94 幸せの在処/ミリア(2)

◆登場人物紹介(既出のみ)

・ミリア…主人公リリアンの友人で、『樫の木亭』の給仕(ウエイトレス)をしている狐獣人の少女

・ニール…冒険者見習いとして活動している自称貴族の少年。その正体は前英雄の息子で、現国王の甥にあたる。

・アラン…Bランク冒険者。騎士団に所属しながら、ニールの「冒険者の先生」をしている。


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 ニールくんの家には、一度だけ遊びに来た事がある。メイドのロッテさんが焼いてくれたタルトがとても美味しかったのを覚えている。

 今日はそのロッテさんがニコニコしながら夕食を並べてくれた。どうやら、二人がなかなか帰って来ないので、せっかく作った夕飯が無駄になるんじゃないかと心配していたらしい。

「ロッテはもてなすのが好きだからさ。客が来ると喜ぶんだよ」

 ニールくんが小声で教えてくれた。


 アランさんは西ギルドと『樫の木亭』に報告をしてくるからと、帰ってすぐにまた家を出て行ったので、先に二人で夕飯を頂いていようと、テーブルを挟んで向かいに座った。

 そう言えば、いつだか街で偶然ニールくんに会って、二人でランチをした事がある。あの日の事を思い出した。


 あの日、ニールくんは私の話を真っすぐに聞いてくれて…… そして私の生い立ちに、自身の事のように胸を痛めてくれた。そしてあの後には放っておけない程に落ち込んでしまった。

 彼は心の優しい人なんだと、あの日に知った。


 今日もあの日のように、他愛のない話を互いにしながら食事を頂く。


 最近は冒険者の活動よりも、騎士団での訓練に力を入れている事。

 今日居合わせたあの女性騎士は、見かけによらずすごい腕前の持ち主で、彼女に特別に稽古を付けてもらっている事。


 『樫の木亭』に新しく入った冒険者バイトさんが、だいぶ仕事に慣れてきた事。

 ジャスパーくんは相変わらず魔法の訓練に精を出しているようで、このところは帰らぬ日もある事。でも同じ王都に居るからと、トムさんたちは以前の様な心配をせずに済んでいるらしい。



 そういえば、とニールくんが切り出したのは、メインの皿の上が半分ほど無くなった頃だった。


「ミリアさん、家名持ちだったんだね」

「意外でしょ。しかも人間でもない、獣人なのに」

「ああ、いや。そういう意味で言ったんじゃあないけど。でも言われてみれば確かに……うん……」

 彼は嘘がけない性格だって事はわかっている。だからこうして変に取りつくろわずに言ってくれる。


「まあ、町の人たちは苗字があっても、わざわざ名乗る事はしないしね。冒険者たちもそうでしょう」

「うん、冒険者には身分は関係ないからね。でも中央のギルドの連中は家名を聞き出そうとうるさかったよ」

「そうなんだ」

「あそこはほとんどが貴族の坊ちゃんだからなー。そういうのばかり気にするんだよ」

 彼が「貴族の坊ちゃん」と口を尖らせて言う様子に、くすりと笑ってしまった。西ギルドに来たばかりの頃の彼は、いかにも「貴族の坊ちゃん」の一人だったのに。


「私に『ギャレット』の苗字をくれたのは、シアンさんなのよ」

「シアンさん?」

「うん、前に話したでしょう? 幼い私を拾ってくれたのは前の討伐隊の皆さんだって。私を孤児院に預ける時に、皆さんで私の為に援助金を出してくれたの。でも王族や教会の関係者が、一介の、しかも獣人の後見人になるのは立場上良くないからって。だから名目上の私の後見人は、シアンさんとアシュリー様って事になっているの」

「え? でも、アシュリー様は……」

「うん。亡くなられてしまった」


 冒険者の英雄たちは、その功績を讃える褒美の一つとして、苗字を持つことを許される。当然の様に、シアンさんにもその褒美が与えられる事になった。でも……

「本当はね。シアンさん、苗字なんかいらないって、そう言ってたそうなの。一番大切な女性ひとを失って、悲しみで立ち上がる事すらできなくなっていて。自分にはもう何もいらないんだって。でも結局は私の為に、私が成人したら一人でもやっていける様にって。苗字を受け取って、私を養女にしてくれたの」


「養女……?」

「うん。だから記録では、私はシアンさんの娘になるのよ。でもあの人、お父さんって感じじゃないわよね。やっぱりお兄ちゃんなんだわ」

 シアンさん、そしてデニスさんの事を思い出す。私にはもったいない程のお兄ちゃんたち。


「シアンさんだけじゃない、デニスさんも。二人とも私の幸せを願ってくれる。なんだか凄いよね。私、親にも要らないって捨てられたのにね」

「俺も…… ミリアさんが幸せになれるよう願っているよ」

「ありがとう。ニールくん」

「願うだけじゃなくて…… ミリアさんを幸せにしてあげられたらなって、思う……」


 ──彼の言葉に、一瞬息が止まった。

 彼は嘘がけない性格だって事はわかっている。だから……


 彼と知り合って半年が経った。この半年で彼が少しずつ大人びた目を見せるようになってきたのを、彼自身では気付いていないらしい。

 そんな彼の素性を、今の私は知っている。いくら苗字があるとは言え、庶民の……しかも獣人の私には、そんな資格は全くないのだ。それは彼もわかっているはずだ。

 今の言葉はそういう意味ではない…… はずだ……


「……ニールくん、それじゃあまるで愛の告白みたいだよ?」

 揶揄からかうようにわざと笑って言ってみせると、彼はハッと気づいて首を振った。

「あっ……いやっ。変な意味じゃなくてっ。ミリアさんも大事な…… 友達、だからさ。幸せになってほしいって、そう思うんだよ……」

「うん…… ありがとう」

 そう答えると、彼は少し悔しそうに顔を歪ませた。


「俺、もっと強くなるから……」

「……私の為?」

「ううん、違うよ。自分の為だよ。強く、なりたいんだ。でも……」


 その時、玄関の扉が開く音がした。

 アランさんが帰ってきたのだろう。ニールくんは言いかけた言葉を飲み込んで、慌てて身を正した。



「ただいま帰りました」

 部屋に入ってきたアランさんが席に着くと、タイミングを見計らった様にロッテさんが彼の分の食事を運んで来た。


「マイルズさんにもトムさんにも、ミリアさんのご無事を報告してきました。お相手は中央地区のさる貴族の方とだけ。その点はどうぞご容赦ください。今回の件はケヴィン様にお任せしましたし、こちらで敢えて小火ボヤを起こすことは避けたいのです」

「はい。わかりました」

 今日はアランさんにも忙しい思いをさせてしまった。温かいスープを口に含むと、ふぅーとため息をつくように息を吐いた。


「ところでニールはちゃんとお行儀よくお食事していましたか? ミリアさんに失礼な事をしたりはしていないでしょうね」

「もう、アランは相変わらず煩いなぁ」

「ミリアさん、ニールのお行儀が悪いようでしたら、バシッと言ってあげて下さいね。それが彼の為なんですから」

「大丈夫だってば。俺だってやれば出来るし」

「そういうセリフはちゃんと出来てから言ってください」


 二人の相変わらずの様子に、つい吹き出してしまった。

 こうしていつものように笑って過ごせるだけで、充分に幸せなんだって、改めてそう思った。


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(メモ)

 討伐隊(#56)

 お兄ちゃん(#44)

 資格(#82)

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