92 居場所/ミリア(1)
◆登場人物紹介(既出のみ)
・ミリア…主人公リリアンの友人で、『樫の木亭』の給仕(ウエイトレス)をしている狐獣人の少女
・ニール…冒険者見習いとして活動している自称貴族の少年。その正体は前英雄の息子で、現国王の甥にあたる。
・アラン…Bランク冒険者。騎士団に所属しながら、ニールの「冒険者の先生」をしている
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来客を知らせるベルの音に続いて、階下から話し声が聞こえ、つい扉の方に目を
「ニール様」
それを
この家に誰かが訪ねて来るのは珍しい。気にはなったが、今日の教師は特に厳しく、こんな事で
教本を眺める振りをして、こっそり耳をそばだてた。
『英雄』を目指すと決めたあの日から、騎士団での特訓の時間をつくる為に、それ以外の時間は昼でも夜でも容赦なく家庭教師がやってくる。今日もそんな日で、昼食の後からはずっと部屋に籠りっぱなしだった。
メイドのロッテの声とは別に男の声が聞こえてくる。どうやら西ギルドの使いらしい。そういえばこの声には聞き覚えがある。
いくらかのやり取りの後に、玄関の扉が閉まる音が聞こえ、そのままロッテが階上に上がって来た。
何かあったんだろうか。そう思うと同時に、自室の扉が叩かれた。
「どうかなさいましたか? 今は授業の途中ですが」
教師の声かけに、扉の向こうからロッテの声が応える。
「失礼致します。ニール様に
教師の返事を待たずに、立ち上がって扉を開けた。
急に開いた扉に驚くロッテに「何があった?」と言葉を掛ける。
「あ…… 先ほど西ギルドからの使いの者が来まして、何か問題が起きたらしく、ギルドマスターがアラン様とニール様に至急来てほしいと。でもアラン様は不在ですし、それで……」
「わかった。先生。俺、ちょっと行ってきます!」
「え!? ニール様、お待ちください!!」
アランだけが呼ばれるのなら、ちょっとしたギルド内の困り事だろう。本来の相談役のデニスさんが不在の時には、アランがギルマスから相談を受ける事になっているそうだ。
でも今回、俺も呼ばれたって事はそういう理由じゃない。
心当たりはある。でもルーファスがもう心配ないって言っていたし。問題のリリアンはデニスさんとシアンさんと一緒に旅をしていて、もしもの事があっても王都にいるよりよっぽど安全だろうと、そう思っていた。
それでも何か事件が起きたのなら、きっとそれは俺の
アランが居ないのなら、俺だけでも何とかしないと。
* * *
ここ
上の王子、ルーファス様は大人しい物腰の方で、どうやら武より文に秀でている方らしい。歳はデニスさんより少し上の26歳。
下の王子はウォレス様。兄に比べると行動的なタイプで、文より武に自信があるらしい。というより文に弱いだけだろうと言うのは、私と王宮マニア仲間の談だ。ウォレス様は私より1年早く成人したので、今年で18歳のはず。
二人とも女性たちにとても人気がある。
特にウォレス様は、自身が女性から注目されている事を自覚しているようで、大礼拝の時には
そこがイマイチ私の
民衆からの人気がある、といえば耳触りは良いが、どうにも
それだけでなく、どうやら女遊びが激しいらしいとの噂もある。火の無い所に煙は立たぬというし、何かしらそういう一面が彼にはあるのだろう。
元はといえば、私は前英雄のクリストファー様に憧れて王家に興味を持ったのだし、どことなくあの人に雰囲気の似ているルーファス様の方に
まあ、どちらの王子に憧れていても、貴族でもない平民の、しかも異種族である狐獣人の自分には、接点のせの字すら訪れないものだと思っていたし、他の女性たちがしているように、遠くから眺めてきゃーきゃー言っているだけで十分満足していた。
そんな、この国で
「君もなかなかに可愛いね」
ウォレス様が私に向けて口にした言葉に、心の
褒め言葉であれば、どんな女性でも喜ぶと思っているのだろうか。しかも「も」と言う事は、誰かと比較されている。
こんなところで値踏みをされる覚えは無いが、たかが町の定食屋の
口には出さずにただ微笑んで、目の前のお茶に口を付けた。
しかし、まさかこんな事が自分に起こるとは思わなかった。
連れてこられたこの場所は王宮のどこかなのだろう。当たり前だけれど初めて来る場所で、どこなのだか全く見当もつかない。
自分がいるガゼボの周りは、季節の花が咲き誇る美しい
この庭からの続きの部屋には、扉が二つ見える。一つは先程自分が連れてこられた廊下からの扉。もう一つはさらに奥側に付いており、おそらく別に部屋があるのだろう。
もしも、この御方の目的が……ならば、あの先の部屋がどんな部屋かの想像は付く。
これだけの地位と容姿があれば、女性など選び放題だろうに。何が楽しくて一介の獣人の小娘に手を付けようとするのか……
今まで恋人のいない自分に、
でも孤児院に居た頃の姉や妹の中には、
自分に恋人でも出来れば、そういう経験をする事も当然あるのだろう、そう思ってはいた。
幸せな事に、親もきょうだいもなくしかも異種族で捨て子の自分が、兄代わりや親代わりの者たちに温かく迎え入れられて、当たり前の様に充実した日常を送る事ができている。
自分の兄たちは何故か異様に「身を売る」事を嫌う。本当ならこの国に居場所のない私が、そんな事をしなくても済むように、出来るだけ手を尽くしてくれているのをよく知っている。
でも、権力相手ではそうもいかないだろう。
自分の行動
静かに心で覚悟を決めた。
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(メモ)
デニスの居ない時(#26)
事件(#37)
大礼拝(#8)
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