128 魔王(2)

◆登場人物紹介

・魔王討伐隊…

 リリアン…前世(前・魔王討伐隊『英雄』のアシュリー)の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。『サポーター』

 シアン(顧問役)、ニール(英雄・リーダー)、マコト(勇者・異世界人)、デニス(英雄)、マーニャ(英雄)、ジャスパー(サポーター)、アラン(サポーター)

・マルクス…魔王配下の上位魔族の一人。10歳程度の少年の姿をしている。ニールの友人


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 皆の視線の中、ニールたちの一歩前にでると、マジックバッグから白い布の包みを取り出した。

「そうか、持ってこられたんだな」

「はい、つい先ほどです。魔王に近づいた事で、ようやく教会への道を作る事ができました」

 マコトさんの言葉に、振り向かずに答えた。


 その包みをそっと開いて見せる。『彼女』の顔が現れると、魔族たちからおおと声が上がった。


「うっ」

 横から包みを覗き込んだシアさんが、詰まったような声を上げる。

 驚くのも無理はない。この彼女はもう胸元から上ほどしかなく、残った部分も部分的に大きくえぐられている。

「リ……リリアン。これはいったい……」

「女神シルディスのです」


「え? 遺骸って?」

「待ってください、リリアンさん。シルディス神は亡くなられているんですか?」


「ずっと死んでいるよ。もう何百年も前から」

 皆の声に答えたのは、私でなくマコトさんだった。

「僕が最初の勇者として呼ばれた時には、すでにシルディスは死んでいた」


「そうだ。そしてニンゲンがそれを奪ったのだ。それは我らの父者の物だ」

 ビフロスが女神を指さしながら言った。


「そうです。だから、これは彼らに返さなければいけない」

「それが本当に女神だとしたら…… 尚の事、魔族の手に渡してはいけないのでは?」


「いいんだよ。こうするのが正しいんだ」

 ジャスパーさんの不安そうな声に、マコトさんが穏やかに答えた。


 その声を背に、一歩二歩と魔王に向かって歩き出す。

「リリアン……」

 シアさんが私の名を呼ぶ。言葉にはしていないのに、大丈夫か?と問われた事はわかっている。振り返らずに大丈夫だと頷いてみせた。


 私が近づいても魔王はその姿勢を変える事なく、じっとただ待っていた。

 目の前に立ち、そっとシルディスを差し出すと、彼は両腕を差し出して彼女を受け取った。


「シル……」

 彼は愛おしい人の名を呼んで、しっかりと彼女を抱きしめる。



「良かった…… リリアン、だったよね…… ありがとう」

 ホッとしたようにマルクスが言う。

「マルクス…… お前たちは、ずっとこれが欲しかったのか?」

「ああ、そうだよ」

「俺に…… 話してくれれば良かったのに……」


「だって…… 何百年も前から、ずっと訴えていたのに。それでもニンゲンは返してくれなかったじゃないか」


 彼らのしていた事は、目線を変えれば至極まっとうな事だった。

 自らの王の恋人の遺骸が人間に奪われた。彼らはそれを取りかえそうとしていた。

 ただ、それだけだった。


「……魔族は人間の国に害をなそうとしてるのだと、そう思っていたのに……」

 アランさんの悲しそうな声が聞こえた。


「マルクス。もう良いわよね」

「ああ、もう必要ない」

 マルクスと交わした言葉を聞いて、マコトさんが玉座の前まで上がってきた。


「え? リリアン? 何をするんだ?」

 デニスさんが不安そうに尋ねる。

「魔王は倒さなくてはいけないんです」

 そう答えて、再び魔王の方を向いた。


 彼はただ、白い布の塊を愛おしそうに抱きしめている。


「ギヴリス……」

 私が小さく名を呼ぶと、彼はゆっくりと視線をあげる。

 彼の深く赤い瞳が、私を映した。


「約束を果たしに来たよ」

 それを聞いて、彼はゆるやかに優しく微笑んだ。


「お願いします。マコトさん」

 マコトさんが剣を振り上げても、彼は身動き一つしなかった。


 勇者の剣を突き立てると、『魔王』は黒い霧となって空に散って、そして消えた。

 彼が抱えていたシルディスの遺骸だけが、ぽとりと床に落ちた。


「う…… 嘘だろう? 魔王が…… こんなにあっけなく……」


「ニール、ありがとうな」

 マルクスの声に上位魔族たちを見ると、消えた魔王を追うように、彼らも一人ずつ消えていくところだった。


「マルクス!?」

 驚いたニールがマルクスに駆け寄って咄嗟とっさに伸ばす。でもその前にマルクスは消え、ニールの手は何にも届かずに空を掴んだ。

「ど…… どうして……?」

 ……ごめんね。ニール……


 魔王と魔族は消えた。でもまだ約束は残っている……


「これで終わりではないです。マコトさん『勇者の剣』を持って来てください」


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(メモ)

・シルディス……主に人間たちが信仰している、大地と豊穣の女神。(#8)


 女神の遺骸(#64)

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