが知っている。
そこに、婚約者がいなくなったばかりのヴィクトリアが、リアムを従者ではなくパートナーとして座らせているのだから、注目されるのは必然だった。
「カーテンを閉めさせましょうか? 劇が見られないのは残念だけど」
「おやめください。余計におかしな噂が立ちそうです……」
青い顔をしているリアムに、ヴィクトリアはくすくすと笑う。緊張してカチコチに固まっている姿もかわいらしい。
「こうなることくらい分かっていたでしょう。それなのに誘ってくれたの?」
これまで従者として生きてきたリアムは、注目されるのには慣れていない。人の視線を集めるのは常にヴィクトリアだった。
ふう、と小さく息を吐いたリアムは、驚くほど綺麗に微笑んだ。
「最近のお嬢様は、根を詰めてらっしゃいましたから。お嬢様のひたむきさは美徳ですが、息抜きは必要です」
ヴィクトリアは目を瞬かせてから、ふわりと頬を染めて、少しだけ上擦った声で返す。
「わたくしのために?」
「私はいつでもお嬢様のためにありますよ」
いつもと同じ言葉なのに、特別な響きを伴っているような気持ちになる。浮つく心を深呼吸で落ち着かせて、ヴィクトリアは笑みを返した。
「ありがとう、嬉しいわ」
その時、奏でられる音楽が重苦しいものに変わり、観客たちがどよめいた。舞台に視線を戻すと、主役たちが非業の死を遂げるところだった。
「ふふ、大事なところを見損ねたみたい」
「本当ですね」
ヴィクトリア好みの良い悲劇だった。役者の演技をちゃんと見られなかったのは少し残念だ。
「……また、お誘いしてもよろしいでしょうか?」
そんな心を見透かしたかのように、リアムが小さな声で問いかけてくる。目尻が少しだけ赤い。羞恥に少しだけ潤んだ目を覗き込んで、ヴィクトリアは頷いた。
「ええ、待っているわ」
視線を合わせ、笑い合って。さて、と先に立ち上がったのはヴィクトリアだった。
「団長の所へ行きましょう。劇作家の名前を知りたいわ」
「はい。どうぞ、お嬢様」
すぐにリアムが腕を差し出して、ヴィクトリアはそっと手を添える。だが、そこからリアムが動かない。
「リアム?」
見上げると、彼は客席の方を怪訝な顔で見渡していた。
「どうしたの?」
「いえ、強い視線を感じて……。すぐに消えましたが」
「わたくしたちが動いたからかしら」
「それだけなら良いのですが。お嬢様、私から離れないでください」
どれだけ幸せに浸っていようとも、自分の務めを忘れてはいない。目つきを鋭く引き締めたリアムは、すっかり護衛の顔だ。
「ええ、頼りにしているわね」
ヴィクトリアたちは連れ立ってボックス席を出た。
その後ろ姿を、下の客席から銀髪の男が見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます