86 王都を離れて(2)

◆登場人物紹介(既出のみ)

・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー。完全獣化と神秘魔法で大黒狼の姿などになれる。


・シアン…前・魔王討伐隊の一人で、英雄アシュリーのサポーターをしていた。リリアンの前世を知っている。

・デニス…Sランクの実力を持つAランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。


・カイル…リリアンの兄で、灰狼族の若き族長。銀の髪と尾を持つ。やや(?)シスコン気味。

・タングス…仙狐(3本の尾を持つ白毛の狐)の兄妹の兄。前・魔王討伐隊一行を慕っている。

・シャーメ…仙狐の兄妹の妹。二人とも20歳程度の人狐の姿になれる。


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 古道具屋で買ってきたばかりのベッドは、私が一人で休むにはかなり大きいサイズだった。でも使わせてもらう部屋は十分に広いので、ベッドのせいで部屋が狭く思えることはない。でも少しだけ、なんだか寂しい気持ちにもなった。


 荷物を解いていると、ノックの音がした。返事をすると、仙狐兄妹がニコニコと部屋に入ってくる。

 ソファーがわりにと、ベッドに掛けるように誘うと、二人は私を挟むようにして腰掛けた。

「えへーー おねーちゃんが泊まりにきてくれて嬉しいーーー」

 シャーメが私に擦り寄るように甘えてきた。どうやら、昨晩同じ部屋で寝れなかった事が不満だったようだ。


 仙狐二人は、狐獣人の姿でいるときは、私よりずっと年上に見える。でも中身の年齢は私と一つしか違わない。しかも、やっと乳離れをしたくらいの幼い頃に親を亡くし、短い時間だけれど家族のように一緒に過ごした私たちを、姉や兄のように慕ってくれている。慕ってというか、私にはこうして甘えてくる。


「ねえ、シャーメ。知らない相手だから仕方ないかもしれないけど、どうしてデニスさんを嫌うの?」

「うーー…… 嫌い、とかじゃないんだけど……」

 今日ずっと気になっていた事を聞くと、シャーメは言いにくそうに言葉を濁した。


「そりゃ、大好きなリリアンが知らない奴と仲良くしてたら気にはなるよ。それにさ」

 タングスはそこまで言って、そっと私に寄り添って言った。

「あいつ、ちょっとだけだけど。お姉ちゃんの匂いがするんだよ」

 ……タングスが「お姉ちゃん」と呼ぶのは、私の前世のアシュリーの事だ。


 いつもなら、私に甘える時には狐の姿になるタングスが、今は獣人の姿のままでいる。甘えたくて私に寄り添っているんじゃない。私に気遣ってくれているんだ。


「僕らはお姉ちゃんの事を少ししか知らないんだ。お姉ちゃんは優しかったけど、ちょっと寂しそうで悲しそうだった。あいつ、リリアンとだけじゃなくて、お姉ちゃんとも関係あるんだろう?」

「それにあのおっきいの、おねーちゃんに馴れ馴れしくしてるしー」

 シャーメが頬を膨らせながら、私の腕にしがみついた。


 そっか、彼らは彼らなりに私の心配をしてくれていたんだ。

「これから仲良くしてほしいし、二人にはちゃんとお話するね」

 ベッドに誘うと、いつかの様に二人にしっかりサンドイッチにされた。


 あの頃を思い出しながら話をする。前世で、まだ一介の冒険者だった頃の思い出話だ。

 シアと流れ着いた王都の公園で、まだ幼いデニスと仔犬の墓を作った事。それから彼とは色々な話をして、一緒に鍛錬もして、そして帰って来ると約束をして討伐隊の旅に出た事。

 その約束を、果たせなかった事……


 そんな話を二人はうなずきながら、黙って聞いてくれた。

 広すぎるベッドに一人では寂しいと思ったけれど、そんな気持ちは二人のお陰でどこかに消えていた。


 * * *


 翌朝、いつもの早朝の鍛錬を終えた私たちを、可愛いエプロンを付けたシャーメが出迎えた。朝食を作って待っていてくれたらしい。

 バスケットに山盛りのパンは、昨日買い物の為に出た人間の町で多めに買い込んで来たものだ。大皿に盛られたサラダには、やはり町で買ってきたハムが彩り良く飾られている。

「おねーちゃんが、野菜もしっかり食べなさいって言ってたもんねっ」

 シャーメがえっへんと胸を張って言った。


 配膳を手伝うと申し出たが、鍛錬してきたばかりなのだからと断られた。

 目の前に置かれたディッシュには朝から贅沢ぜいたくにウサギのハーブ焼きが盛り付けてある。タングスが朝から森に行って獲ってきてくれたそうだ。

 隣に座るカイルもディッシュを受け取り、ハーブの香りとウサギの焼けた良い匂いに、嬉しそうに目を細めた。


「おお、ありがとなっ」

 シアさんが自分に渡されたディッシュを見て、上機嫌で言った。見ると、シアさんの皿にはハーブ焼きが多く盛られている。シアさんは沢山食べるからと、特別対応のようだ。


「あれ……?」

 デニスさんの小さい声に視線を向けると、デニスさんの前に置かれたディッシュにも大盛りのハーブ焼き。

「デ、デニスも沢山食べるんだって聞いたからっ。それだけおっきいんだから、当然よねっ」

 シャーメがわざわざ強がっているような言い方をした。そう言えば昨日は、デニスさんの事を名前では呼んでいなかったのに。


「ああ、ありがとう」

 デニスさんの言葉を聞いてふいっとそっぽを向いたシャーメは、何かに戸惑っているようにも感じた。


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(メモ)

 幼いデニス(Ep.1)

 いつかのサンドイッチ(#30)

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