98 何処にいるの?(2)

◆登場人物紹介(既出のみ)

・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー

・シャーメ…現在リリアンたちが世話になっている、仙狐(3本の尾を持つ白毛の狐)の兄妹の妹

・タングス…仙狐兄妹の兄。二人とも今は20歳程度の人狐の姿で過ごしている。

・シアン…前・魔王討伐隊の一人。アシュリーとは討伐隊になる前からの付き合いがあり、ずっと彼女に想いを寄せていた。

・デニス…Sランクの実力を持つAランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。


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「おはよう、シャーメ」

 シアンおにいちゃんの声がした。

「おはよう、朝ご飯できてるよーー」

 笑顔で振り向くと、少し遅れて帰ってきたデニスとも視線が合う。

「おはよう、デニス」

「よぉ、おはよう」

 デニスからも笑顔が返ってきた。


 最初はやたらとおねーちゃんに馴れ馴れしくて、なんだコイツと思った。でもおねーちゃんから昔の話を聞いて、なんだか私たちと似てるなぁって、ちょっと思い直した。

 デニスにも親がいないらしい。そんで、子どもの頃におねーちゃんと知り合って…… でもおねーちゃんは死んじゃったから。それきりになっちゃったんだって。


 私たちもお母さんが死んじゃって、その時におねーちゃんやおにいちゃんたちと知り合った。

 おねーちゃんたちは、小さい私たち二人だけじゃあ寂しいだろうってしばらく一緒にいてくれた。

 シアンおにいちゃんは沢山遊んでくれたし、夜にはシアンおにいちゃん、アシュリーおねーちゃんと二人で一緒に寝てくれた。


 だから、おねーちゃんが死んだ時には私たちもたくさん泣いた。でもギヴリスと爺様が、おねーちゃんにはまた会えるよって教えてくれた。

 でも、デニスはその事を知らなかったはずだ。だからデニスはシアンおにいちゃんみたいにもっともっと泣いただろう。


 タングスがせっせと運んでいる朝ご飯を見て、デニスのお腹が鳴った。シアンおにいちゃんも、今朝もうまそうだなと言いながら席に着く。


「そういや、リリアンは戻ってないのか?」

 部屋を見回してシアンおにいちゃんが言う。

「おにいちゃんたちと一緒じゃなかったの?」

 そう聞くと、デニスと顔を合わせて首を傾げた。


 いつも朝は3人でれんしゅーしてるのにね。

 今日はおねーちゃん一人でれんしゅーしてるのかなあ。


「先に朝ごはん食べてるよって、おねーちゃんにメールしておくね」

 そう言うと、皆は待ちきれない様子で我先にパンの籠に手を伸ばした。


 でもみんなの朝ごはんが終わっても、おねーちゃんは帰って来なかった。

 いつもなら皆で出発する時間なのに……

「リリアンは、どこに行ったのかな?」

 いつもと違う様子に、タングスも首を傾げる。


 そう言えば……

 思い当たる事がある。


 この間、おねーちゃんの前のおねーちゃんの話になった時だ。

 なんでおねーちゃんの事をデニスにはナイショにしてるのかとか、私は知らなかったから。考えなしに言った事で、無理やりアシュリーおねーちゃんの話をさせてしまった。


 あの後、本当ならシアンおにいちゃんにも言うつもりはなかったんだって、そうおねーちゃんが寂しそうに言って、私は自分が悪い事をしてしまった事に気が付いた。


 おねーちゃんは私に怒らなかったけれど、でもやっぱり困らせてしまっていたのだろうか。

 いやもしかしたら、ずっと怒っていたのかもしれない……


 * * *


「ねえ、タングス。どうしよう……」

 リリアンが帰って来ない事で、珍しくシャーメが泣きそうな顔になっている。いつもは何があってもお気楽な顔をしているのに。

 どうやら、この間の事を今になって気にしているみたいだ。

「おねーちゃん、やっぱり怒ってたのかも。このまま帰って来なかったらどうしよう……」

 そう言うと、ただでさえ垂れていた耳と尻尾がこれ以上無いくらいに垂れた。


 そしてシアンおにいちゃんとデニスも苦い顔をしている。

 話を聞くと、二人とも昨晩はリリアンの部屋で寝てしまったらしい。しかも二人でベッドを占領してしまったんだって。

 リリアンはその事を怒ってるんじゃないかと、そうバツが悪そうに言った。

 そんな事でリリアンが怒るかなあ? 違う気がする。

 それにしても二人ともズルいな。僕だってリリアンと一緒に寝たいのに。



 ヤキモキしながら過ごしていると、ようやくリリアンから一度だけ連絡があった。

 返信があった事にホッとした顔を見せたシャーメは、メールを見るとまた耳と尾をへにゃりと垂らした。


 ――少し一人になりたい――


 それを聞いて、3人は後ろめたい気持ちもあってか、さっきより不安そうな顔になった。


 シャーメとシアンおにいちゃんは、辺りを探して来ると外に出て行った。デニスも行こうとしたけれどそれは止めた。獣人の国に不慣れなこいつを一人で出掛けさせるにはまだ不安が残る。


 僕だってリリアンを心配していない訳じゃあない。

 リリアンはまだ15歳の女の子だけれども、前世のアシュリーの記憶と経験があるんだから、僕らなんかより大人でもあるはずだ。

 そのリリアンが一人になりたいって言ってるんだから、少しそっとしておいてあげればいいのに。

 それに一言でもメールの返事があったのだし、たかが半日でこんなに大騒ぎするのはどうなんだろう? これが数日も帰らなかった、とかならわかるけどさ。


 僕ら聖獣は大きな怪我や病気をしたり、何か一大事があれば、互いにそれを感じられるようになっている。お母さんが死んだ時に、古龍エンシェントドラゴンの爺様や鳳凰ほうおうのおじちゃんたちが来てくれたのも、それを感じての事だ。

 でも今はそんなものは一切感じられない。だから、そういう心配はないはずだ。


「なあ、タングス。灰狼族かいろうぞくのところに帰ってるって可能性はないか?」

 デニスが少しれた様子で僕に話し掛ける。

「ああ。それもあるかもしれないね」

 もしもそうなら、やっぱり心配する事はないと思うんだけどな。でも彼の様子を見る限りでは、それならそうだと確認したいんだろう。


「うーん、わかったよ。じゃあ、僕が見てくるよ」

「悪いな」

 そう言いながらも、デニスは少しホッとした顔をした。


 残念ながらリリアンたちと違って僕ら兄妹は転移魔法を使っていない。通信の魔道具スマホで爺様に連絡をとって連れて行ってもらう事にした。


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(メモ)

 母の死(Ep.10)

 メール(#38)

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