酔っぱらいの戯言
藤間伊織
第1話
うんざりするような仕事が終わり、俺はいつもの飲み屋に来ていた。今日は花の金曜日だ。普段の自分を慰め、ご褒美くらいもらわなければやっていけない。
いつも来るこの店はいわゆる「隠れ家的」で、個人経営のひっそりしたところだが、俺はそれが気に入っている。うるさい居酒屋でマナーの悪い客と一緒より一人ゆっくり酒を楽しめるところがいいのだ。
「兄ちゃん。飲んでる~?」
今夜はその雰囲気もぶち壊された。一人の男に。
その人は顔はなかなか整っていたが年齢がいまいちわからなかった。しかし第一声はかなりチャラい感じがした。しかしその人がまとう雰囲気自体は大人の余裕を持っているように見える。そこそこ若いくらいか?よくわからないが、この店でこんなふうに絡んでくるなんて絶対碌な奴じゃない。
「お兄ちゃん、なんか顔が怖いよ?なんか嫌なことでもあった?」
あったよ。あんただよ。
無視を続けているにも関わらず、男は一向に去る気配がない。純粋に俺を心配している、という視線を向けてくる。原因あなただからね?気づこう?
「あ、さては好きな子に振られたのか~?気にすんな!……って言いたいけど、俺もいまだに高校時代の失恋引きづってるんだよね~。ねえ、お兄ちゃん、ちょっと聞いてくんない?この話誰にもしたことないんだけどね、お兄ちゃんは特別」
別にそんな特別いらないんですけど。
あ、隣に座るなよ。お姉ちゃん、おんなじのもう一杯!じゃないんだよ。おんなじのって言われても店員さん困らせるだけなんだからちゃんと品名言え。
って違う違う。話す気満々か、この人。
「それでねぇ~?俺が高校生の時の話なんだけどさ~」
始まったよ。この酔っぱらい、最後まで話せるのか?すでにべろんべろんなんだけど。いや、心配するのはそこじゃないな。
相手をしたら負けだとわかっていても、言わずにおれない。俺は別に失恋なんてしてない。がつんと言わなければこの酔っぱらいには伝わらないだろう。
「ちゃんと品名言わないと店員さんに迷惑でしょうが!」
あれ?
かくして、酔っぱらい二人の世にも奇妙な恋バナが始まった。やけ酒しながら聞いてやる。
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