後日談4 また、二人で(3)

 ニールの話を聞きながら、紅茶のカップにレモンを入れると、深い琥珀こはく色の水色すいしょくがすぅと淡い色に変わっていった。


「なんだかミリアさんに避けられている気がしてさ……」

 そう言って深いため息をいてから、ニールはあまり上品とは言えない所作で紅茶を一気に飲み干した。


「ミリアちゃんなら昨日――」

「昨日も俺たちは一日中出かけてたから、ミリアにはしばらく会ってないな。何かあったのか?」


 私の言葉に被せるようにシアがニールに話しかけた。そっか、昨日のミリアちゃんとの話は内緒って事ね。

 そしてニールはシアの言葉に明らかに動揺している。


「あ…… いや、な、何もないけどさっ! な、なんとなく……そんな、気がして……」

「そうか。そういえば、アレクの様子はどうだ?」


 シアがわざと話題を変えると、まごまごしていたニールがほっと安心したような表情になった。


「ああ、うん。王都に来てから以前のような発作は起きてないって。最近は元気過ぎて、庭で素振りとかしようとするから、アランが必死で止めててさーー。あんなに元気になったのも、皆のお陰だよ、ありがとう!」


 ニールの母親で、私たちの以前の仲間のアレクサンドラ。彼女は魔族の呪いの所為せいで体調を崩し、田舎で療養をしていたが、魔王を倒した事でその呪いが解けた。

 ニールは田舎からアレクを呼び寄せ、今は王都で一緒に暮らしている。


 二―ルはこの家にミリアちゃんの事を相談をしに来たはずなのに、今はすっかりとそれを忘れてアレクの話に夢中になっている。

 シアも上手く話を盛り上げるものだから、さらに新しい特訓の話から、王城での仕事の話に盛り上がり、3人でアニーの作ったランチを食べ終えると、ニールはすっかり満足げな顔をして帰っていった。


「んー、結局ミリアちゃんの話は良かったのかなぁ?」

「俺らに言っても仕方ねえだろう? ああいうのは二人でちゃんと話さないとなぁ」


 お腹が膨れて眠くなったのか、シアは大あくびをしながら言った。


 * * *


 魔族領に入ってから三日目のはずの昨日は、王城のケヴィン様に呼び出された。要件は当然のようにニールの事だ。

 王族に他種族の伴侶はんりょを迎えることはできない。でもニールはミリアちゃんを選んだ。だから、ニールが王族を抜けたいと思っているのではないかと心配になったらしい。


「……クリストファーのように……あの子も私の元からいなくなってしまうんじゃないかと…… いや、もしかしたら私の事を疎ましく思っていて、避けようとしているのではないかと……」


 そう言って項垂れるケヴィン様に、二人でいかにニールが爺様を周りに自慢しているかを山ほど語って説得した。



 おかしい…… 魔族領を巡る旅をするはずなのに、思うように旅程が進んでいない。

 ただでさえ、皆に呼び出されて旅が中断されがちなのに、今日も出立が遅くなった。その理由の半分は、多分シアの所為だ。強く拒否できない私もいけないのだけれど。


 今日も魔族領に花の種を撒く。先を急ごうと思っていた矢先に、通信の魔道具の呼び出し音が鳴った。



「城の掃除を手伝っていただけませんか??」


 呼び出しを受けて、魔王城に足を踏み入れた私たちを迎えたのはドリーさんだ。

 ほんの数カ月前に見たはずの魔王城の光景は、基本的には変わっていないように見えているけれど、あの時に感じてた不穏さを今は感じなくなっていた。


「掃除機をいくつか入れたんですが、全く追い付かないのです」

「ソウジキ?」

 ドリーさんの言葉にシアが首を傾げる。


 ドリーさんが指を差した先では、丸くて深みのある皿を裏返しにしたような魔道具が、ウィーンという不思議な音を立てながら、床をずるずると這い回っている。以前に、ギヴリスの隠家で見かけたのと同じ物だ。

「あれの事ね。でもあの魔道具は、掃き掃除くらいしかできないと聞いていたけれど……」


 床を這いずることしか出来ないソウジキは、少し進んでは瓦礫にぶつかって方向転換をする。しかしここでは瓦礫が多すぎて、同じ所をくるくると回るしかできないようだ。まともに掃除ができているようには見えない。


「ドリーさん、まずはある程度瓦礫をどかさないといけないのでは?」

「ええ、だから手伝って欲しいのです」


 なるほど…… でも、ここに私たち二人だけが加わっても、作業効率が格段に上がるわけでは無いし。


「うーん、俺たちだけじゃあ骨が折れるなぁ。助っ人でも頼まねぇとかな? 冒険者ギルドで依頼でも出すか?」

「でも場所が魔族領、しかも魔王城。いくら依頼でも、そんな所にまで来てくれるような人がいるかなぁ?」

 普通の人では魔族領に入ると聞いただけでも尻込みしてしまうだろう。


「いや、そうではなくて。リリアンさんにゴーレムを作ってもらいたいのです」

「え? 私が?」

「リリアンさんなら作れるはずです。主と同じ魔力を持っていますから」


 ギヴリスと同じ魔力……?

 確かに、この世界で疑似的にでも生命と似たようなものを作ることが出来るのは、神の力を持つものだけ。以前の仲間の一人、教会の魔法使いのサムがゴーレムを作ることができたのも、神の魔力をその身に取り込んでいたからだ。


「うーん…… 私にできるのかなぁ?」

 ゴーレムは生命を持たない器に、魔法で作り上げた疑似生命を宿らせるものだ。その器は作られた物に限らず、なんでも良いのだけれど……

 瓦礫を片付けさせるのだから、大きい物がいいのかな?

 キョロキョロといい材料がないか辺りを見渡す。

 と、思いついた。


「そっか、自分で片付いてもらえばいいのね」

 部屋で一番大きな瓦礫に、ゴーレムになるようにと念じながら魔力を注いでみる。その瓦礫は回りの小さな瓦礫を取り込みながら、石人形の形になった。

 ゴーレムに部屋の他の瓦礫を片付ける命令を与えると、それはのそのそと働きはじめた。


「へーー、便利なもんだな」

 シアが感心の声をあげる。自分でもこんな力があるなんて思わなかった。


 他の部屋も周り、いくつかゴーレムを作り上げ、命令を与える。

 部屋の瓦礫が片付き始めると、『ソウジキ』たちもくるくると軽快に動き回る様になった。


「ここは元より、主の家なのです。いつでも主が戻ってこれるように、整備しないと」


 ギヴリスが人間たちによって『魔王』という存在にされてしまい、ここは『魔王城』という事になっている。でも本当はそんな物騒な場所ではなく、この星の神ギヴリスの居城なのだ。

 今は魔王領も黒い霧につつまれて、この城も鬱蒼としているが、元々はきっと美しい城だったのだろう。

 まあ、ギヴリスは王都での生活が気に入っているようだし、しばらくここに帰る気がないような気もするけれど。


「あなたの住処も片付けないとですね」

 無表情のまま、ドリーさんが私に言った。


「私の?」

「獣人の国の北端にある居城が、ずっと放置されています」


 高位魔獣たちの住処は獣人の国の四方に据えられている。フェンリルである私の住処は、その北方にあるのだそうだ。


「まあ、いそがなくてもいいんじゃねえか?」

「そうだね。しばらくは王都で暮らしたいし」

 シアの言葉に、当たり前のように応える。

 でもそのうちには、そこで一人で暮らすことになるのだろうか。そう思って、ちょっと寂しくなった。

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