129 神の傷(2)

◆登場人物紹介

・魔王討伐隊…

 リリアン…前世(前・魔王討伐隊『英雄』のアシュリー)の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。『サポーター』

 シアン(顧問役)、ニール(英雄・リーダー)、マコト(勇者・異世界人)、デニス(英雄)、ジャスパー(サポーター)、アラン(サポーター)

 マーニャ(マーガレット)…教会の魔法使いで、先代の神巫女。金髪に紫の瞳を持つ美女

・シルディス…主に人間たちが信仰している、大地と豊穣の女神。(女神の名が、そのまま人間の国と王都の名前にもなっている)

・ギヴリス…リリアンを転生させた神。『黒の森の王』と呼ばれる獣人たちの神


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 私たちの入ってきた扉とは全く反対の方向、奥手側にある扉の前に白いローブ姿の老人が立っていた。あれは、王都にいるはずの大司教だ……


「まさか一行の中に邪魔者が混ざるとは…… やはり獣人を討伐隊に入れてはいけなかった。所詮しょせんは獣だ。に対しての信仰心を持ち合わせてはいなかったようだな」


 そう言って、大司教は手に持った杖でギヴリスの方を指し示した。

「そこの『神』と『魔王』は我々にもらおう」


 大司教は知っているのだ。自分たちが神を食らっている事を。そうして、神がボロボロに傷ついている事も。

「……そうして、また『魔王』を作るのですか? また『勇者』を召喚するのですか?」

「お前も大礼拝の時の私の言葉を聞いていただろう? 女神シルディスの御力で、この国に豊かさが保たれているのだ」


「そうして、召喚した『勇者』の命を奪っていたんですね」

 私の言葉に、大司教はニヤリと笑った。


「女神の力で呼び出された『勇者』は、この世界の糧になる…… 我々の国の豊かさは『勇者』の命によって支えられているのだ。この世界は死にかけている。他の世界である『神の国』からの命があれば、この世界を延命できる」


「そ、そうなのか? マコト」

 ニールが答えを求めて、マコトさんの方を見た。


「ああ、まさに延命だろう。この世界は滅びかけている。でもまさか『勇者』の命まで奪っていたとはな……」

 そう言って、彼は小さく舌打ちをした。流石に彼もそこまでは知らなかったのだろう。


「この世界の神の力を取り戻す為に手っ取り早いのは、女神の遺骸を渡す事だった。そうすれば女神の遺骸に残った神力で、この世界を延命できていたはずなんだ」


 だから……ギヴリスはシルディスの遺骸を食らおうとしていた。

 でも大司教たちは、ギヴリスからシルディスを奪った。そして、彼に返すことも拒んだ。


「当然だ。我ら人間をこの世界から排除しようとする者に、この力の源を渡すわけにはいかない。それにあれを手放してしまったら、何百年と繋いできた我の命を保つことができなくなる」


「え……」

「何百年……」


 やっぱり…… いくら長命の種族であろうと、何百年も生き続ける事はできない。

 彼らは不死の体を得て神の力を行使する為に、神の力を取り込み続けてきたのだろう。


 ただ、ギヴリスにシルディスを返すだけでよかったのに。

 自分たちの欲望の為だけに、それをしなかった……


「貴方たちが、そんな事にしがみついていなければ…… これほどの事にはならなかったのに……」



 心がざわつく。

 頭にかーーっと血がのぼっていく。


 許さない…… 許さない……!!


 あいつらに仕組まれた戦いの中で、アシュリーは魔獣に食われた。クリスは呪いで命を落とした。

 ルイはあいつら殺され、メルも…… サムも……


 シルディスは死ぬよりもつらいほどに傷つけられた。

 恋人を自らの手で殺したギヴリスも、何百年も苦しんでいた。


 神の国から呼び出した今までの勇者も……こいつらの所為で殺された……



 やはり劣弱れつじゃくな人間など…… 食らってしまえばいいんだ……!!


 『何か』の声が響き、目の前が真っ暗になった。


 『私』は四つの足を踏みしめると、大司教に向かって唸り声をあげて飛びかかった。


「こやつっ、とうとう獣の正体を現したな!」

 大司教が杖を振り上げると、彼の周りに光の輪が現れる。それは壁となって、私をはじき返した。


 転がる体を再び起こし、また大司教をにらみつける。


 ――めろ、リリ――


 遠くで誰かの声が聞こえた。


 ダメだ、アイツを殺してやる、許さない、食らってやる!!


 飛びかかろうとするが、うまく体が動かない。

 唸り声をあげながら、体に絡みつく何かを振りほどこうとする。


 ――ダメだ! 行くな!――


 今度は…… はっきりと聞こえた。

 あの人の声が……


 そして、私の名を呼んだ。


 * * *


 ……いつの間にか、私は獣化していたらしい。

 大狼に姿を変えた私に、シアさんとデニスさんがしがみついて抑え込もうとしている。


 どうして、どうして…… 私を止めるの?


「皆…… 大切な、大切な仲間たちだったんです…… それがあいつの…… あいつの所為で……」


 ぽろぽろと、熱い物が頬を伝って落ちて行く。

 ずっと一人だった自分に仲間ができて嬉しかった。

 皆、魔王を倒そうと、世界を救おうと必死になっていた。

 それが…… あんな奴の為だったなんて……


「でもお前にそんな事をさせるわけにはいかない」


 耳元で、シアさんの優しい声がした。

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