第5話

 薔薇男はつくば市に戻ってきた。

 母親想いの薔薇男は雑貨屋の娘である万代和泉ばんだいいずみと運命的な出会いをする。


 仲良くなった2人はデートに動物園へ出掛けるが、それが事件の発端となる。その動物園では、南米のコウモリが飼育されていた。子離れできない薔薇男の母親である清子は、2人の後を追跡して動物園へ向かうが、事故により檻の中のコウモリに噛まれてしまう。


 清子はそれ以来体調を崩し、薔薇男の献身的な介抱も虚しく、容態は目に見えて悪化する一方。腐って落ちた皮膚を元に戻そうと努力してはみるものの、気づいたときにはゾンビとなっていた。


 仕方なく薔薇男を地下室に閉じ込めるが、看護婦や介護ヘルパーなど関わった者達も次々にゾンビと化していく。薔薇男は仕方なく地下室にゾンビたちを隔離して生活させていたが、ゾンビ同士の交配でベビーゾンビまでもが生まれる始末。


 一方、ゾンビの存在を知らない狡猾な叔父の忠治が清子の遺産と家を奪い取って盛大なパーティを開いてしまった。饗宴の最中に地下室に閉じ込められていたゾンビたちが解き放たれた。


 軍のヘリに乗った蛍と桃太郎はデデドにやって来た。デデドはグアム島内で最大の都市である。立地は島内北部の珊瑚礁に囲まれた台地である。

 デデドという名前の起源は明確にされていない。

 デデドは島の人口の中心とも言える町で、島の北中部に位置している。面積は、グアム島全体の209平方マイル (540 km2)のうちの約30平方マイル (78 km2)ほどを占めている。

 ヘリは恋人岬に着陸した。

 グアムのタモン湾の北の端にある岬で、グアムで最も有名な景勝地である。岬の公園には、岬名の由来でもある男女が抱き合う像が立っている。これはスペイン統治時代に、先住民であるチャモロ族の娘が結婚を迫るスペイン人総督から逃れ、同族の恋人と永遠の愛を誓い、お互いの髪を結びあって岬の断崖から身を投じたという悲恋伝説をモチーフとしている。

「そーいや、睦月はどうした?」と、桃太郎。

「ジーゴの街で見失った」

 蛍はヘリから降りながら言った。

 観光客が頭から血を流して次々に死んだ光景を蛍は思い出していた。

『メロンヘッドかも知れない』と、あのとき睦月は言った。

 モーテルに向かい、別々の部屋に泊まった。翌朝、彼女の部屋に向かったが蛻の殻だった。

「何者かに連れ去られたんじゃないのか?」

 蛍たちはマイクロネシアモールに向かった。グアム島で最大のショッピングセンターで、 1号線と16号線の交差点に位置している。

 アウトレットモールとアメリカ式のショッピングモールを併せた形態で125店が出店しており、核店舗となっているメイシーズはハワイ以西では唯一の店舗である。モールには、ベネトン、ゲス、リーバイスなどのブティックも出店している。さらに、24時間営業のフードコート・レストランや、12スクリーンの映画館、24時間営業のスーパーマーケットもあり、伝統的なアメリカのモールの構成が引き継がれている。モールの内部には、ローラーコースター、回転木馬、バンパーカーなど7種類の乗り物備えたテーマパーク「ファンタスティックパーク」と、ゲームセンターがある。


 このほか、グアムで唯一のフットロッカーの店舗や、ノーティカ、シスレー(ベネトンのブランド)、フォリフォリ、ゲームストップ、ビタミンワールドの店がある。


 ファーストフードやレストラン、軽食チェーンでは、バーガーキング、チリーズ・ツー、コールド・ストーン・クリーマリー、デニーズ、グレートアメリカンクッキーカンパニー、ケンタッキー・フライド・チキン、プレッツェルメーカー、スバーロ、サブウェイ、タコベル、タコ・デル・マー、シナボンなどがある。


 マイクロネシアモールは、ジーゴのアンダーセン空軍基地に近いため基地関係者が訪れることも多い。これに対し、競争関係にあるタムニンのグアム・プレミア・アウトレットやハガニアのハガニアショッピングセンターは、ピティやサンタ・リタの海軍基地に近い。

 

 蛍たちはバーガーキングに入った。

 蛍は大型ハンバーガーのワッパーを頼んだ。バーガーキングのメインメニューである。ケチャップはアメリカ・ハインツ社の製品を使用し、フライドポテトにもケチャップのミニパックが付属する。

 ワッパーは下から順に、バンズの下半分、網焼きのミートパティ、ピクルス、ケチャップ、たまねぎ、トマト、レタス、マヨネーズ、バンズの上半分(ゴマ付き)、の順で構成される。サイズにして直径約13cm、高さが約5cm。

 

 桃太郎はフィッシュバーガーを頼んだ。

 飲み物はコーヒーや紅茶、コーラ、オレンジジュースなど、ソフトドリンクがメニューにある。

 蛍は紅茶、桃太郎はコーラを頼んだ。

 夕食を摂ってるとニコラって少女が声をかけてきた。

「あの、お兄さんたちに頼み事があるの」 

 日本語を流暢に使った。母親がアメリカ人で父親が日本人らしい。

「なんだい?」と、蛍。

「パパとママがアガットってところにいるの。一緒に探してくれない?」

 蛍は睦月を探すのが最優先だと考えていた。

「困ってる人がいるのに放っておけないよな?」

 桃太郎は義侠心に富んでるなと、蛍は思った。

「そうだな……」

「2人ともありがとう」

 3人は食事を終え、恋人岬に向かった。操縦士の氷室満ひむろみつるはどことなく片岡愛之助に似ている。

 氷室に相談した。最初は嫌がったが、ニコラが泣き出したので協力してくれることになった。

 

 OH-6は、アメリカ合衆国の航空機メーカー、ヒューズ・ヘリコプターズ社が開発した小型ヘリコプター。アメリカ軍における愛称は「カイユース」(Cayuse:アメリカ先住民のカイユース族から」)。機体形状から「フライングエッグ(空飛ぶ卵)」、開発計画名LOHから転じた「ローチ(ドジョウ)」の別名でも呼ばれている。


 1960年にアメリカ陸軍では、L-19 バードドッグやベル47などの観測機の後継機となる軽観測ヘリコプター(LOH)計画の提案要求を各航空機メーカーに提示した。LOHの要求性能は、アリソン製T63-A-5ターボシャフトエンジンの搭載、ペイロード180kg以上、最大速度103kt以上、航続時間3時間以上、4人乗りとされ、機体のサイズもローター直径10.72m、全長10.6m、全高2.87m以内に収め、C-130 ハーキュリーズ輸送機に4機が搭載できることなどであった。


 LOH計画は、10年間で約3,600機が調達される予定であったため、アメリカ国内の航空機メーカー12社が応募し、設計案は22案に上った。このうち、ベル社、ヒラー社、ヒューズ社が最終選考まで進み、1961年5月19日に3社の試作機製造が承認された。試作機は各社5機ずつ製作され、ベルYOH-4A(後のモデル 206)、ヒラーYOH-5A(後のFH-1100)、ヒューズYOH-6Aの名称が与えられて比較評価試験へと移行した。試験は1年間にわたって行われ、1965年5月26日にYOH-6Aが飛行性能の良さと機体価格の安さから採用が決定され、OH-6 カイユースの名称で1,200機が発注された。生産は1965年から開始され、最初の月の生産数は70機に達した。


 OH-6は、1966年9月からアメリカ陸軍への引き渡しが開始され、1967年12月にはベトナム戦争に投入されている。OH-6は高い機動性を活かして観測や索敵に活躍し、AH-1G コブラ攻撃ヘリコプター2機とOH-6A 2機が1チームとなったサーチ・アンド・デストロイは高い成果を上げた。しかし、OH-6の生産スケジュールは当初予定より遅れ、追加発注分の機体価格が高騰したため、1,434機で調達は終了となり、1970年8月に量産最終号機が納入された。なお、OH-6の調達中止に伴い、1967年秋に第2次LOH選定が行われ、ベル社のOH-58 カイオワが採用されている。


 ヒューズ社は後にマクドネル・ダグラス社の傘下となり、現在はMDヘリコプターズがOH-6を元にした民生機MD 500シリーズの製造販売を続けている。MD 500は軍用機としても広く使われており、海上自衛隊ではMD 500EをOH-6DAとして導入した他、アメリカ陸軍でもMD 530Fを元にした攻撃ヘリコプターをAH-6として採用している。なお、OH-58Dの後継機トライアル・武装空中偵察機計画(英語版)では、本機の改良型であるMD 540F(MDヘリコプターズ)とAH-6S(ボーイング)が提案されるという、先祖返りのような出来事もあったがトライアルそのものが中止となったため実現しなかった。


 OH-6は、小型軽量で高い整備性と卓越した飛行性能、優れた信頼性と安全性を備えており、特に小型軽量化ではメインローター直径が要求値の10.72m以下に対して8.03m、全長も要求値の12.6m以下に対して9.24mと、大きく下回るものであった。また、最大離陸重量も要求値の1,110kg以下に対して955kgと、約85%に抑えることに成功している。これらにより、運動性能の向上、ペイロードの増加、低い被発見率、低被弾性、空輸の簡素化を実現している。


 OH-6は、胴体が独特な卵型をしており、胴体構造はトラス構造のA型フレームとキールがメイン・フレームとなっている。この構造は機体の頑丈さに貢献しており、ベトナム戦争では600機以上もの損失を出したが乗員の生存率は高かった。メインローターは4枚ブレードで、ハブに簡単なピンで取り付けられており、容易に折り畳むことができる。ローターブレードはアルミニウム製スパーに1枚のアルミニウム外板を接着した構造で、翼型はNACA0015、捻り下げは7度58分。また、各ローターブレードにはトリムタブが付けられ、ローター・ハブはフレキシブルな15枚のステンレススチール製の板ばねを重ね、十文字形に交差させたものをベースとし、この弾性と変形をうまく活かして従来のフラップ・ヒンジとフェザリング・ヒンジを代用するという独特なシステムを採用している。このローター・ハブの機構は、これまでの関節式のものに比べ、整備が単純化され、重量も軽減された上に操縦の応答特性も著しく改善されたという。テイルローターは2枚ブレードで、鋼管スパーにグラスファイバーの外皮を接着した構造となっている。テイル・ブームは細い円錐形のもので、後端にテイルローターほか、上・下の垂直安定板と右舷には30度の上反角を付けた水平安定板が装備され、高速飛行時の縦・横の安定性を高めている。ただし横風安定が良くなかったため、後に民間型ではT字型に改良され、軍用型にもフィードバックされた。


 エンジンは、アリソン製T63-A-5Aターボシャフト・エンジンを胴体後部に47度斜め上向きの角度で搭載され、出力はトランスミッションの吸収出力に合わせて188kWに減格されている。エンジン排気は胴体後方に排出し、これによって胴体後部の気流を整えるとともに、わずかにではあるが前進力を得ている。


 降着装置はスキッド式で、窒素式オレオ緩衝装置を組み込んで着陸時の衝撃を軽減し、スキッドや胴体下部の必要強度を低下させ、重量の軽減を図っている。


 OH-6は基本的に非武装であるが、ベトナム戦争では胴体左側面にM134ミニガン1挺あるいはM129擲弾発射器1基を装備することもあった。アメリカ陸軍第160特殊作戦航空連隊で運用しているAH-6 リトルバードでは、胴体両側面にハードポイントが各1ヵ所ずつ増設されてハイドラ70ロケット弾ポッドやBGM-71 TOW対戦車ミサイルなどの装備が可能になっている。

 

 アガットは1565年にレガスピが来島してスペインの領有を宣言し植民地となった。 村は1680年から1684年の間に創設された。なお、最初の住民はこの頃にスペインによるグアム島の平定により破壊されたFina村のチャモロ人であった。また、彼らはスペインの軍事的圧力によりキリスト教に改宗していた。1830年代にはグアムの主都にする計画もあったが資金不足で中止された。 1898年グアムは米西戦争の結果アメリカ領となり、アメリカ海軍の管理下のもとで統治が始まった。 1941年に太平洋戦争が勃発すると日本軍が島からアメリカ軍を放逐し、島名を『大宮島』と改名して日本領土としたが、1944年8月にはアメリカ軍が奪還した。

 

 ヘリを丘陵地帯に停め、蛍、桃太郎、ニコラの3人は市街地に向かった。氷室はヘリを見張る為に行動を共にはしない。

 ガソリンスタンドのところにギャングらしき死体が無数に転がっていた。ライアンとガイアの死体もそこにはあった。

 首筋を噛まれている死体もあった。

 死体が突如襲いかかってきた。

 桃太郎は斧で反撃してゾンビをスタンドの事務所へ閉じ込めるが、ニコラも窓を破って侵入してきた悪霊に憑依されて死霊と化し、桃太郎に襲いかかる。蛍は桃太郎にスパンキングした。スパキングとは体罰や性的嗜好により、平らな物や平手でお尻を叩くこと。欧米で盛んである。

 蛍は桃太郎の尻が真っ赤になるまで両手でパシパシ叩いた。竜巻が突如現れた。🌪

 ゾンビは竜巻に飛ばされて死んだ。

 

 桃太郎は蛍と2人でニコラを埋葬するが、桃太郎は迂回路を探すと言って、蛍たちを置き去りにし、森に入ってしまう。

 避難所となってる学校へ蛍が向かうと保健室でニコラの父親、臨也いざやが休んでいた。蛍はニコラの死を告げた。臨也は号泣した。

 疲れたので眠ろうと別室に蛍は向かう。

 悲鳴がしたので臨也の様子を見に行くと、足首の傷から何かが広がり、彼も死霊と化す。そこへ、森から桃太郎が逃げ戻ってくる。

「ゾンビだらけだ」

「よく生きていたな?」

 臨也を保健室の外へ追い出した桃太郎は、森で手に入れたアサルトライフルでゾンビを倒す。

 蛍はトイレに行くが、窓を突き破ってニコラのゾンビに襲いかかられ、桃太郎がアサルトライフルで応戦して難を逃れる。


 翌朝、ヘリに乗り蛍と桃太郎はタムニンに向かった。タムニンはグアム島中北部の自治体(村)、またはその中心地区を指す。自治体としては主要地区の名を合わせてタムニン・タモン・ハーモン(Tamuning-Tumon-Harmon)とも呼ばれる。グアムの主都ハガニアに近接し、またグアム国際空港が所在し、経済的に重要な地域である。自治体としてのタムニンの人口は18,489人、自治体内のタムニン地区(国勢調査指定地域)の人口は3,892人。

 中心のタムニン地区はアガニャ湾北部沿岸にあり、ITC(Guam International Trade Center)ビルなどグアムのビジネスの中心地で、日本等の総領事館もある。北側のタモン地区はタモン湾に面するリゾートとして有名で、グアム観光の中心地であり、多数のホテルと商業施設がある。東側の丘陵にあるハーモン地区には工業団地や軍施設などがある。


 タモン湾で蛍たちは軍服を着たゾンビに襲われた。桃太郎がアサルトライフルでゾンビを射殺した。ビーチで睦月を見つけた。

 睦月は蛍の胸に飛び込んできた。

「怖かったよ〜」

 彼女は蛍の胸の中で泣いた。

 カフェで蛍は詳細を聞いた。

 憲兵になっていた豊後は睦月を襲った。ホテルから睦月を連れ出し、タムニンに来ていた。タモン湾で豊後は睦月が隠し持っていたダガーナイフで刺されて死んでしまった。

 


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