第5話 予知令嬢vsガトリング砲

薬指の恩寵が、一秒後の未来を見せた。




未来のモリーは右斜め前方にしゃがみ込み、その後頭部に巨人の拳が命中した。そして、虚無。




現在の彼女は、ビジョンと同じ動きをすると見せかけて、左にかわした。死の一撃は唸りを上げて空を切った。




また恩寵が未来を見せる。巨人が左拳を突き出す。モリーは素早く前転し、巨人の股の間をすり抜けた。




現在のモリーはそれにならい、前転で巨人の股をくぐった。お気に入りの、モスグリーンの散策用ドレスか泥だらけになる。




巨人の拳は敷石に命中し、大音響とともに路面を陥没させた。




「なに? なんなの?」モリーは叫びながら、先に逃げ出した御者の言葉を思い出した。




〝バネ足〟、そう、目の前の怪物は全身にバネを装備している。そして、昨今のロイグリア帝国でバネといえば、〝バネ足ジャック〟以外にない。




連日新聞を騒がせているスコットランドの連続殺人鬼、今日の朝刊ではクリフォード邸の火災に一面を奪われたが、ここ数ヶ月、ロンドンっ子の口に登らない日はない。




いわく、鉄の怪物。


いやく、鋼の巨人。


いわく、バネの怪獣。




怪力の恩寵を持ち、地面から屋根の上までひとっとび。その鋭利な爪で犠牲者たちを切り刻む。警官隊や〝王の狩人〟、いや能力犯罪捜査局の恩寵者たちが幾度が包囲したものの、その都度、行方をくらましたという。




ただ、これまでの五件の犯行は、すべてエジンバラ以北だった。




それが、とうとうロンドンに!?




鉄の巨人が右腕を振ると、鉄甲から噂の鉤爪が飛び出した。人間どころか、馬や牛すらバラせそうなほどに大きい。




モリーはスカートの裾を捲り上げると、腰に巻き付けた。薬指を掌に押し付け、未来を確認する。




巨人が続け様に攻撃を仕掛けてきた。




モリーは、飛び回り、地面に這いつくばり、壁に張り付き、それらをすべてかわした。




空振りした爪は、建物の壁に命中し、煉瓦を吹き飛ばし、モルタルをバターのように切り裂いた。




派手な音が幾度も響いたおかげが、警官の笛の音がそこここで鳴り始めた。




どうやら、誰かが通報してくれたようね。モリーは息を整えた。どうにか助かりそう。




と、巨人の左腕の五本の筒を束ねたような構造物が回転を始めた。




巨人が左腕をゆっくりとモリーに向ける。




途端に一秒後の虚無が襲いかかってきた。




目の前の円筒は銃身を束ねたものであり、恐るべき速度で弾丸を発射し、彼女の肉体を引き裂く。




ガントリング砲だわ。彼女は絶望感に支配されながら、科学雑誌で読んだ記述を思い出した。技師リチャード・ジョーダン・ガトリングが米国内戦時に開発した連射銃で、一分間におよそ二百発の弾丸を撃ち出すことができる。革新的な兵器だが、大砲並みに重量が嵩むことが欠点だったはず。だが、目の前の巨人は、片手に装着してる。おまけに、砲身は人力だ回転させるはずなのに、どういう仕掛けなのかひとりでに回っている。




彼女のよく回る頭脳が走馬灯を見せ始めた時、ついに銃が火を噴いた。




瞬間、頭上から降ってきた何者かが銃弾の前に立ち塞がった。




彼の身体は青白いもやのようなものに包まれており、銃弾をやすやすと弾き返した。




その男、ペンドラゴン卿が振り返った。


「よくも嘘をついてくれたな。やはり君の恩寵は〝予知〟だろう」

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