番外 お茶の練習
「まだ十歳ですのに、ヴィクトリアお嬢様はマナーも完璧ですわね。今から社交界に出ても通用いたしますわ」
初老のバルフォア伯爵夫人は、嬉しそうににっこりと笑った。
「ありがとうございます、夫人」
教わった通りにスカートを摘まんで一礼する。
バルフォア伯爵夫人は、ヴィクトリアの従者となったリアムの義母であり、ヴィクトリアの家庭教師でもある。
バルフォア伯爵家はアイラ公爵家の遠縁で、騎士を多く輩出している武道の家系だ。夫婦はどちらもさっぱりとした性格で、魔力持ちだと判明したリアムを快く受け入れてくれた。
二人には三人の息子がいるが、全員がすでに成人しており、長男は後継者としてバルフォア伯爵の補佐につき、弟二人は騎士として働いている。
ヴィクトリアの授業中、部屋の隅で静かに待っていたリアムを、バルフォア夫人は優しく手招きした。
「さあ、それではリアムの成長も見てみましょうか」
「は、はい」
緊張した風情のリアムは、隣に立っていた公爵家のメイドに促され、かくかくした動きで銀のカートを運んできた。
貴族としての勉強と並行して、最近は従者としての仕事も覚え始めたリアム。何でもやりたい、という本人の希望で、給仕や護衛など色んな技術を身に着けようとしている。バルフォア伯爵が張り切って剣の稽古をつけているのも見たことがある。
最近はお茶の淹れ方を練習しているらしく、今日は初めてその腕を披露してくれることになっていた。
ヴィクトリアはそわそわと、バルフォア夫人とメイドは微笑ましく、震える手でポットを持つリアムを見守っている。
やがて出てきた紅茶は、少し色が濃いような気がした。
ヴィクトリアはカップを持ち上げて香りを吸い込み、一口飲んだ。
「……少し渋いわ」
「えっ。も、申し訳ありません」
さあっと青くなったリアムがかわいくて、ヴィクトリアはくすくすと笑った。
「これくらいならそこまで気にならないわ。頑張ったのね、リアム」
夫人とメイドもそれぞれ口をつけ、確かに、と頷いている。
メイドは苦笑しながら、ポットの蓋を開けて中を覗いた。
「緊張しすぎですね。あんなに手が震えていたら仕方ありません」
「昨日淹れてくれたお茶は、もっと美味しかったから大丈夫ですよ。ヴィクトリアお嬢様に出すから緊張してしまったのね」
青い顔でしょんぼりと俯くリアムを、女性二人が交互に慰める。リアムはちらっとヴィクトリアを見て、やはり震える声で呟いた。
「ですが、お嬢様にお出しするお茶で失敗するなんて……」
泣きそうなのを堪えているのが本当にかわいい。
「わたくしは気にしてないわ。誰にでもそういう時期はあるもの」
どちらかというと、こうやって落ち込んでいるのを見たいので、積極的に失敗しているところを見せてほしい。ただ、それを言うと心底沈んだ顔にならないかもしれないので、ヴィクトリアは黙っている。
だが、リアムが傷ついたままなのは嫌なので、マナーを無視してカップを持ち上げた。
「あっ」
びっくりしているリアムの前で、紅茶を全部飲み干す。
「リアム、お代わりをくれる?」
「……はい」
照れたように笑ったリアムは、今度はしっかりとした手つきで紅茶を淹れ直してくれた。
だが、リアムは次から完璧にお茶を淹れるようになってしまい、お茶の練習ではしょんぼりした姿をみることはそれ以降なかった。
(……まあ、喜んでいるのもかわいいし、いいかしら)
どちらにせよリアムがかわいい従者であることは、ヴィクトリアにとって当然のことなのだから。
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