92 居場所/ミリア(2)

◆登場人物紹介(既出のみ)

・ミリア…主人公リリアンの友人で、『樫の木亭』の給仕(ウエイトレス)をしている狐獣人の少女

・ウォレス…シルディス国の第二王子で、金髪、碧玉(ブルーサファイア)の瞳を持つ美青年。自信家で女好き


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 テーブルを挟んだ向かい側では、ウォレス様が聞いてもいない自分の英雄たんをさっきから延々と語っている。

 やれ、幼い頃に騎士団長に筋がいいと褒められたとか、魔獣相手に騎士団を従えて前線に出ているだとか、遠征に行った際に竜を退治しただとか。


 そんなのは、今更聞かされなくてもすでに聞いた事のある話だ。私が王室マニアな事を、彼は知らないのだろう。

 騎士団長に褒められたというのはおそらく世辞だろう。

 竜を退治したのはウォレス様ご本人でなく、同行していた騎士団のはずだ。

 魔獣討伐の際にウォレス様に同行しているのは、貴族上りのお坊ちゃまが多く在籍している第一騎士団で、こちらが本来の騎士団だと言われている精鋭揃いの第二騎士団は、先王ケヴィン様の管轄下にある。


 魔獣や竜の相手をしているのもほとんどが第二騎士団で、第一騎士団は荒事が過ぎた頃に手柄だけさらいに戦場に現れるらしいと。

 どれも王宮マニアの間での噂話だが、今のウォレス様をみる限りでは、ただの噂ではないように思えている。



 さっきからずっと撫でまわしている私の左手を、そろそろ離してもらいたいが、立場上振り払う事もできやしない。

 私がにこにこと笑って適当に相槌あいづちを打っているのを見て、喜んでいると思われているのだろう。そう思ってもらわないと困るには困るが、この状態が続くのも気分の良いものではない。


 なんだか面倒くさくなってきた。

 いつまでこのバカ王子の相手をしないといけないんだろう。

 どうせ私は逃げられやしないのだし、やりたい事があるならさっさとやればいいのに。


 でも、終わったらちゃんと帰してもらえるのかしら……

 ずっとここに軟禁されるとか……は、流石に勘弁願いたい。



 その時、ウォレス様の後ろの茂みから、がさりと音がした。

「あら?」

 自分の声で、彼も気が付いたらしい。

 握っていた私の手をようやく放すと、「誰かいるのか?」と腰の剣に手を添えながら後ろを振り向いて立ち上がる。


 その声に驚いたのか、茂みから何かが逃げ出していく気配がした。

 ウォレス様が追いかけると、土色の何かが空へ飛び上がった。

 鳥……? いや……小型の飛竜だろうか。


「飛竜の子どもか。これは丁度いい、貴女に私の腕前をお見せしよう」

 襲い掛かってくるどころか、逃げようとしている飛竜、しかも子どもをいじめてなんの自慢になるのか……

「怯えて逃げてしまいましたし、可哀想です。どうかおやめください」

 ウォレス様を止めようと立ち上がると、くらりと世界が回った。よろけて倒れかけた私を抱き止めた彼の口角が、わずかに上がるのが見えた。


「君は優しいんだな」

 そうわざとらしく言ったウォレス様の顔が、もう目の前にある。そのまま近づいて来る唇を、ぼんやりと避けることも出来ず受け止めた。


 初めてだったのにな……

 唇を唇で塞がれながら、心でボヤいた。


 それにしても何かがおかしい。意識の半分がふわふわとしていて、思うように体を動かせない。

 さっき飲んでいた茶……あれに盛られたのか……

 意識が落ちるのを留めるのが精一杯だ。


 抵抗も出来ずに成すがままに唇をまれていると、さらに腰を抱き寄せて唇を深く絡ませようとしてくる。それをただ受け止めていると、唇の隙間から彼の舌が入ってきた。


 「皆が憧れる王子様の口づけ」。大抵の女性は、これで骨抜きにされるのだろうか。

 権力も財力もある眉目みめの良い男性、ましてや王子の唇など、庶民の小娘がどんなに望んでも、手の甲にすらそうそう与えられる物でもない。


 でも私にはなんの価値もない。

 私は強い男性が好き。怯えて逃げる竜の幼生をいじめようとする男にまるで興味は沸かない。そうでなければ、大人の魅力を持つ男性が良い。

 私を助けてくれたクリストファー様は、大人の魅力と強さをも兼ね備えた素晴らしい方だった。少しでもこいつにあの人と同じ一族の血が流れているだなんて、とうてい信じられない。



 ウォレス様はやっと私の唇を離すと、今度はぎゅうと私を抱きしめた。

「大丈夫だよ。安心して」

 馴れ馴れしく狐の耳を撫でながらささやく言葉に、何が?と心でツッコミを入れる。

 心では彼に逆らいたいのに、体は思うように動かせない。


「奥の部屋で、少し休もうか」

 そう言って、私を抱きあげて庭続きの部屋に上がった。

 彼が奥の扉を開けると、案の定そこには大きなベッドがえてある。休もうかと言いながら、休ませるつもりも毛頭もうとうないのだろう。


 私をどさりとベッドに下ろすと、彼は上着を脱いで腰の剣と一緒に床に投げ捨てる。私の隣に体を横たえると、そのまま横から覆いかぶさってきた。

 また唇を塞がれると、今度は彼の手が私の肩から腕の先に向けて撫で下ろしていく。


 おそらく盛られた薬が回ってきたのだろう。意識を保つのも限界だ。


 ……好きでもない相手との初めてなんて、覚えていたくもない。

 それなら、わからないうちに全て終わっている方が幸せかもしれない。


 もうどうにでもなれと、遠のこうとする意識を手放した。

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